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淫祀邪教(いんしじゃきょう)

 手下は二手に別れた。

 ゴドウィンは正面からはいる。

「当教会になにかご用ですかな」

 神父がなに食わぬ顔で訊く。強面する連中の登場に相貌が引き攣る篤信深い者たちとは対照的であった。

 神父は裏社会の者を怖れてなどいなかった。

 声が弾んでいる。威厳を維持せんと澄ましているが、揉み手せん勢いであった。

 宗教家にとって彼らは上得意客である。元いた世界でもそうだが、裏社会の住人は序列に比例して信心が深くなる。綱渡りの人生ゆえに藁をもすがる気になるのだろう。無論、若手に信仰心など一アトグラムもないが、そこは黒いものも親が白といえば白になる業界、上の意向は尊重する。とりわけ剣と魔法が幅を利かせるファンタジーの世界はその傾向が強い。そして、教会側は表にたちたくない案件は彼らを頼る。金と政治力があれば彼らとの貸し借りもそう負担にならない。聖と邪――対極にいる両者は共生関係にあった。

「おれの手を見ろ」

「――?」

「中指がおったってるだろ。そういうことさ」

 レバー打ちを喰らった神父がくの字に折れると血と胃液の混合液を撒き散らした。

「――こんなことして神罰がくだるぞ」

「あんたを代理人にした無能ならクラップスで有り金全部すっちまってふて寝してるよ」

 メリリンの誘拐で頭に血がのぼっているのに加えて他宗派でゴドウィンは強気だ。

「さて、時間が惜しい。時は金なりだ。おまえらがさらったメリリン――兎人族の女はどこだ?」

「なんのことだか――」

 尖った靴先はぶ厚い脂肪の層をやすやすと突き抜ける。

 苦鳴が石の壁に反射する。

「いいか、頭でっかちの売僧さんよ、あんたは免罪符をしこたま持ってるんで天国行きが確約されているのかもしれねえが、そこにいたる道は色々あるんだぜ」

 やや後退気味の前髪を掴むと耳元で嘲弄する。

 無言。

 ゴドウィンは肩をすくめた。

「仕方がねえな。聖職者らしく狭き門よりはいれってか。おい、こいつの尻の穴に突っこんでやれ。今のご時世、ひとりくらい同性愛者はいるだろう。ワセリンはねえが、衆道は売僧の基本だ。尻の掘りあいで屁をしても音がしねえくらいガバガバなら初手から喘いでくれるだろうぜ」

「地下だ」

 神父は叫んだ。血相を変えて尻を押さえる。

「だ、そうですぜ」

 無骨な人垣が割れて十握があらわれる。

「では、そちらは一階の制圧をお願いします」

 その前にと十握は悪疫に罹患したかのように震える信者を見る。

「悪い羊飼いを懲らしめるだけですのでご安心を」

 そういうとサングラスをはずした。

 十握は笑みを浮かべている。

 信者は恍惚と見蕩れている。神の存在をもっとも身近に感じられる場所で彼らは神を忘れた。

 

 心を病んだ者の繰り言のような声の合唱に十握は顔をしかめた。

 地の底から湧いたような陰鬱な声であった。

 意味がわかれば眉間の皺はより深いものとなったであろう。

 はかなげな蝋燭の明かりも百本単位で集まれば闇を駆逐する。

 黒の法衣で顔を隠したシャイな連中がとり囲む石の台座にメリリンが横たわっている。

 四肢を拘束されている。

 猿轡が咬ませてあった。

 意識があるところを見るに、処刑する段に猿轡をとって悲鳴を堪能する腹だ。

 その証左に、メリリンの傍らに柄の装飾が過剰なナイフが置かれている。

 忌わしい儀式であることは明白であった。

 信者の切なる願いを無視し続ける神の態度に、願いをかける相手を変更したくもなるというのはありがちな話である。古来より、優秀な悪魔崇拝主義者は転向した篤信深い神父(牧師)というのが定番である。

 十握に気づいたひとりが奇声をあげると指さした。

 売僧どもが階段に殺到した。

 十握は先頭の男を蹴り飛ばした。

 後続が支えきれずに階段を転げ落ちた。だが、しかし、狂信者は執拗だ。受け身をとり損ねて四肢の関節を増やした者や頭から出血した者がなにごともなかったかのようにたちあがったではないか。

 十握は嗟嘆する。

「45口径の銃は持ちあわせてませんし、さて、どうしましょう?」

 元いた世界のアメリカが大口径を好むのは、大きいことはいいことだという大雑把な考えと、1898年にフィリピンのモロ族と戦った際、極度の興奮状態にあった彼らに38口径ではマンストッピングパワーが不足した苦い経験による。

 人は気のもちようとはよくいったものである。

 ただぼんやりとした不安で青酸カリを服毒する者がいるかとおもえば、カースタントで脊椎を損傷したのに長期のリハビリを終えるやいなや同じ演目に挑戦する勇猛なのか蛮勇なのか判断に苦しむ者がいる。

 十握は右手の石壁に目をやる。

 たおやかな手に中指ほどの長さの針が握られている。

 触れたに等しい力加減であったが、針は易々と石壁に潜った。

 再度、十握に掴みかからんと先頭の男が伸ばした手は白磁のようななめらかな肌に触れる直前で石くれに阻まれた。崩れた壁面が狂信者たちを飲みこんだ。脳幹や脛骨をやられては強靭な意思があろうといかんともしがたい。

 十握は跳躍した。

 二メートルはあろうかという高さを音もなく着地する。

 刀を抜いた。残党狩りの始まりであった。

 すれ違うたびに売僧は糸の切れた繰り人形のように倒れる。

 皆、一様に腹を押さえている。はみでた腸を押しこもうと躍起になっている。泣きわめく者、諦観する者、青紫色の唇で力なく怨嗟を紡ぐ者といまわの際は狂信者も人間味をとりもどしていた。

「そして、誰もいなくなった」

 十握はひとりごちると、ほんのり頬を緋に染める。

「オオトリなので口以上に腹を動かせるかただとありがたいのですが」

 言外に期待薄だといっている。

 相手は枯れ枝のように痩せこけた男だ。老人班が浮きでている。

 手には鮮やかな色彩の布を巻きつけた杖を手にしている。

 エイリアの兄――エルルードのお付きの魔女と同じである。唯一の相違点は上部に大粒のエメラルドが嵌めこまれているということだ。

 グユラ枢機卿。ここの最高責任者である。平民の文化を一顧だにせず、その有り余る金と力でゆがんだ欲望をかなえんとする大莫迦野郎である。

「なにしにきた? ――と、訊くまでもないな」

 見た目に反して、テレビ伝道師のような張りのある声であった。

「ええ、メリリンさんをとりもどしにきました」

「なら、連れていけばよかろう。わしひとりで儀式は続けられん」

「責任者は責任をとるためにいるのですよ」

「両手ですくいきれないほどの金貨を前にすればたいがいのわだかまりは溶けるものだ」

「魅力的な提案だとおもいもいますが、神は強欲――金銭欲を嫌いますからね」

 十握が慎ましい生活を送っているのはこれが一因である。

 こちらの世界に招いた存在の趣味嗜好がわからないうちは無難な選択をするよりない。

 それに、成金趣味は十握のもっとも嫌うところである。

 たまさかリズムネタが受けた芸人が文字盤にオパールをあしらった時計で腕が重そうなのを見かけると、安定株でも買って三年後に備えればいいのにとおもう十握は、臨時収入があるとなにに使おう、たまには変わったことをしたいと悩んでいるうちに生活費に消える慎重派だ。

「教会を敵にまわすつもりか?」

「父と子とタコの化け物とマーシュ船長の名において不信心者を膺懲ようちょうですか」

 十握の口の端に冷笑が浮かんだ。

「敵にするのはあなたひとりです。トップが世襲で、残りの大幹部が激務の職を除いて貴族出身で占められる宗教団体の是非はおいといて、鶴のひと声で話がまとまるのは便利ですね」

「――莫迦な。平民ばらのひとりやふたり始末したくらいで……」

「わたしにいわせると、スプーンの上に天使がなん羽とまるか議論する人がひとりやふたり消えたところで騒ぐほどのことでもないかと」

「――」

「あなたをかばってラウドと反目すれば大損です。事情が事情ですのでギルドは時の氏神にはならないでしょう。逆にトカゲの尻尾を切れば――実際、あなたが勝手にしたことですが――ラウドは友好の証に相応の便宜をはかることでしょう。どちらが得かは九九が六の段でつかえる手合いでもわかることです」

「孤立無援というわけか」

 グユラは自嘲気味に唇をゆがめる。

「だが、甘受はできんな」

 コン、と杖が床を突いた。

 オレンジ色の炎は十握の元いた位置を貫通した。

「奥の手も通用せなんだか」

「今のは杖の働きですね」

 十握はひび割れたエメラルドを一瞥する。

 バッテリーのように火魔法が蓄えられていたのである。

 これほどの火球となると、通常の十倍の魔力を注いでやっとだ。魔法具は触媒としては有能だが、バッテリーとしてはバッタ品なみに心許ない。保持時間は一日あるかどうか。暴発する可能性もある。およそ実用的とはいいがたい魔法具だが、グユラなら部下を酷使すればことたりる。

「護身用だ。僧侶は回復一辺倒と軽んずる者が少なからずいるでな」

「魔法職は不意打ちに弱いですからね」

 魔法は人智を超えた存在の力を再現したものである。脆弱な人の身ゆえなにかと制約は多い。そのひとつが詠唱である。呪文は集中力を高めるための文言などではない。負荷をやわらげるための工夫である。無詠唱などしたら脳溢血もかくやの頭痛にのたうちまわることになる。自身の身体強化や相手に触れて直に魔力を注ぐならまだしも、なにもない空間に炎や風を生みだすとなると詠唱は不可欠である。

 魔法職には厄介このうえない制約だが、それ以外の者には福音であった。

 制約がなければ――人智を超えた力がすべて人のものとなればこの世界は魔力がすべてのギスギスした世の中になっている。

 魔力を持たざる者は浮かぶ瀬がない。

 体力で負けて、容姿で負けて、知能で負けて、寿命で負ける。

 商売でも勝ち目はない。

 たまさか才覚があったとしても番頭が上限であろう。

 魔力を多く蔵した者は持たざる者を同じ人とはおもうまい。

 替えの利く消耗品とばかりに、馬車馬のごとくこき使うのが目に浮かぶ。

 そして、不遇に耐えきれず反旗を翻した者を待つは汚物は消毒だといわんばかりの火炎である。

 嫌な世界だ。――とはいえ、先祖の武功以外、なんのとりえもない輩が遠くからとりよせた高価な石の玉座に腰をおろして痔を患う現況がいいともおもわないが。

 閑話休題。

「一応、査問委員会が開かれることになるでしょうからおとなしく縛についてもらえませんか? 痛みを伴わずに降伏など男がすることではないとプライドが邪魔をするのでしたら四肢の関節を増やしてさしあげますが──」

 杖が床を転がった。

「そこの台座に手をついてください。尻はもちあげなくてけっこうです」

 枯れ枝のように痩せた手が台座の縁を掴んだのと玲瓏たる美青年が消失したのは同時であった。

「腕はたつようだが、まだまだ青いな」

 哄笑が地下室を席巻した。

 炯々と光る双眸の先に二メートル四方の黒穴が穿たれている。

「死体の処分は手間でな。そのための仕掛けだ。地下水が海に流れている。海の底で小魚についばまれるか途中でネズミの餌と消えるか」

 真顔にもどってメリリンを見る。

「色男と心中なら文句はなかろう。後は目障りな羽虫を叩き潰し、せっかく貯めた金をばらまくのは業腹だが、なん人かを浮かれさせれば沈静化するだろうて。かくして平和が訪れる。旗振り役がおらなんだら商人どもも騒ぎたてはしまい」

「わたしは旗振り役ではありませんよ」

 まさか、返事があろうとは。

 愕然と振り向こうとしたグユラは美しい尊顔を拝謁することはかなわなかった。

 凄絶な痛みが四肢の自由を奪っていた。

 グユラの手の甲から銀毛が生えている。

「ひとついい忘れていました」

 そういいながら十握はメリリンの拘束を解いた。猿轡も外す。

「大丈夫ですか?」 

メリリンは力なくうなずく。

「ダース単位の男に入れ代わり立ち代わり乱暴された、とかは?」

「人もどきがと罵られたくらいです」

「では、今しばらくのご辛抱を」

 グユラの前にまわる。

「あなたはゴミをよこしてきた者の頼みを訊く気になれますか?」

 返事は、無論、なかった。

 黙秘は消極的肯定ということで、と十握は話を続ける。

「あなたがたの解釈では、こちら側の生物は人から始まり霊的に退化したのが動物でさらにくだったのが虫や植物で、獣人は逆コース――動物がたまさか高貴な霊性を獲得して人に準ずる存在に返り咲いたということでしたね。図書館の本にそう記述がありました」

 ですが、それだと神への冒涜になりませんか? と小首を傾げる。

「不老長寿か回春か、はたまた世界平和を希求したのかしりませんが、だいそれた願いの供犠があなたがたが軽視する獣人ではお手軽すぎます。わたしだったら怒って祟りますよ。雲の上の存在にお願いするのですから失って困るくらいの大事なものを捧げないと――例えば……」

 骨の折れる音がした。

 右の小指がつけ根からちぎれて断面を露出させる。かろうじて皮一枚で繋がる状態であった。

 冷笑が白皙の美貌に広がった。

「おや、なにもおこらない。どうやら、あなたの血はあなたが願かけした存在にとって価値のないものだったみたいですよ」

 くぐもった笑い声は不調法な足音に搔き消された。

 やってきたのはゴドウィンである。

 瓦礫を跨いで死体を踏んづけながら階段をおりた。

「神の血ってのはメルローみたいなもんだとおもってたが――どうやら違うみたいだな」

 周囲を一瞥すると部屋中を席巻する血臭に鼻を押さえる。

「こりゃ、また、派手にやってくれたもんだ。で、この元凶は生きてるのか?」

 微動だにしないグユラを顎でしめす。

「発狂してるかもしれませんが――」

「人前でクソを我慢できるくらいの分別は残してもらいたかったな」

「健やかなる死を義務づけられているのはたしか王位継承権二十位までのはずですが」

「噂に違わぬおっかない男だ」

 ゴドウィンは肩をすくめる。

「後はお任せします。わたしの名がでないようにうまく処理してください」

「もし、期待にそえなかったら?」

「小指を頂戴するとしましょうか」

「そりゃ、困る。ギターが引けなくなっちまう」

「その時はハープに転向してください」

 カチコミした仲だってのに情れない野郎だ、とゴドウィンは唇をとがらせる。

「――ところで、部屋のど真ん中に穴が開いてるのは?」

「不用品を捨てるための投入口です。地下水が海に流れているとのことです」

「そりゃ、便利だ。さっそく使わせてもらうとするか」

 ゴドウィンが身を乗りだして二メートル四方の大穴を覗く。

 現地調達したらしいランタンをかざした。

 壁面に刺さった針がランタンの明かりを受けて鈍く光る。

 銀光は斜めに点在していた。

 十握はそれを階段の踏み板代わりにして生還したのであった。

とにかく疲れました。

分割して間延びするのもどうかと一気呵成に書いたら約三話ぶんになってしまいました。

次回はどうしましょう。

そのうち別の人物を主役にしたスピンオフもいいですね。

追伸 これがノクターンだったら淫らな儀式にしてましたね。


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