街の雑談 肉屋のモーガン編
あら、あなた、十握さんのお身内のかたでしたか。
それならサービスしないといけませんね。これ持ってってください。焼くのは適さないすじ肉ですが、丁寧に煮こめばおいしくいただけます。――遠慮なさらずに。お駄賃とでもおもってください。十握さんにお会いしたら当店に寄るようにお伝えください。遠慮がちなかたに加えて、ほら、ここはエイリアさんのパン屋から遠いでしょう、出不精なところがあってなかなか顔をだしてはくださらないんですよ。
自己紹介がまだでしたね。
わたしはモーガンといいます。
肉屋の三代目です。と、いっても、駆けだしです。前は両替商に勤めていました。この顔と口調はその特の癖です。建前上、貴族のかたはたてなければいけません。あわよくば返済をごまかそうとする貴族のかたがたに揚げ足を取られないように笑顔で接していたら、感情を表にだすのが苦手になってしまい、葬式の翌日は顔の筋肉が痛む体質になってしまいました。だから、身のほどをわきまえずに十握さんの模倣しているというわけではないので誤解なさらずに。
そんな細かいことは蛇足ですね。
肉屋一同、十握さんには足を向けて眠れない恩があります。
おや、ご存知ない。
ああ、そうでした、ラウドが災禍にみまわれた時は船の上でした。
手柄を吹聴するのもされるのも好まないかたですからね。
あまりおおっぴらにすると面子にこだわるかたがたが困ることになるので公然の秘密になってますし、十握さんが黙っていることを、他の者がしらせるのは筋道が違うのではないかと斟酌があったのかもしれませんね。
二ヶ月ほど肉が獲れなかった時期があったのですよ。
モンスターが姿を消してしまったのです。
それ自体は珍しいことではありません。星の運行や月の満ち欠けなどでモンスターが減ることはあります。ですが、周辺地域まで同様となると異常事態です。
あの時は街はお通夜のような陰鬱な雰囲気でした。
穀類と野菜はたりてるので餓えることはありませんが、肉ッ気がないと力がでません。磯の小魚では焼け石に水です。船で遠出していたあなたにはいわずもがなでしょうが、沖合いは大型のモンスターがいて漁になりません。身がはいらないから生産性は著しく落ちます。どこもかしこも金詰まりです。湯水のように金を使うことが生き甲斐の大店の若旦那もさすがに鳥目では夜遊びは控えます。
当然、状況を憂いた人たちがなんとかしようと考えるのですがいい案はまったく浮かばない。無い袖は振れぬといいますからね。
それで、十握さんの出番です。
有志が一縷の望みをかけて相談すると、肉が食べられないなら豆を食べればいい、と明快な答え。
これは盲点でした。豆は田舎者がやむなく食べるもので、華の都のラウドでなにが悲しくて濁った豆スープなんかで腹をくちくさせなくてはならないんだというのが住民感情ですからね。
で、その舌と目の肥えた住民向けに十握さんが用意したのは豆乳です。
生のままだと癖があるので植物油と砂糖と塩と果汁で調整したものです。
本当は豆腐というものを作りたかったようですが、材料調達に難があるのと豆腐ができればいずれは派生品の高野豆腐を作る者があらわれて、安易に戦争したがる――奪う命に敬意を払わない輩の後押しになるからと断念したとのことですから精力剤の類なのかもしれませんね。
売り子は開店休業状態のわたくしども肉屋が担当しました。救済処置です。
なかなかの貴重な体験でしたよ。干し肉くらいしか用のなかった冒険者が若い女性たちに交じってレモン味かミックスベリー味の豆乳かで悩むのですよ。自然と腹筋が鍛えられました。
効果は覿面。街はすぐに活気をとりもどしました。
十握さんの偉業はこれだけにとどまらない。
豆乳を作るかていででる廃棄物――おからというのですか――それをポテトサラダに練りこんだ惣菜パンと三日に一度はわざと果汁を濃くした豆乳を失敗作ということにして貧しいかたがたに配りました。
十握さんが手を差しのべた孤児院の子どもたちはかえってよかったのかもしれませんね。十握さんが手ずから作った差しいれは味がいいうえに肌艶にいいとギルドの女性陣に好評です。濁った豆スープにおまけていどにはいっていた靴の底のような肉を噛み締めていた頃より活発になったそうです。
手からこぼれた子どもたちにも僥幸はありました。
わたしは一トンの食糧のうちのたとえ百グラムでも子どもたちの口にはいるのならよしと前向きに支援できる器ではありません。
こう、みなさんの前で公言したものですから、人々の好意をピンはねして子どもの苦鳴を肴に蒸留酒をくゆらしていたかたがたは気の毒に海の藻くずと消えました。平時でしたらもう少し穏便な処分もできたのですが、ほら、みなさん、気がたっていたもので。上手の手から水が洩れるといいますように、貧しい子どもたちにパンや道場の月謝を肩代わりしてやり、めでたくその子らが貧しい大人になると麻薬を売ったり売らせたりして投資を回収する名士が生きのびたのは心残りですが。
まさにラウドの恩人ですよ。
その報いが感謝状と名誉称号といくばくかの褒賞金ですからね。
無欲なかたです。
おや、話を聞いてたら豆乳が飲みたくなってきた?
それは残念。今はどこも売っていません。
手間だから緊急時以外は作りたくないそうです。
わたしも売ることを考えたのですが。コストがかかりすぎると断念しました。砂糖や果物もさることながら問題は大量の水です。おそらく、魔法によるものでしょう、十握さんの用いた水は清水のような上質なものでした。それほどの水がだせる魔術師は小売りなど鼻にもかけません。宮仕えなり、羽振りのいい商隊に勤めるなり、いくらでも手っとり早く金にする生計はありますからね。そして、そこらの川の水では味は格段に落ちます。その贅沢な豆乳をみなさんがお求めやすい価格で提供したのですから頭がさがります。
おっと、長話がすぎましたね。
十握さんへの伝言よろしくお願いします。
十握さんはわたしにとって縁結びの神さまでもあります。店がてんてこまいの時に応援にきてもらった遠縁の女性が今の家内です。それで、家内が妊娠したので、いくつかある候補のなかから十握さんに名を選んでいただこうとおもいまして。
本当は、こんなまわりくどいことをしないで十握さんに名づけていただければ最上の喜びなのですが、ほら、少し前にブラ裂きジャックという変質者が出没したじゃないですか。あの一件で懲りて、責任を負いたくないからゴッドファーザーは断ると頑ななんですよ。まったく、タイミングの悪い変質者もいたものです。羹に懲りて鱠を吹くような気もしますが、十握さんのことだから、名づけた子がいじめにあったら、その相手の枕元に馬の生首を置いて警告するくらいは責務と重く受けとめているのかもしれません。
それは大袈裟すぎでは?
普通はそうですが、あのかたの思考は凡夫には読めませんよ。
ハードボイルドという非情な世界に軸足をおいているつもりで、なかなかに情の厚い人ですから。
わたしの眼前にいる人の厚遇っぷりを考えればまんざら的はずれとはいえないのではいでしょうか。
こちらの世界のモンスターは人々の脅威であると同時に貴重なタンパク源なんでしょうね。
手間暇かけて牛や豚や鶏を育てるより、ふらっと冒険者が外に出てモンスターを狩ってきたほうが手っとり早いでしょうし。
追伸 なにやら「ひとりごちる」をインテリ気どりと切って捨てるツィートがあったらしいですね。そんなに小難しい言葉でしょうかね? 逆にそのかたの読書遍歴が気になります。絵本と見紛うような大きな活字の本ばかりなのかも。いやいや、一家言お持ちのかたがそんな低レベルなはずはないでしょうから、いろいろと渉猟した結果、赤川次郎や星新一、レイモンド·チャンドラーやヘミングウェイの平易でありながら味わいのある奥深い文体が至高とおもいいたったのでしょう(敬称略)。
いずれにせよ、こちとら天の邪鬼ですし、右に挙げたかたがたと同じ水準は到底無理ですから使用し続けます、とわたしはひとりごちた。




