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冬枯れ

 ギルドは閑散としていた。

 冒険者の多くは出払っている。

 意外なことに冒険者にとって冬は書き入れ時であった。

 暖冬である。背丈ほどの積雪が行く手を阻むわけではない。あって踝ていどである。物資の運搬は引きも切らない。それでいて野盗の襲撃は増える。奪った金品で寒さしのぎの酒にありつこうとする。女と肌を重ね冷えた体を温めようとする。したがって、秋と較べて護衛を多く雇うのが一般的であった。

 そして、一部の獣やモンスターは冬眠する。

 寝ているわけだから静かで結構なことだが、問題は冬眠できなかったものがあらわれることにある。餌がたりなかったか、ねぐらを確保できなかったか。いずれにせよ冬眠し損ねたものは気性が荒く手当たり次第に人を襲うようになる。夏場は近寄らない人里も平気で降りてくる。柵などものともしない。案山子は蹴散らす。破れかぶれだから手強い。餓えている。人は数が多い上に鈍重で狙いやすく食べでがある。

 彼らは穴持たずと呼ばれている。

「そりゃ、突っこむ穴がなけりゃストレスもたまるだろうよ」

 これは酒場で管を巻く冒険者のジョークのひとつである。

 今回は穴持たずであった。

 商隊が襲われている。

 その穴持たずは巨大な熊であった。背丈は平均男性の倍近くある。横幅は五倍だ。胸元の毛が緋に染まっていることから緋熊と呼ばれている。一応、ただの獣だが、その残虐性からモンスターに区分されることが多い。獣とモンスターの区分は曖昧だ。障気や禁呪等で変異した忌まわしい種(存在)がモンスターであるというのが原則だが、細部となると専門家同士でも意見の相違がある。複雑な生態系を明確に線引きするなど、土台、無理な話である。昇級試験にでることでもあるまいし、人に害をなすそこそこの大きさの生物はひっくるめてモンスターと呼ぶのが冒険者の総意であった(人に害をなすとはいえ、ゴキブリや蚊をモンスター呼ばわりはさすがに無理がある)。

 その緋熊と男が対峙している。

 足から伝わる振動に正眼に構えた剣が小刻みに上下している。

 無理もない。

 彼に荒事の経験は皆無であった。商隊の人間である。しかも、今回が初参加である。担当者のひとりが義理がけで出払うこととなり、帳簿と格闘していた彼が、急遽、駆りだされる羽目になったのである。

 巨躯の冒険者たちと目を合わせる時でさえ勇気がいったのである。その冒険者たちを腕のひと振りではねのけた緋熊となれば小便を漏らさないだけでも上出来であろう。

 警護の冒険者は惨憺たるありさまであった。

 半数は生きながらにして臓物を貪り喰われた。

 半数は息も絶え絶えの状態である。弱々しく漏らす苦鳴が――不謹慎な表現を許してもらうなら――妙に色っぽかった。元いた世界の熊と同じ習性があるのだろう。熊は農薬を毛嫌いするあまり農家の労力を軽視する――グルメを僭称する輩より偏食だ。人の場合は最初に口にした性別しか食べようとしない。

 緋熊が低く唸った。

 気圧された男は剣を落とした。尻持ちをついた。腰が抜けている。

 緋熊が男に迫る。

 獣臭い粘液が広い額から鼻を伝って唇を通りこすと顎へ垂れる。

 鋭い牙が眼前を行きかう光景に男は声をあげることさえかなわずにいる。

 腹はそこそこ満ちたりているのだろう。

 子どもが食べ物で遊ぶのに似ていた。いや、なぶっているといったほうが適切であろう。

 緋熊が大口を開けた。

 赤黒い舌が男の面貌を蹂躙する。

 緋熊の双眸が炯々と光る。

 万事休すか。

 怖れをなした男が瞑目する。

 人は死ぬ間際に走馬灯のように記憶が黄泉返るという。彼は苦い記憶を追体験していた。歓楽街で蒼ざめた顔で店をでる父親とバッタリ会った十五の夜。いり浸っている劇場で隣の女性と意気投合して熱い夜を過ごした翌朝、満足感と睡魔のいりまざった彼に、

「おれからのプレゼントはお気に召したようだな」

 と二十五回目の誕生日を祝う上司の得意げな顔。もし、死をうけいれるために脳があえて苦い記憶を抽出して未練を断とうしているのだとしたら、平時もドーパミンだかノルアドレナリンだかエンドルフィンだかセロトニンを分泌してクソ上司のストレスから守ってほしいものだ。

 いかほどの時間が流れただろうか。

 須臾とも永劫にも感じられる時間。

「もう、大丈夫ですよ」

 清澄な声が降りそそいだのは耐えきれずに男が目を開けたのと同時であった。

 最初は悪魔が迎えにきたのかとおもった。

 眼前の男は全身黒づくめであった。眉まで黒いのだ。これは初めて見る。

 次に天使かとおもった。

 帽子を被り、サングラスをして、体型を隠すようなロングコートを纏っていても、露出しているわずかな部位――手のひらだけで窈窕たる美青年であることは疑いようがなかった。

 悪魔と天使。

 両極端の概念だが――黒づくめの美丈夫ならどちらの形容もあて嵌まる。

「あなたは?」

 男はおそるおそる誰何する。

「通りすがりの冒険者です」

 十握である。

「これだけの騒ぎです。なにごとかと近くにいる冒険者がやってくるでしょうから、助けは彼らに求めてください。――わたしは先を急ぐので失礼します」

 冬は数が少ないので探すのが大変ですよ、そう愚痴をこぼすと森にはいって行く。

 男は呆けた面で姿が完全に消えるまで見送ると、

「――誰か、口を動かせるのはいるか?」

「ここにいるぜ」

 まさか死体が返事しようとは。仰天した男が飛び退く。よく目を凝らせば声の主は無残に腹を裂かれた冒険者ではなくその下にいた小柄な男であった。同僚である。旅慣れているだけあって冷静だ。死体に隠れて存在を消していたのである。視力が弱く、嗅覚に頼る緋熊には有効な手法であった。

「考えたな」

「誰かさんみたいに莫迦正直にたち向かう度胸はないんでな」

 男は嘲弄を無視した。

「黒づくめの男は見たな?」

「ああ、この前見た芝居の看板役者が泥臭くおもえるほどの色男だったぜ」

「肩に袋をさげてたよな?」

「ああ」

「目の錯覚じゃなければ詰まっているのは薬草ってことでいいんだよな?」

「おれの目が節穴でなければそうなるな」

 二対の視線が首と胴が離れた緋熊を射る。

「薬草採取は下位ランクの仕事だ。それが単身で倒したということになる」

「しかも、息ひとつ切らさずに、だ」

「おれたちの地元じゃトップランクの冒険者でもこうはいくまい」

「生き馬の目を抜くというだけあって都会は怖ろしいところだ」

 ふたりは遠方からきたのでラウドの事情に疎かった。


 十握はひとしきり薬草集めを終えるとギルドにもどった。

「――薬草ですか」

 クレアはあきれ顔だ。閑散としているのでカウンターで話している。

「最低でも月に二回は冒険者らしい活動をしろといったのはクレアさんですよ」

 病気や怪我等の特段の事情がない限り、一定の空白期間で冒険者のライセンスは失効する。再登録は可能だが、十握の場合、手っとり早い身分証ということで取得した経緯なので冒険者におもいいれがあるわけではない。加えて副業が金になっている。冒険者の報酬はギルドに預けっぱなしである。失効したらいい機会だと他のスマートな身分証に行かれたらかなわないとクレアは躍起だ。月に最低でも二回とノルマを儲けたのは十握の心情を慮ってのことだ。面倒くさがりの十握のこと。副業が忙しかったら冒険者稼業は休むに決まっている。そして、あまり顔をあわせないでいると、気後れしてより足が遠ざかる負の循環になりかねない。十握の人となりからしてその可能性は杞憂ではなかった。

「もっと割のいい依頼はいくらでもあるのに」

「金の問題ではない」

「――?」

「一度いってみたかっただけです。忘れてください」

 自発的にいった科白なので羞恥とは無縁である。

 クレアが報酬を指でしめしていたら手で払いのけるところだ。カンフー映画のワンシーンである。

「ま、冬場は薬草が不足しがちなのでありがたいことではありますが」

「では、ノルマを果たしたということで」

「今日はせっかちですね」

「レディーを待たせるわけにはいきませんので」

「デートですか?」

「おや、嫉妬ですか?」

 十握は弄うように訊くとかもしれませんねとクレアは話に乗っかる。

「もし、わたしが行かないでといったらどうします?」

 上目遣いで十握を見る。

「行かないでという画は浮かびにくいですね。行くなと脅迫めいたものいいでしたなら――」

「仮定の話です」

 そういうことでしたらとたおやかな手が頬に触れる。

「後ろから抱きつかれたら少し悩みますね」

「――少しという言葉に引っかかるのですが」

 クレアは艶然と微笑んだままだが、真紅の双眸の奥は笑っていない。

「約束の時間を守るのは基本だといってるだけですよ」

「ならいいのですが」

「別に引っかかりが少しといってるわけではないですのでご安心を」

 十握は踵を返した。

投稿するので疲れ切ったので後書きは日を置いて書くことにします。

と、書いた以上、なかったことにはできませんね。

お待たせしたことですし、ちょっと真面目なことでも書きましょうか。長くなりますがもうしばらくおつきあい願います。


 なろうがブームなのは現実逃避したい読者が多いからだ。不況の産物だというような主旨の記事を読みました。いやはや、了見が甘い。海外土産の毒々しいチョコレートかとおもうくらい甘い。やっつけ仕事にもほどがある。過去におきたブームの比較検討くらいしましょうよ。

 受賞歴で本を選ぶいわゆる文学好きのかたにはわからないでしょうが、(漫画を選ぶときに受賞作かどうかを気にかける人は絶滅危惧種でしょう。この意識の違いが本の不振の一因であるとおもいます)主人公が苦労して成長するサクセスストーリーと同じくらい、主人公がさほど苦労しない、してもコストパフォーマンスのいいそれは人気のあるジャンルです。

 あの日本中が狂奔していたバブル期も苦労しないサクセスストーリーは人気を博していました。文学好きのかたがたでもわかる著者を挙げると胡桃沢耕史や志茂田影樹がそうです。そんなマイナーな作家、知らないとはいわせませんよ。あなたがたが頂点に仰ぐ直木賞受賞作家です。「翔んでる警視」や「孔雀警視」はベストセラーになっています。

 夜にタクシーをとめるのに万札をちらつかせる必要があった時代にこのような苦労しない作品が人気を博していたのですから、不景気から目を背けたいという主張は無理があります。

 記者は安易に不景気となろうの人気を結びつけたのでしょう。二時間サスペンスで主役が探偵やルポライターの時に脇を固める刑事のような早合点です。

 これは憶測ですが、大好きな文学より、稚拙な文章の上に、人間味の薄い、さほど苦労しない主人公のなろう作品が売れることに納得がいかないのでしょう。

 自分の好きなジャンルが割りを食っていて腹立たしいのはわからなくもないですが、(かくいうわたしもロボットものが減ったのは寂しいものがあります)始めに結論ありきで記事を書くのは困りものです。

 長くなってしまいましたが、おつきあいいただいてありがとうございます。


追伸 ムフフな手段で成り上がる作品はあえて省かせていただきました。

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