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左道

左道(さどう、さとう) 正しくない道。邪道

                       「大辞泉」より

 十握は腰を落とした。

 包囲網が一気に狭まる。

 銀線が円を描いた。

 彼らは崩れ落ちた。絶叫の五重奏。奇しくも高音と低音にわかれていた。

 白磁のように滑らかな肌を冒涜しようとした無骨な手を美の女神は許さなかった。

 十握は土間に散る五指を一瞥する。

 二十四本あった。すでに不始末のケジメをとった者がひとりいたようだ。

「これが本当の五指烈断」

凄愴な殺気にあてられても泰然としていた相貌が羞恥で緋に染まる。

 乾いた拍手が室内に響いた。

「たいした腕だ。噂ってのはたいがいあてにならねえもんだがあんたは別らしい」

 ジュゼッペは感嘆を漏らす。

「こりゃ、悪手を打ったかもしれねえな」

「今なら、まだ、慰謝料とあなたの小指で内済してもいいですよ」

「クロブタの条件とすりゃ悪くないが、戦わずに屈すると負け癖がついちまう」

 そういうとジュゼッペは左腕の袖を捲った。

「おや、愛に餓えたかたでしたか」

 手首に自傷の跡がある。

「その誤解はあんたで十六人目だ」

「誤解したかたはどうなりました?」

「すぐにわかるさ」

 ジュゼッペは左手にナイフをあてがった。

 緋色の線が手首にはしる。

「畜生。なんどやってもクソ痛え」

 ジュゼッペは、再度、ドルーイットの脇腹を蹴った。

 手首から血が滴り落ちた。

 玲瓏たる美貌に初めて軽侮以外の感情が宿る。

 驚きである。

 瞠目している。

 なんと、地面に落ちた血は網目状に広がったではないか。緋線は統廃合をくり返して次第に図形を形どる。こちらの世界らしい図形であった。円のなかに三角形がふたつあり、難解な文字が添えてある――魔法円マジカルサークルである。

 意外だが、十握が見るのは初めてだ。

 ラウドの住人でもそうお目にかかることはないはずだ。

 魔法が付与された品は多いが、それに刻まれたり描かれた図形は簡略化されたものが一般である。

 野菜を切るのは包丁で充分であって刀を振るうのは大袈裟だ。

 高度な魔法円は術者の負担が大きい。

 ジュゼッペはソファーに寄りかかっている。相貌は幽鬼のように蒼ざめている。血を流して魔法円を作成する。こんなことをくり返していたら変調をきたすのもむべなるかな。

「――魔法。しかし、詠唱は?」

「魔法に疎いというのも噂通りってわけだ」

 ジュゼッペは嘲弄する

「おれは無駄話をするのは脈ありの女とだけっていや、察しのいいあんたならわかるだろ?」

「なるほど。会話はカムフラージュでしたか」

 会話の端々でそれとわからぬように詠唱していたのである。

「裏技さ。風邪をこじらせた時くらいの頭痛がするから使い勝手は悪い」

「今のもカムフラージュですか?」

「冥土の土産さ」

 不可視の手に引きずられるように五人は魔法円の中心に集まった。

 彼らはひとつとなる。

 骨の折れる音。肉の潰れる音。そして断末魔。

 荒っぽい合体であった。

 人体の構造上、不可能な角度に曲がった四肢が次の瞬間には厚みを失い、皮膚を突き破って露出する肋骨は粉々に砕け散る。

 飛び散った血は傾斜をくだるように彼らのもとにもどった。

 大きな肉の塊と化している。

 なぜか圧搾を免れた五つの顔がおぞましさを際立たせている。

 唇が小さく動いている。怨嗟を紡いでいるのは想像に難くない。

「おれの血と、金と手間をかけて育てた部下を触媒にしたんだ。あんたが色男にしちゃ力持ちでもこればっかりは分が悪いぜ」

「やってみないとわかりませんよ」

「その意気だ。せいぜい、足掻いておれを楽しませてくれ」

 肉塊が動いた。

 アメーバが移動するかのような動きである。

 存外に早い。

 十握の振るった刀は弾かれた。

 硬い岩を斬りつけたかのような感触に手が痺れる。

 どうやら、動く時だけブヨブヨの不定形になるようだ。

「名残惜しいですが、ここでお別れです」

 オニキスを嵌めこんだような黒瞳に映る刀身は刃こぼれしている。

 いかに十握の魔力で強化されているとはいえ、博打の負けで手放すことになるていどの品には荷が重かったようだ。

 十握は刀を捨てた。

「さて、どうしたものか」

 足元を一瞥する。

 魔方円は緋に輝き、肉塊の影を消している。

 肩の力を抜いて両手をだらりとさげる。

 肉塊が迫っているというのに微動だにしない。

 まさか、観念した、いや、違う、不敵な笑みを浮かべている。

 肉塊が十握を飲みこんだ。

 五人の真ん中に十握の顔が浮かぶ。

「こうなっちまうと色男も形無しだ」

「たしかに」

 まさか、返事があろうとは。

 隣の糸目の男が口から金色の炎を噴出して天井を焦がした。

 ゴム風船を針で刺したみたいに肉塊が爆ぜる。

 焼け爛れた首のひとつが放物線を描いて窓ガラスに衝突した。

 勢いよく吹きこむ風に穴だらけのコートが音をたててはためく。

 それだけだ。

 造形の女神が全精力を傾注した傑物は変わらぬ美を保っている。

「そんな莫迦な」

 理解を超えた現実にジュゼッペは泡を食う。

「外がダメなら中を責めればいいだけのことですよ」

 なんだか、卑猥なことをいってるみたいですね、と自嘲する様子からして自発的にいった台詞のようである。

「さて、緋色の魔法円は下品ですので」

 五人とジュゼッペの血の結晶を焼きつくしたオイルライターをしまうとたおやかなは手は――もし、女性がこの場にいたら悲鳴をあげたであろう――土間の土を掴んだ。

「ようやく土の属性を活かす時がきました」

 軽く息を吹きかけると土塊は宙を舞った。

 地面にマス目があらわれた。なかには、無論、アルファベットに似た文字が書かれている。

 魔法陣マジカルスクウェアである。

 見た目の派手さで魔法円の後塵を拝しているがこれも有名な魔法の図形である。

 魔法陣が緑色に光ると魔法円は色を失った。

「やはり、オカルト系は緑色の蛍光色が相応しい」

 ただ、緑色の光ってなんなんでしょうね。映画やアニメの定番ですからそういうものだとおもってましたが、改めて考えると謎ですね。まさか、放射性物質? 召喚される魔物は存外に自然派ということですしエメラルドあたりをイメージしたのかもしれませんね。十二の錬金術の奥義が記されたエメラルドタブレットという碑文があるくらいですし、とひとりごちていると、

「莫迦な、魔法は苦手なはずでは――」

「苦手ですよ」

 十握はいう。

「相手がどれほどの魔力の持ち主かなどわかりませんし、初歩的な火炎を飛ばすこともできません」

「だったら」

「頭は帽子置きではありません。使えば活路は見つかるものです」

「クソったれ」

 ジュゼッペは唸った。

「まだだ、まだ終わらんよ」

 詠唱を紡ぐ唇は懐石に阻止された。

 額を割られたジュゼッペはソファーから転げ落ちた。

 脳震盪をおこして夢の世界へ旅立っている。いい夢ではないだろう。

「わたしは少年誌の主人公じゃないので待ちませんよ」

 容赦ない冷気に身震いすると、唯一残った――顎髭を蓄えた男を見る。

「あなたはどうします?」

 両手があがった。降参のポーズである。

「おや、あなたが本丸と睨んでいたのですが」

「わたくしは出向ですので」

「――?」

「詳細はもうせませんが、もう少し泳がせて情報を得たら潰すつもりでした」

「捕まえる側の人でしたか」

 一瞬だが目が泳いだのは、なんらやましいことがなくても制服警官に呼びとめられたら気が動転していた小市民の感覚が抜けきらないのである。

「そうは見えませんね」

 元いた世界の映画で見る潜入捜査官は正義の遂行のために虐げられし者の怨嗟を浴びる懊脳で眉間に深い皺が寄り、本職以上の過激な言動で疑いの目を逸らすのが相場であった。

「捕まえる側といってもお金を扱う部署ですので」

「それは怖ろしい」

 税務署は裏社会の天敵である。虎の子を金を奪われたら喧嘩もできない。余談だが、元いた世界の、ダンプ特攻華やかりし--地あげで稼いだ金を元手に仕手戦で濡れ手に粟だった頃のヤクザがもっとも警戒したのが国税庁査察部マルサである。他の犯罪と異なり替え玉出頭が使えない。密造酒とトンプソンでシカゴを牛耳った傷面のナポリ人をアルカトラズに追いやったのも脱税だ。

「貧すれば鈍するとはいえ、まさか、ラウド一の色男に牙を剥くとはおもってもみませんでしたよ」

「それなのですが」

 十握はジュゼッペを一瞥する。

「世間的にはドルーイットさんがブラ裂き魔で納得する人は多いでしょう。活気がもどってほしい人々に真実など二の次です。本物も渡りに船と自粛するかもしれません。勝手に広めればいいのものを、なぜ、わたしに接触など?」

「わかりませんか?」

「ええ」

「あなたはご自身を過小評価していらっしゃる」

 口ひげをたくわえた税吏は天を仰いだ。

「この一件をややこしくしている張本人――名づけ親が納得しないと意味がないからですよ。仮に、本当のブラ裂きジャックがトイレで用をたした後に手を洗うていどの教養があって自粛したところで、あなたが納得せずに動き回れば、少なくとも街の半数はドルーイットは冤罪と見なします」

「なるほど」

 踵を返す十握を税吏は呼びとめる。

「ここからは独りごとですが、とある賭場の評判をやっかんで実力行使にでようとしているかたがたがいます。ま、返り討ちは必定でしょうが、客に不快なおもいをさせるのはよろしくありませんので事前に対処すべきかと」

「ご忠告痛みいります」

「おや、なにかいいましたか」

 税吏は口ひげをしごきながら空とぼけた。

どういうわけか、魔術師、魔法使い、魔女、妖術使い、名称はなんでもいいのですが、魔法を使う人たちに爽やかなイメージがないのですよね。

人智を超えた能力を得る以上、なにがしかの代償を払うのではないか。

その代償や持てる力に溺れて性格がねじくれる者が多いのではないか。

そう考えて、つい、グロテスクにしてしまいます。

ドラクエやファイナルファンタジーよりメガテン系のダークな雰囲気が好きで嵌まっていたのが揺曳しているのかもしれませんね。

この物語をお気に召したかたはブックマークと高評価お願いします。

それでは次回にまたお会いしましょう。 久々に「A KITE」を観ながら。


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