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令外官(りょうげのかん)

 その日、遠方からやってきた商隊や冒険者が一番最初に見る役人の顔ぶれは、浅黒く日焼けした武骨なそれから、香油で髪を撫でつけたホワイトカラーにとって変わられていた。

 ストレスが彼らの口の端をゆがめている。

 先触れが伝えてからかれこれ一時間ほど経っていようか。たった一時間といえなくもないが、日頃、待たせる側なので耐性がないのだ。

 情報伝達に難のある世界なので待ちぼうけはよくおこる。

 元いた世界でも、財布を十円玉で膨らませて電話ボックスを探していた時代は、フクロウや秋田犬の象、巨大マネキンの前で無為に時間をすごす情熱家は五万といた。

 彼らの目当ては四人組の旅行者である。

 なにごとかと遠巻きで見ていたラウドの住民たちは困惑している。

 事態が把握できないのだ。

 四人組のリーダーはあどけなさの残る少年であった。

 徒歩である。

 やんごとなきかたがたは馬車で移動するのが常道である(牽引するのが馬とは限らないが)。お忍びで他領に出向くのは腹に一物あると勘ぐられても仕方がない。徒歩で、しかも、荷物持ちの従者を伴わない、およそ金の匂いがしない四人にラウドの顕官がぞろぞろと雁首揃えて出迎えなくてはならない理由とは、一体?

「遠路はるばるおこしいただきありがとうございます」

 一同を代表してコーネリアスがうやうやしく述べる。

 唯一の上司である副長官は、タイミング悪くはいった親戚筋の祝儀に華を添えるべく王都へ出張っている。一週間は滞在する念のいれようだ。口ではラウドを空けるのが心苦しいといっていたが、相貌は多幸症患者のように笑み崩れていた。

「堅苦しいのは後にしてくれ」

 皮の鎧を纏った巨躯はにべもない。

「まずは飯だ。こちとら腹が減ってるんだ」

 その言葉に嘘はなく、コーネリアスの胸の位置にある腹が豪快に空腹を訴えている。

「失礼ですよ」

 色鮮やかな布切れを巻いた杖を持つ男がたしなめる。街中を散策するような軽装である。重量を嫌ったか。線が細く、神経質そうな顔だちである。四人のなかでは異色であった。

「そうはいうがな、そこらの主婦じゃねえんだぜ。腹が減ってるってのに道端で立ち話なんてしてらんねえよ」

「レストランを予約しております」

「ほう、役人にしちゃ、気が利くじゃねえか」

 コーネリアスは無視して先導する。

 柔和な笑顔を浮かべているが、握る拳は小刻みに震えていた。

 ――レストランに着いた。

 貸し切りである。

 ここからは有力商人たちも合流する。大事なスポンサーである。このような連中に官費を使って接待は業腹である。それに、ラウドにきて、本当の意味での権力者と会えずじまいでは軽んじられたとおもわれても仕方がない。ラウドの仇を王都で打つようなことがあっては困る。痛む腹をさぐられて腹膜炎になるのを防ぐため、官民一体でおだてて、手土産を渡してお帰りいただくのが通例となっていた。

 少年を軸に三人は上座に座る。

 紅一点の白いローブを纏った女は食い気より風呂にはいりたいと単独行動である。さっぱりしたあとは買い物とのこと。いかに山海の珍味を積まれようと、平均年齢が高めの男たちに囲まれては息が詰まる。本来なら、仰ぎ見るのが関の山で同席できる相手では断じて違う。適当に小洒落た店に寄って腹を満たすらしい。ついでにいうと、すべてツケ回しである。

「グロックさんが見えませんね」

 神経質がゆえに食も細いのであろう。貪婪と肉を貪る少年と巨躯とは対照的にスープや前菜を少しずつ嗜んでいた魔法職らしき男が手をとめて、わざとらしく周囲を見回す。

 グロッグはラウドの有力商人五家のひとりである。ハルコン王国でもっとも潤っている商都ともなると他にも豪商は掃いて捨てるほどいてすべてを意のままに操るのはさすがに不可能だが、影響力ははかりしれない。グロックは五家のなかで一番の年嵩で首座を務めている。いるといないとでは、遇される者の格が大きく変わってくる重要人物であった。

 余談だが、この手の接待にギルド長がでることは稀である。潜在的な力は王家や貴族連合に匹敵する組織の顔に額ずかれたところで相手は困惑するだけだ。ギルドは許認可事業である。それゆえに貴人の顔をたてはするが、へつらうことはない。先代の急逝で家督を継いだ領主が、中途半端な英才教育の弊害で、ギルドを平民と侮ってぞんざいな口を利いた結果、蒼くなった家臣団にご乱心めされたと早々に隠居に追いやられる悲喜劇は十年に一度のペースでおきている。

「お年ですから、体調でも崩されましたか?」

「グロックは祝賀会です」

 一応、公の場になるのでコーネリアスは呼び捨てする。

「――祝賀会ですか。それは興味深い」

 神経質そうな男の双眸に剣呑な光が宿る。

「先日、誘拐されたグロッグの孫が無事にもどってきたのでそのお祝いにと。――これは前々から計画していたことで、決してみなさまをかろんじたわけでは――」

「お孫さんが無事でよかった」

 少年がいう。

「そういうことでしたら」

 鶴のひと声には抗えない。神経質そうな男は矛を収めた。

「それ、どこでやってるんだ?」

 これは巨躯。肉を咀嚼しながらなので活舌が悪い。

「興味あるの? ジョーさん」

「そりゃ、あるさ。ラウドで五本の指にはいる豪商が目にいれても痛くない孫の無事を祝ったパーティーとくれば、ここよりいいものが喰えそうだ」

 きっと、きれいどころも揃ってるぜ、ジョーと呼ばれた巨躯が舌なめずりする。

「お孫さんがいるからそれはないとおもう」

「そいつは残念だ」

「たしかに、お祝いのひとつもいうべきですね」

 神経質そうな男も賛同する。少年と同じく純粋な善意から――な、わけがない。元いた世界の芸能人がパーティーに顔をだすのと同じ魂胆である。――ご祝儀目当てだ。

「で、会場はいずこに?」

「まもなく見えるとおもいますよ」

「――?」

 音曲が薄く漏れ聞こえてきたのはちょうど一分後のことである。

「初めて見る。釣り船を豪華にした感じ、かな」

 窓にへばりついて食いいるように見ていた少年が呟いた。

 川を屋根のついた船がくだっている。

 戸がはずしてあり、各人が胡坐をかいて談笑しているのが見える。

 クッションは植物を編んだような円形である。

 荷物を運ぶ船と較べてそれは贅を凝らした作りであった。

「屋形船といいます。ラウドの新しい趣向です」

「――楽しいの?」

 少年の疑問はもっともであった。こちらの世界にクルーズ船はない。船はあくまで移動手段である。貴族用の客室でも空間が広いだけで快適からはほど遠い。食事は乾物ばかりである。船と娯楽が結びつかないのもむべなるかな。

「わたしはまだ乗ったことはありませんが、仄聞するところでは、なかなかの風情があって楽しめるものかと。なにやら岸を見ていると優越感がこみあげてくるそうです」

「なんどか船に乗ったことあるけど、そんな感覚はなかったなあ」

「ここでしゃべってたって埒があかねえ。乗ればわかることだ」

「そのことですが――」

 コーネリアスがいい淀む。

「定員の問題なら誰かに代わってもらえば済むことだ。――まさか、内々だけのパーティーだから部外者は遠慮したいなんて情れないことをいうんじゃ……」

「それは大丈夫でしょう」

「なら、なにが問題なんだ?」

 おれはまだらっこしいことが嫌いなんだとジョーが唸る。

「特別なかたがおられるので言動は気をつけていただかないと」

「なるほど。グロッグさんの催しとなれば、有力商人はいうにおよばず、代理では誠意がたりないと遠路はるばるやってくる貴族のかたも多いでしょう」

 神経質そうな男が頷く。

「そういうことなので敬語を使えとはいいませんが、馴れ馴れしい口調は控えてください。あなたをかばって頭をさげるのはごめんです」

 神経質そうな男に窘められて、

「心配性だな。おれだって学はねえが、常識くらい持ちあわせてるんだ。ハレの舞台に水を差すようなことはしねえって」

 心外だといわんばかりにジョーは唇をとがらせる。

 フォークを神経質そうな男に向けている。

 平民あがりの冒険者らしい仕草にコーネリアスは息を吐いた。

「くれぐれも失礼がないようにお願いします」

 そう念を押すが、コーネリアスは心の片隅で、この図々しさを具現化した山出しが倒れるまで殴られて起きあがるまで蹴られたらさぞや溜飲がさがるだろうと期待する向きがあった。

余談ですが、登場人物の名にまとまりがないのはあえてです。

人種や出身地、果ては種族の違う者が交差する商都ですからね。

そのうち、日本人ぽい名前が登場することがあるかもしれません。その時は手抜きとおもわず、あたたかい目で見てやってください。

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