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ゴッドファーザー

 その晩は無駄に行動力のある酔っぱらいと、手持ちが乏しいが一発すませたい、ないし、口八丁手八丁で無料に持ちこみたいろくでなしに受難の日であった。

「色気はちと弱いが、一回こっきりの突き合いに贅沢いっても仕方がねえ。ま、そのぶんはディスカウントってことで」

 勝手に値をつけたオールバックはボディーブローを喰らって夕飯の残滓をぶちまけているうちに手にしていたなけなしの銭を奪われた。

「姉ちゃん、おれたふたりに挟まれるってのはどうだい?」

そう声をかけたふたり組は仲よく利き腕をへし折られた。

 一番の犠牲者は無言で近づいた酔っぱらいであろう。

 ――現時点では。

 尻を撫でた代償は大きかった。酔っぱらいは前歯と片玉を失ったうえに、希少な前髪を根こそぎ毟りとられた。そして、さっさとねとばかりに尻を蹴り飛ばされた。

 傍若無人の限りだが、怖ろしいことに彼女はこれでも手加減したつもりであった。

 

 小豆色の空に白いものが散っている。

 雪である。

 丸い。

 冬の訪れを告げる玉雪であった。

 雪は人々の熱気でほとんどが地につく前に溶けている。

 生き馬の目をくり抜く街と称されるだけあって、ラウドの住民は活発である。

 夜の住人は秋とさほど変わらぬ軽装で闊歩している。

 見栄である。

 着ぶくれなどして歓楽街をうろつけば柔弱者の謗りはまぬがれない。女性陣の不評はいうにおよばず、酔客の懐を狙うチンピラには目印に映るだろう。

 金がものをいうラウドだが、こういう見栄を張る場所では武張った風習が残っていた。

 ――無論、なにごとにも例外はある。

「もう、帰りませんか」

 十握は歯の根があわずにいる。

 重力に耐えかねたかのように身をこごめている。

 元いた世界の冬と較べれば小春日和のような陽気だが、発熱繊維の防寒着やエアコンやコタツに頼り切っていた者には身を切るような寒さである。

 薄っぺらいコート一着では寒さしのぎにはならなかった。

「まだ、二十分くらいですぜ」

 アーチーはあきれる。

「では、わたしは近くの店で暖をとるので、なにか動きがあったら呼ぶというのは?」

「待ちぼうけがつらいというのでしたら、旦那も体を動かしてきたらどうです」

 アーチーが二十メートルほど先のソフィーに視線をやるとちょうどモヒカン頭を掴んで腹に膝蹴りをいれるところであった。蓄えた脂肪の層がダメージを軽減する――なんてことはなく、苦痛に相貌をゆがめていた。足元で左のこめかみにハートの刺青を彫ったデブや素肌にトゲつきのジャケットを羽織ったのや鼻ピアスをした連中が息をするだけの肉の塊に堕ちている。

「ストレスを発散させる相手がいません」

「――とめてくるのは?」

「とり残された子どもを救出すべく水を頭からかぶっただけで燃えさかる家に単身のりこむヒーローは別のかたに委ねますよ」

「旦那も、ラウドで三本の指にはいる名物女の前ではかたなしですか」

「さらにふたりもいるのですか」

「女性は強し、ですよ」

 身につまされる事例でもあったようで言葉に実感がこもっていた。

「その強い女性に警戒心の強い犯人が尻尾をだすとおもいますか?」

「ぶ厚いステーキと野菜クズのスープを天秤にかける者はいないでしょうね」

 アーチーの双眸にいびつにふくらんだ双丘が映っている。

 元より大きいものをなん枚もパットでかさましした結果だ。

 化粧が濃かった。

 紅の色が鮮やかな唇は揚げ物を食べたかのようにぬらぬらと濡れ光っている。

 暗がりだからいいが、白日の下ならさぞや怪奇に映ることであろう。

「――だったら、反対してくださいよ」

「旦那にできないことを期待されても困ります」

 十握は懐疑的であったが、ソフィーは乗り気であった。

 女の敵と憤慨するソフィーに押し切られておとり捜査をすることになったのである。

 お約束でエイリアは留守番である。

 彼女は同行を望んだが――たとえかすり傷でも負おうものなら過保護な兄は早馬を乗り継いで押しかけてこちらの抗弁に、一切、耳を傾けずに元いた世界の国会議事堂の前でラップを披露する運動家のように糾弾するのが目に浮かぶ。難聴になる前に物理的に静かにさせることは十握にとって赤子の手を捻るようなものだが、それをするとフェンリング伯爵家の紋章が後々、面倒になってくる。

 下手すると、本を捨てて街に、ではなくて、街をでることになる。ラウドより身分の縛りがゆるい街はそうはないだろうから、できるなら避けたい。

 そういう次第でエイリアには滂沱の涙を飲んでもらった。

 それで欠員の補充がアーチーである。

 高級レストランで同業者と――稼業は違うが裏社会の大だて者と打ち合わせの帰り、たまには大衆的な店で一杯引っかけるのも悪くないと物色してたところをでくわしたのである。

 まだ見ぬ変質者に敵愾心を燃やすソフィーの剣幕におされて同行を拒否できるはずもなかった。

「雪の降る夜は暖かいというのは嘘っぱちですね」

 吹きすさぶ風に窈窕たる美丈夫は恥も外聞もなく身震いする。

「なんでこんなことになってしまったのだか」

 そう愚痴をこぼす十握にアーチーは容赦ない。

「旦那が不用意に『ブラ裂きジャック』なんて命名するからですよ」

 十握は天を仰いだ。

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