細工は流々
山間からさしこむ曙光が木々と隘路を緋に染めていた。
朝露の重みで稲科の植物が頭を垂れている。
肌寒い陽気である。が、過度のストレスにさらされて体が火照る彼らにはちょうどいい気温であった。
「安全だってわかっていても、この状況じゃ落ち着かねえよ」
そう呟くと男は五百メートル四方に刺さっている針を一瞥する。
陽光を浴びて鈍く光る人さし指よりややながいていどのそれが彼らの一週間の実入りより高価なものだと知ったところで心の安寧には繋がるまい。
羊の皮を被った狼という表現を具現化したような男であった。
人混みで会ってもすれ違うと同時に記憶から消去される個性のない容姿。中肉中背で髪型は流行遅れもいいところである。だが、それは意図して作られたものであった。
なんのために?
日頃から、肩で風を切ってそこらに唾を撒き散らしているようでは人々は警戒して、うまい話にありつけなくなるからだ。
それと、人目を忍ぶ活動の時に没個性は役にたつ。
剣が実用的な大振りであることを除けば街にいるのと差のない軽装である。
スピードを重視するタイプなのであろう。
ピクニック気分で森にはいる自殺志願者には見えなかった。
東屋にいる。
ラウドから五キロほど離れた――王都へ通じる道から森に十五分ほどはいった場所にある。西を向けば、十握が新人冒険者の研修がてらに象に似た巨獣を退治した石柱がかすかに見える位置である。
気晴らしに持参したなぜか萌え絵調のあぶな絵をパラパラと捲っている。
名前をサボンという。
彼はアーチーの部下である。命令で待機している。
裏社会の住人の基本である二人一組である。
相方は付帯設備の池の前にいる。
瓢箪型の池である。くびれた部分に太鼓橋がかかっている。
材料費はさほどでもないが、手間を考えれば豪奢な遊びであった。こんな酔狂をする者はラウド広しといえどひとりしかいない。
相方はいがぐり頭にすきっ歯といかにも小者らしい風体である。
亀に餌を与えている。餌は穀類と小魚をすりつぶしてドーナツ状に焼き固めたものである。十握の自作だ。
「命令だから従いますが……こんなもん、亀に与えていいんですかね」
亀の食事を見守るすきっ歯は怪訝な面持ちである。
「なにがだ? 池を作ったら顔をだすようになって、今じゃ、亀丸と十握の旦那が声をかけたら近づくくらい懐いてるっていうんだ。餌くらい与えて当然だろう」
「――普通はそうなんでしょうが」
「ほう、おれに口答えするたあ偉くなったもんだ。客人のいうどうでもいい雑談はとりあえず肯定しておけと、旦那の地元のカーネギーとかいう人の教えだったかな、研修で習ったはずだが――忘れてるなら指導が必要になってくるな」
腕まくりするサボンに、そうじゃねえんですよ、兄貴、とすきっ歯は抗弁する。
「これ、もの凄い魔力がこめられてますぜ。こんなもの喰ってたらどうなるか――」
「そういや、おまえは人より魔力に敏感だったな」
サボンは得心する。
「なるほど、旦那の作った餌だ。回転しながら飛んで口から炎をだすように変異したっておかしくねえか」
「――」
「冗談だ。それに、なにかあっても旦那に咬みつくことはねえさ。こいつはメスだ」
「わかるんですか?」
「亀のオスはおれらと同じで大きくなったら黒光りするのさ」
「それなら安心ですね」
月が十握をひいきするのである。いわんや、亀は。
「おっと、無駄話はここまでのようだ。準備するぞ」
サボンの視界の隅で黄色い煙がたちのぼっている。合図であった。
「未然に防げるとわかっていても、街を危険に貶める行為ってのは気分のいいもんじゃないですね」
「繰り人形の後ろにいる連中の顔をたてるのに必要なんだとよ」
「面倒な話ですね」
「まったくだ。これが終わったら厄落としにいいもん喰いにいくぞ。十握の旦那と親父のことだから使い捨ての駒にされるってことはねえだろうし」
「腹ごなしもつきますか?」
「あたぼうよ」
それはいい、とすきっ歯は小躍りする。
「金払いのいい親を持つと、使い道を考えるのに頭を使うから大変だ」
サボンは傍らに置いてあった袋を掴んだ。
後書きは、後で書きます(?)
さて、どうしましょう。今回は、なろうでよくいわれる「陰残なシーンだけ妙に熱がこもってる」について言及しましょうか。
これ、当たり前のことなんですよ。陰残なシーンは書きやすい。仏教の地獄って有名ですよね。血の池に落ちたり、焼かれたり、石を積むという無意味な行為を延々とさせられたり。ひるがえって天国はどうかというとーーこれがつまらないのなんの。温暖な気候で蓮に座ってる、それだけ。なぜか、老衰するし。
なにがいいたいかというと、弘法大師や伝教大師といったそうそうたる顔ぶれを輩出した仏教界でさえ、地獄のイメージを膨らますことはできても、天国はおざなりにするよりなかった。ダンテの神曲も天国はまばゆいと書くくらいです。
比べるのもおこがましいなろうでは、技量の問題で陰残なシーンだけが真に迫っているということは充分にありえるでしょう。適当にネットを漁ればその手の情報は簡単に手にはいりますから、露悪的に脚色すればいいだけですし。
ちなみに、わたしは陰残なシーンは文体を工夫したり、凝った会話を挿入するなどしてーーわざとリアリティを薄めてーー読後の後味が悪くならないように工夫しています。この手の配慮って、いわゆる文学してる人は苦手なんですよね。




