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口は禍のもと

 その変質者が人々の口の端にのぼり始めたのは十月下旬――冷気をふくんだ風が冬の訪れを先触れする晩秋のことであった。

 通り魔である。出没時間は深更。狙うは水商売の女たち。判で押したようなベタだが、ここから先は前代未聞であった。

 誰にもしられずにターゲットに近寄ると不自然に盛りあがった胸を――珊瑚色の先端に触れることなくパットとブラを切り裂くというのだ。

 犠牲者はわかっているだけで三人である。実害の軽微から黙した者も――素性を隠して働いている者は多い――いるだろうから犠牲者の数はもっと多いだろうというのがおおかたの見たてである。

 ラウド初、いや、ハルコン王国初の椿事である。

 こちらの世界の有史以降初といってもおかしくない。

 人ごみのなかで完全に気配を消す。

 正確無比な刃物の冴え(詠唱がネックになるから魔法ではないだろう)。

 生なかな努力で身につくものではない。

 こちらの世界の住人は警戒心が強い。元いた世界と違って大剣を背負ったり護身に暗器を懐に忍ばせた者が闊歩しているのである。ちょっとした揉め事が命とりになりかねない。いち早く危険を察知できるようでないと生きられない。やさしくなければ生きる資格がない。そんな彼らの目をダース単位で欺いて犯行におよぶ――それも複数回にわたるなどただの欲望のおののくままに動く者では断じて違う。

 天稟だけではたりずに血の滲む修練の果てに得た技量であろう。なのに、していることといえばませガキが気になる女の子のスカートを捲るのをいくらか過激にした児戯というギャップに人々は興趣をそそられ――ま、あれだ、切った張ったや、鮒貴族の野暮な振るまいに鼻が曲がる、どこそこの領主のとこでイナゴが大量発生したから小麦の値が五ポイントほどあがるかもしれないなど気の滅入る話題が多いなか一服の清涼剤代わりとなったのであった。

 そして、十握が関わることになったのは三日前のことである。

 店の後かたずけが終わり、三人が世間話に興じていた時のことであった。

 話題は、無論、巷間の噂になっている腕のたつ変質者についてである。

「でも、通行人がいる往来で誰にも悟られずにターゲットの女性に近寄ってブラとパットを斬るが肌は傷つけない凄腕の変質者って……ちょっと、長ったらしいかな」

 と、ソフィーが呼び名が決まってないこと不満を漏らした。

「一部の人はパットキラーっていってるらしいけど」

 エイリアがいう。

「シリアルキラーをもじったのかしら」

「たぶん、そうね」

「そういう人たちって被害者に非があるようなこといってそう」

「女性がパットと脇のお肉を持ってきて胸を持ちあげることにお咎めがないのはおかしい、詐欺罪で取り締まれって管まいてる人たちだから犯人を義賊と称える向きはあるかな」

「バカみたい」

「みたいじゃなくて、バカよ」

 エイリアはそういうと頬に手を添えて考える。

「――下着を裂く男ってのは?」

「それだと脂ぎった男が力まかせに下着を引きちぎっているみたい」

 たしかに、ベニヤ板で仕切られた薄暗い小部屋でオプション料金を追加した男が鼻息荒くストッキングを引き裂くようだと元いた世界の性風俗を十握が想起していると、

「十握さんはなにかいい案ない?」

 急に振られたことに動揺して、琥珀色の液体を満たしたカップを倒しそうになりながら、

「そ、そうですね……ブラ裂きジャックというのは?」

 人は油断していると予期せぬことを口走るというわかりやすい見本である。

 ただのダジャレである。

 野暮天を承知で説明すると元ネタは切り裂きジャックである。アメリカ風の砕けた英語の手紙でスコットランドヤードを挑発した稀代の殺人鬼である。

 咄嗟に口をついた言葉に意味など求めても詮無きことだが、しいて考察すると、被害者がどちらも水商売の女性で得物は刃物という共通からの連想であろう。

「――差しでがましいことをいったようで……忘れてください」」

「なんで、もったいない」

 含羞でうつむく十握と対照的にソフィーは双眸を輝かせる。

「いいじゃん、ブラ裂きジャック。語呂がしっくりくる」

「なぜかはわからないけど言葉に説得力がある」

 エイリアも首を上下に振って賛意をしめす。

「決まりね」

「ええと、その、ジャックとは限りませんよ」

「そんなの適当でいいじゃない」

 残念なことに姓名不明の男をとりあえずジャックと呼ぶ風習はこちらの世界でも健在であった。

 ソフィーはよっぽどブラ裂きジャックというあだ名をきにいったようであちこちで話したらしく、翌日にはそれが通り名になっていた。

 そして、ここからは正月のおせち料理の由来を、

「ただのダジャレに大枚だせるか」

 と鼻で笑う、だが、しかし、まるっきり乗っからないとそれはそれで朴念仁と揶揄されるのでうどんをすする迷信と無縁の十握には今ひとつピンとこないのだが、名付け親なんだから十握が対処するだろうという妙な期待が集まるようになった。その筆頭がソフィーである。次鋒が女の敵は許すまじとウーマンリブの指導者みたいにまなじりを決するクレアである。家事の一切合切をプロのそれと同列に見なしてとんでもない金額をつける集団の中にいたら追いだされるに決まっている器量よしなのに。武士の情けで詳細は伏すが、被害者の女性に感情移入する素地があったのだろう。

 エイリアやカミーラ等の他の女性はけしかけこそしないがふたりに同調している。

 セシルの不在は幸いであった。

 自領にもどっている。

 世間しらずの加減しらずのお嬢さまに好奇心で動かれたら、犯人の目星をつける前にトラブルのもみ消しに奔走することになりかねない。

 男性陣は面白がって女性陣の肩を持つ。

「こんな些末な事件、役人連中はテーブルに足をのっけて酒瓶片手にあぶな絵観賞で忙しいから有志が動くしかねえ。衣食住を――衣は違うか――女の好意で支えられてる色男が恩返しで動くのが筋ってものさ」

 これはバッカスの弁である。

 型に嵌められたも同然である。これは動かざるをえない。十握の人となりをしるソフィーは狡猾であった。カジノのバーカウンターでジンとライムジュースが半々の本物のギムレットで気どっていると、サングラスで顔を隠した妙齢の女性――ブラを裂かれた犠牲者のひとりに犯人を見つけて倒れるまで殴って起きあがるまで蹴りとばすか、精神的苦痛の慰謝料を取りたててほしいと頼まれたのである。

 基本、天邪鬼の十握だが、ハードボイルド向きの演出に嫌も応もなかった。

 十握は特別に前金なしの成功報酬で請け負った。

 性交報酬は辞退した。

 かくして十握はブラ裂きジャックの名付けゴッドファーザーとなった。

ダジャレ発進です。

くだらないことを大真面目にやるのもいいかなって軽い気持ちではじめました。

見切り発車ですのでどうなるかいまだにわかりません。

ま、なんとかなるでしょう。

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