金のかかるチンドン屋
「上物は立派だが、船自体はそうでもねえな」
ジョーが上からしたまで舐めるようにみると感想をいう。
桟橋の先端で屋形船を待っている。小刻みに足踏みしている。気が急っている。まどこっろしいことはなしで、ポンと跳躍して船に飛び移る案は、乗船時に船を揺らすなど不調法もいいところだ、とコーネリアスと神経質そうな男の反対にあった。
「既存の船を改装したものですからね。元々は個人で楽しむもので商売にする予定はなかったので節約したそうです」
「個人的な楽しみに船を改装して節約か。酒の量を減らして靴や鎧の修理代にあててた駆けだしの頃の努力がむなしくなってくるぜ」
屋形船は桟橋に停まる。
三人とコーネリアスは乗船した。
船頭がコーネリアスに一礼する。
祝賀会を任される船頭ともなればラウドの重要人物の顔と名前は把握している。手招きするコーネリアスに応じて接岸したのである。
元いた世界の屋形船と比べてそれは天井が高く作られていた。
高身長の種族への配慮である。
ま、低くても差別だと喚く厄種はいないのだが。
船頭にうながされるがままに四人は靴を脱ぐ。きまりが悪いので穴の空いた靴下も脱いだジョーが、室内に足を踏みいれた途端に塑像と化した。
「グロッグの左隣にいるのは誰だ?」
絞りだすように声がでるのに三十秒は経過していた。
「王都の劇団の二枚目なんて目じゃねえぞ」
「十握さん、この船のオーナーです」
さすがに大きな借りのある身で呼び捨ては躊躇いがあったようだ。
「オーナーがなんで主催者の隣を陣どってるんだ?」
「準主役だからですよ。グロッグさんの掌中の珠である孫を救出したのが彼です。八面六臂の活躍だったそうです」
「――そのいいかただと彼が直に動いたようにとれますが?」
神経質そうな男が首を傾げる。
「単身で乗りこんだと聞きおよんでます。本業か副業か意見のわかれるところですが、十握さんはラウドを代表する冒険者でもあります」
気にいらねえな、とジョーが舌打ちした。
「色男の癖に金と力もあるのか」
ジョーは大股で歩きだした。
「どこへ行くのです?」
「まずは主催者に挨拶だろ」
ジョーは不適な笑みを浮かべた。
驚いたのは十握も同じであった。
「なんですか、あの不調法者は?」
「あのむさ苦しい男ですか。勇者さまのお連れですな」
傍らにいるコーネリアスを一瞥して、適当におだてて足止めしてくれればいいものを、ほんま、役人っちゅうもんは気が利かんで困る、とグロッグは福々しい顔のままで愚痴をこぼす。
「ま、きてしまったもんはしゃーない。おべんちゃらのひとつもたれて山吹色の手土産を渡してお引きとり願うとしましょう」
「あの勇者というのは――勇ましい者と書く……人類の未曾有の危機にたちあがって魔王を退治するという、あの……」
「ええ、魔王というのはわかりかねますが、その解釈でおおむねあってるかと」
紅唇がポカンとOの字になる。
「――いるのですか?」
「おや、ご存じない」
「世間しらずなもので」
「ま、一般のかたの知名度は低いでしょうな」
太平の世にあっては金のかかるチンドン屋みたいなものです――おっと、これは口が滑りましたな、とグロッグは広い額をピシャリと叩いた。
――グロッグへの挨拶もそこそこにジョーは十握へ顔を向ける。
「あんたがろくでなしどもをぶん殴ったんだって?」
返事を待たず、
「おれと腕試ししようぜ」
目を開けたまま寝言をいうとは器用なかただ、そういいかけるも、ジョーの背後で手をあわせるコーネリアスと目があっておもいとどまる。
十握はやれやれと肩をすくめる。
「戦う理由がありません」
「強い奴と戦うのに理由なんかいるか? おれはヒリついた勝負に餓えてるんだ」
「そして、興奮冷めやらぬうちに勝利の美酒に酔いしれる、と」
「なんだ、わかってるじゃねえか」
「――うらやましい」
「――?」
「こちらにきてヒリついた経験はギャンブルだけです」
キンと空気が凍った
悽愴な気が室内を席巻する。
周囲の招待客が、まるで悪疫に罹患したように震えだす。
相貌は幽鬼のように白い。歯の根があわずにいる。
主宰者――グロッグは気迫に飲まれて数歩後ずさるが、変わらぬえびす顔で事態を静観している。これが先代に見こまれて番頭から婿養子に昇格したラウドの頭を張る者と、順当に親の後を継いだ者との器の差であった。
ついでにいうと主役の孫は勇者さま一行があらわれると同時に避難させている。あの手の連中は情操教育によろしくないという判断である。
今頃はおつきのメイドの胸に抱かれて水面に浮かぶ魚影を目で追っていることであろう。まだ、粗野な連中に対する恐怖心は拭えていなかった。
「法螺もたいがいにしねえと手加減できなくなるぜ」
風圧に黒髪が揺れた。
絹を裂くような悲鳴が耳朶を撃つ。
ジョーの前蹴りが高すぎず低すぎずちょうどいい高さの鼻梁を掠めたのである。
「これで戦う理由になっただろ」
「そよ風ではなんとも」
エラの張ったいかつい相貌が憤怒で緋に染まった。
禍鳥の咆哮のような気合いとともに放たれたストレートは小さな手に阻まれた。
少年――勇者が横からジョーの腕を掴んでいる。
「いいとこなんだから、とめるなよ」
「全然、いいところじゃない」
勇者は首を横に振る。
「あと一センチとめるのが遅かったら腕を潰されてた」
「マジか」
「本当。ぼくでも勝てるかどうか怪しい」
「こんな虫も殺さねえような面した色男が、か?」
「これ見て」
飛燕の速度で十握に迫る皿は少年のいう一センチのラインを越えた次の刹那、真っ二つになって落下した。少年が手近にあった皿を投げたのである。
「細い糸が張ってあった。特殊な素材でたっぷりと魔力がこめられてる」
「色男のくせに力があって魔力もあるときたか。まったく、嫌になるぜ」
さっきまでの勢いはどこへやら。ジョーはあっさりと手を引く。彼は勇者の観察眼に全幅の信頼をおいていた。
「だから、ぼくが戦う」
十握は、再度、口がOの字となった。
「今日は日射しが強いですからね。冷たい飲み物で喉を湿らせて、少し横になってやすまれたほうがいい」
器用に鼻を動かせたことに十握じしんが驚いている。
この世界に『奧さまは魔女』のサマンサをしる者がいないのが悔やまれた。
「ぼくは本気です」
「道楽につきあう気はないといいました」
「強い人と戦って腕を磨くのがぼくに課せられた使命です」
「ひのきの棒で旅にだされる突き捨ての歩なのに健気なことで」
「――?」
「戯れ言ですのでお気になさらず」
仕方がないですね、十握は肩をすくめた。
「望ましくないことはさっさとすませるとしましょう。きて早々にもうしわけないのですが下船してもらえますか」
「お待ちください」
穏やかな口調だが、有無をいわせぬ迫力があった。
絶妙に調節された声音とそうとわからぬていどの微量の魔力をこめて聴衆の無意識に訴えたのはグロッグである。
「勇者さまとラウドの宝である十握さんの勝負がそこらの空き地だなんてもったいない。しかるべき舞台を用意するべきかと」
「ぼくは別にそれでもいいけど」
賛成したのは勇者で、
「さっさと終わらせたいのですが」
十握は渋る。
「おまかせください」
グロッグは胸をはる。
「近々にちょうどいいのがありますのでそれに便乗します。なに、協賛金ということで金をちらつかせれば、嫌とはいいませんでしょう」
狡猾な商人である。
トラブルを金儲けに変えてしまった。
当初、ジョーは傲慢で人を見下し、会話は常に否定からはいる半径三キロ以内にいてほしくない人を想定していましたが、書いているうちにむかっ腹がたってきたので、ガラは悪いが、根は単純な戦闘狂に書き直しました。
わたしもギムレットには早すぎるようです。
まるで憎まれ役に全精力を傾注しているような作品を拝読すると、よく書けるなと感心します。後のカタルシスに必要だからと割りきってるのでしょうね。
それではまた次回にお会いしましょう。 「ドクターフー」を観ながら。




