二時間サスペンスに例えるなら一時間半頃
「前から不思議におもってたんだけど、十握さんは家を買う気はないの?」
ソフィーはお冷やをテーブルに置くと向かいの椅子に座る。
「それ、クレアさんにも勧められたのですがね」
十握はカップを満たす黄褐色の液体に口をつける。
ソフィーの両親が営む喫茶店である。
客寄せの一助になればといつもは窓際に座るが、今回はゆったりすごしたいと奥まった席を陣どっている。裏口に近く、正面を見渡せる席なのはハードボイルド的お約束だ。腕力自慢の食い逃げや三人以上集まると気が大きくなって悪ノリする迷惑客が――性質の悪いことに彼らは武器を保持している――月に一度か二度は出没するので自意識過剰の謗りはあたるまい。ソフィーがエプロンを羽織っているのは気心のしれた常連客と手の空いたウェイトレスが世間話に興じているという体裁である。
「その口ぶりだと嫌みたいね」
「ええ、3Dkくらいの――部屋がふたつみっつのこじんまりとしたのなら考えなくもないといったら、それでは貫目を落とすといわれて」
「大きい家だとなにか問題あるの?」
「面倒じゃないですか」
そういうと十握はフルーツサンドを頬張る。
孝行娘のいる喫茶店の一助になればと十握が提案した。
こちらの世界初の品である。それはそうだろう。元いた世界でも長らく日本のみに留まっていたのである。主食を菓子にする――甘くする発想は凝り固まった概念が阻害する。
元いた世界と較べて果物は酸味が強く、バタークリームと今ひとつの出来だが、高価なケーキと同等の味を手軽に楽しめると試食会は好評であった。今日は最終確認である。明日から隔週で限定販売する予定だ。根回しはしてある。封建社会は職分が細かく規定されている。一部の菓子屋が領分を荒らされたと問題にするかもしれないが、その時はパンに挟まれていればそれはパンであるというギルドの法務部の見解を盾にする。元いた世界の、もうしわけていどのガムやキャンディーが付属するフィギュアと同じ理屈である。
「維持管理に人を雇うことになるし、なにもないと殺風景なので調度品を集めないといけません」
「お金持ちがお金を気前よく使うのも経済を回すために必要だっていってたの誰だっけ?」
ソフィーが弄うように十握を見る。
「手間ですよ。盗みを働かないのは馬と殿さま――家の主という言葉があるくらいですからね。解雇するだけならまだしも、犯罪行為がおおっぴらになると――例えば、故買屋あたりから足がついて捕まったら小役人やその手下が強請りたかりにやってきます。窃盗でも死罪になることはあります。奉公人から死者をだすのは世間体がよろしくないから金次第で罪を減じてやってもいいって寸法です。幸い、わたしは冒険者なので世評を気にする立場にはありませんが、調書や裁判を想像しただけで安中散が欲しくなる」
十握は喉の奥からせりあがる不快感を水で押しもどした。
「それに、お金を払ってプライバシーを詮索されては割にあいません」
「大きな家に住むのはいいことばかりじゃないってことね」
「ま、豪邸は無理にしてもファミリー向けの一軒家でしたら、気心のしれたソフィーさんに週に一度ほどお支払いするので掃除していただくというのなら考えなくもないですよ」
「使用人は駄目でわたしならいいって……誤解されるわよ」
「構いませんよ。特別な人には違いありませんので」
床がぞんざいな扱いに不服を洩らした。
「ギムレットと就寝には早すぎますよ」
十握は床に寝そべるソフィーを一瞥すると息を吐いた。
糸が切れた繰り人形みたいに崩れ落ちたソフィーの相貌は桜色に染まっている。
久々の反応であった。
「あんまり、うちの娘をからかわんでくれ」
厨房からソフィーの父親が声をかける。
「わたしが連れだって歩いたことのある女性はふたりだけですから特別な人なのは事実です」
ふたりはソフィーとクレアである。もうひとり(?)のゲセリット侯爵令嬢のセシルはお付きの尾行があったのでふたりっきりにはあたらない。エイリアが外出する時はフェンリング伯爵家の――妹を溺愛するエルルードの部下が随伴することになっている。
「他意があるわけじゃないのはわかるが、娘が奇抜な衣装を着て歌う大道芸人に熱をあげる小娘みたいに気絶するさまは見てられない。刺激的な言動は控えてくれ」
「まぜっかえしは『勝手が狂うわね』と返せるていどにします」
「すまんな」
「あら、いいじゃない。仲よきことは美しいことかな、よ。ソフィーちゃんには慣れてもらわないと、ね。でなきゃ、先に進めないじゃない」
口を挟んだソフィー母と父が娘の養育でいいあっていると、不毛な時間を天上におわす神は嫌ったのかもしれない、ドアが開いて男がはいってきた。
「おや、あなたは」
見覚えがあった。緋熊に喰われかけた商隊の者だ。坊主頭なのは洗髪をくり返しても獣臭さがとれなかったのであろう。威圧感がないので商売に差し支えることはなさそうなのは不幸中の幸いである。
「その節はありがとうございます」
坊主頭が深々と頭をさげる。
「商売は儲かったようですね」
着ている服は緋熊の血で染まった安物から上等なそれに代わっている。
仕立てやデザインからしてラウドで求めたものだ。
「商売は今ひとつで、これは別口です」
苦笑するとサイコロを転がすマネをする。
「博才がおありでしたか」
「芸は身を助けるといいますし、あるにこしたことはないのですが」
坊主頭は十握の隣のテーブルを選ぶとコーヒーを注文した。
「たまたま同卓した相手にくすぶりがいまして――ものは試しとそいつの逆を張ったら勝ちまくって。いやあ、久々に大勝ちさせてもらいました」
「逆張りですか」
たおやかな手が頬に触れる。
「駄目もとで、それも一考かもしれませんね」
「――?」
「こちらの話ですのでお気になさらずに。――ソフィーさん」
肩を軽く揺すられてソフィーは夢の世界からもどる。
双眸に大写しの十握がいる。
たちどころに頬が上気する。恥ずかし気に視線を逸らした。
どんな夢を見ていたのか想像がつくというものだ。
疲労困憊なので後で書きます。と、した以上、手抜きはできませんね。
今度はなろうを書く側について言及するとしましょうか。
例文をあげます。
主人公はA通りを北上していた。B店の手前で右折して裏路地にはいる。
主人公の息は荒い。心臓が破裂寸前である。
「クソッ、なんでおれがこんな目に」
おもわず愚痴が洩れる。
栓なきこととわかっていても罵らずにはいられなかった。
「おれは一般人だ。有事に備えて高い給料を貰ってた連中じゃないんだぞ」
それが天上におわす酷薄な神の嗜虐心を刺激したらしい。
不意に世界が白く染まった。
音はドンだ。
爆風に背を押されて主人公はつんのめった。
主人公は振り向いた。
様相は一変する。
視界が開けていた。
ドラマに使われたことがあり、かつては恋人たちの待ちあわせスポットであったCは中ほどからへし折れていた。地に堕ちた看板は火花を散らして明滅している。象徴的な建物でこれだ。他は瓦礫と化している。
今しがたすれ違った親子連れや少年たちは姿を消している。
剥きだしになった鉄骨にこびりついた肉片が夢幻ではなかったのかという甘い期待を打ち砕く。
主人公は目で生存者を探す。今なら、夜は峠で運動会が趣味の手合いでも駆けよってハグしたかった。
「すまんな」
主人公はつぶやくと力を振り絞って背を向けた。
絶望にうちひしがれている時間はなかった。お悔やみは後からでも間にあう。
足が生まれたての草食動物のように震えている。
全身が、脳が休憩を欲していた。
だが、しかし、主人公は走り続ける。
手をこまねいていたらあらゆる場所で阿鼻叫喚の惨劇が繰り返されるからだ。
(アルファベットは実際の建物や通りです)
美は細部に宿るといいます。現代を舞台にすれば臨場感を持たせることができますが、この調子で書き続けるのは骨が折れます。その点、なろうは架空の世界ですのでなあなあですみます。「間違えてるぞ。これだから適当に地図を見て書いてる田舎者は」と数年前に上京した人たちの優越感を満たすこともありません。
それと、これはわたしが選んだ理由でもありますが、大きな嘘を楽しむ時になろうはうってつけです。なにせ、一日一匹スライムを倒してたら経験値がたまって強者になれるのですよ。一日一回腕立て伏せを十年したところで青瓢箪は青瓢箪のままが現実です。
現実世界で自然科学に反したものをだすと話が大きくなりがちです。
ゼロと一のデバ亀が普及した現在、誰しもが目撃した奇抜な現象を即座に配信できる状況で、人しれず活動するとなると政府機関に所属するか、天地開びゃく以来、向こう側のものからこの世を守ってきた組織の庇護等が必要になってきます。
ま、画の勢いで魅せる漫画やコメディ風の話ならそこまで考える必要はありませんが。
こじんまりとした話が好きなこちらとしてなろうはうってつけです。物語の舞台の住民と読み手にコンセンサスがありますからね。
魔法や魔物はいて当然ですから、触手が絡みついて女性の生命力を奪う事件が頻出しても、こんな非現実的なことがあるはずはないと逆上して話を停滞させる野暮天を防げます。
長文にお付き合いいただき、ありがとうございます。




