すりあわせ
金属のぶつかりあうリズミカルな音がかまびすしい。
十握が招待されたのは鍛冶屋が林立する一角の潰れたガラス工房である。
だだっ広い空間に大型の炉が赤々と火を灯している。
人目を気にする会合や集会にうってつけの場所である。
「よくきてくれた」
持ちこんだらしい上等な革張りのソファーにふんぞり返っていた男がたちあがると両手を広げて十握を迎えた。芝居がかった仕草であった。
金髪でやや彫りの深い顔だち。作りは悪くない。柔和な笑みを浮かべている。一見すると人たらしのうまいやり手実業家といった風貌だが、双眸の奥に宿る嗜虐的な光がすべてを台無しにしている。
「殺風景なところで許してくれ。街一番の色男を招くとなれば一席設けるのが筋なんだろうがあいにくと医者にとめられててな。スラムの連中が喰う濁った豆スープに毛の生えたもんしかだせねえ。ま、あんたがたまには貧乏人の気分を味わいたいという変わり者なら別だが」
「お気遣いなく」
長広舌に対して返答はあっさりしていた。
「食事の時間をいかがわしい相手と費やす仕事中毒ではないので」
「気があうねえ」
いっしょに飲みたい気分だ、とやり手実業家風は目を細める。
「そちらの御仁は?」
そういうと十握は視線をさげる。艶々と黒光りする靴のそばに男がいる。喘鳴している。
幽鬼のように蒼ざめているが、近親者が見てもそれとわかる造作を維持していた。
「顔はやばいよ、ボディーやんな、ボディを」
と、さかしらなことをいう厚化粧の女でもいたのか。
「おいおい、自己紹介もまだだってのに、もう、他の男に目移りかよ」
やり手実業家風は鼻白む。
「仕方がねえ、自己紹介は手短にすませるぜ。おれの名はジュゼッペ。いいもん食うと足先が痺れるあわれな男だ。で、足元にいるこいつだが――現在、ラウドであんたの次に話題になる男だ」
「ラウド一の巨根と噂されるショーンさんですか?」
王都に出張しているにも関わらず、奥さんが妊娠したのでそう揶揄されている。
今頃、奥さんと彼女の両親は金策に大わらわであろう。封建社会の刑罰は総じて重い。姦通罪はでるとこにでれば死罪である。地獄の沙汰も金次第とはよくいったものだ。穏便に解決するただ一つの方法が金を積んで首を垂れることである。元いた世界と違って被害者より加害者の肩を持つという進歩的な文化人は絶滅危惧種なので命の対価は高くつく。死が身近なこちらでは死なれたら後生が悪いと敬遠する被害者は貴重だ。たいていがかわいさ余って憎さ百倍になっている。借金してでも一括で払わなければならない。それが贖罪である。宿った命に罪はない。だから、子どものために母親に温情ある処分をという耳障りのいい科白は封建社会では意味をなさない。親の功を子が享受するのが当たり前なら、親の罪科に子が巻きこまれるのもまたいたしかたのないことである――これが一般的な感覚であった。
「そいつも人気者だが三番手だ。――ブラ裂きジャックさ」
「それは興味深い」
「名前はドルーイット。三百代言だ。その前は医者だ。小さな手術はしてたらしい。けったいな経歴だぜ。医者は治癒魔法に長けてないと上には行けないから嫌気がさしたのかもな。で、晴れて弁護士になれたわけだが、いかんせん、なりたてだから実入りは悪い。なのに、食費をケチって毎週のように繁華街に繰りだしてやがる。で、貢ぐ立ちんぼは頭に回る栄養を胸に奪われたって手合いだ。――どうだ、うってつけの相手だとはおもわないか?」
「彼がドルーイットさんでしたか」
「知ってるのか?」
「わたしが調べたわけではないので名前だけは。そうですか、それはお気の毒に」
「――納得いかねえって顔だな」
「ドルーイットさんは容疑者からはずれています」
「その根拠を聞こうか」
ジュゼッペの眼光が鋭くなる。
「彼はクリケットをします」
「だから、どうした? おれは釣りをするぜ」
「彼が医者を断念したのはクリケットで利き手を痛めたのが原因です。症状を見て薬を処方するだけの内科医では利が薄いからですね。気の利いた者なら、直截、薬種問屋に行って下手な医者よりずっと知識のある店員に相談して処方してもらって中間手数料を浮かせます。――性的趣向はあからさまに疑わしくても、二日酔いの解体業者のほうがましとおもえる腕でブラを裂く芸当は無理があります」
「細けえことはいいんだよ」
ジュゼッペはやり手実業家風の仮面をかなぐり捨てて獅子吼した。
遅くなりました。
眼精疲労と肌荒れが酷くて執筆意欲がわかず、外の木々を眺めたり紙の本を読んでました。




