尊い犠牲
「このクソくだらねえ事件でおれがどれほど迷惑をこうむってるとおもってる。いいか、先週と比べて二十ポイント減だ。前年同月比なら五十ポイント減だ。女たちの緊張が男どもにも伝播して寄りつきやしねえ。虐げられた鬱憤晴らしに虫を踏み潰していたアホがエスカレートして小動物に手をかけるように、いつ、ナイフが皺首に向かうかわかったもんじゃねえからな。腰振る前に喉をかっさばかれましたじゃ遺族は違う意味で泣くぜ。このままじゃ減ったパイのぶんどり合戦で血は免れねえ。金がねえのに金を使わなきゃならねえんだから難儀な話だ。それなのに、上の莫迦どもは脳みそが二十年前の好景気でとまってやがるからおれたちの苦労なんかしらずに上納金をよこせ、奇数月だから倍だと雛鳥のようにせっつきやがる」
朝勃ちや小便までの命かなの用済みが孫ほど年の離れた女に店を持たせてやってなんの意味がある、と腹だち紛れにジュゼッペはドルーイットの脇腹を蹴飛ばした。
「明日の朝にドルーイットは川に浮かんでるところを発見される。死因はこの際どうでもいい。見つけちまったもんは仕方がないってことで役人連中は家に行くわな。で、長い髪の毛やピアスの片方や緋色に塗られた爪なんかを見つけるって寸法よ。壁一面に娼婦たちの肖像画や、夜にトイレに行くのが嫌になる胸クソ悪い絵を飾っとくのもリアリティーの補強になっていいかもな。頭がすがいったスイカみたいな連中でもこんだけお膳だてすりゃ察しはつくだろう。稀代のトリックスターはくたばった。ちょうどいい生贄が見つかったんだ。本物のブラ裂きジャックに九九を諳んじられるていどの知恵がありゃ足を洗うだろう。かくして平和が訪れる。おれも女たちも鼻の下を伸ばした連中も幸せになれる。めでたしめでたしだ」
「本物のブラ裂きジャックが、九九が六の段でつかえる低脳だとしたら?」
ジュゼッペは肩をすくめた。
「悲しいかな、重ねて悲しいかな。その時は仕切りなおしだ」
「それではドルーイットさんは浮かばれない」
「なにごとにも犠牲はつきものさ」
「なるほど、試行錯誤ですか」
「――不服って面だな」
「一般人より舌先三寸の裏社会の住人のほうが濡れ衣を着せるのにうってつけな気がします」
口笛が鳴った。
「懐かしいねえ。おれにそういう威勢のいい科白をいう奴は久しぶりだ」
「先人たちはどうなりました?」
「おれの申し出を断ればすぐにわかるさ」
キンと空気が凍った。
薪の爆ぜる音がいやに大きく聞こえる。
「わたしも水蒸気タレントは久しぶりに会いました」
玲瓏たる美貌にわずかだか嘲りが浮かんだ。
「――水蒸気はわかるが、タレントってのは?」
「説明が難しいので大物ぶった話しかたが鼻につく小者とでもとらえてください」
こちらの世界の住人で、ギャラを貰ってクイズに答えて優勝すると賞金がはいる、ひと粒で二度美味しい職業があるなど誰が理解できよう。
「ハッタリかますのも男の甲斐性ってもんだが」
「小動物が後ろ足でたって前足を広げるくらいなら文句はいいませんよ」
水蒸気タレントは元いた世界の十握より口さがない――つまり、性根のねじくれている知人が好んで使っていた造語である。水は蒸発すると体積が千七百倍になる。所属事務所は一流、ルックスは二流、芝居は三流の凡夫が、子どもを寝かしつけるのに即効性のある絵本を書いたり、番宣時にタイトルすら失念するエッセイをだしたり、歌を披露したり、楽屋ネタを動画配信したり、環境や政治や芸術に一家言持ってみたり、講演会でファンをかしずかせて悦に浸るなど、二流三流四流行為を積み重ねているうちに周囲に大物であると錯覚させることを揶揄している。馬脚をあらわした時の落魄ぶりは見ものだ。が、十握はFBIの警告文から始まるタレント以外はすぐ忘れるので胡散臭い活動に時間をとられてテレビの露出が減った時点で忘却の彼方である。つるし上げられている光景を目の当たりにしても溜飲がさがることはない。
「ちなみに訊くが、そのやりすぎた見栄っ張り野郎はどうなった?」
「ラウドに来て出会ったかたがたは離乳食から仕切りなおしてますよ」
「あんたに冷やされて萎んじまったってことか」
「わたしの財布に厚みを持たせてくださったかたがたについてこれ以上は差し控えさせていただきます」
「やっぱり気があうねえ」
パチンと指が鳴ると一拍置いて禍鳥のような咆哮が耳朶を撃った。
口髭をたくわえた男を除く部下が十握をとり囲んだ。
ジュゼッペとイタリア人ぽい名前にしたせいか、やたらと饒舌になってしまいました。ま、この手のトリックスターは嫌いじゃないですが。




