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せわしないお茶会

 せっかくなので髪は切ってもらった。

 仕上がりに、大変、満足した十握は祝儀を払った。

暗殺者は役人に引き渡した。くたばったことで変身が解けて、エルフとは似ても似つかないむさ苦しい男にもどっている。押しこみ強盗を返り討ちにしたという筋書きである。優秀な殺し屋も若気の至りはある。背中に刺青があった。ストリートギャングの印である。元いた世界の猫でもないのに夜に駅の近くの公園に集まって無為に時間を過ごす手合いと同じなのだろう。白昼堂々、およそ現ナマがうなっているとはいいがたい理髪店に単身で押しこむという柔軟な思考も連中ならさもありなんと役人は事務的に処理した。

 珍しく、手のひらを上にして人さし指と中指を動かす運動は控えていた。

 いまだに十握にどう接していいのかはかりかねている節がある。

 ま、役人に限った話ではないが……。

 小ざっぱりした後は、薬草採集と称してハイキングに繰りだす予定だったがそれはパスする。

 なんとなくケチがついた感じで楽しめそうになかった。

 エスカレーターや駅のホームがないので、早朝とはうって変わって落ち着いた雰囲気の市場を早歩きで往復すると、念には念をいれてアーチーの賭場に寄った。

 適当にバカラで時間を潰している間に、胡散臭い連中が店の外にいないかアーチーに探ってもらう。

 物騒な連中は見当たらなかった。パパラッチがひとり捕まっただけである。

「旦那と事を構えてもいいなんてプロは絶滅危惧異種ですからね。そうはいませんよ」

 アーチーはパパラッチの首根っこを掴みながらいう。

 財布が重くて反り腰に悩む客の健康が第一なのでバックヤードである。

 床に敷かれた、撥水性を持たせたシートが臨場感を演出している。もちろん、色はブルーで、あったほうがなにかと便利だろうという十握の提案である。

「で、こいつはどうします? なんならうちで処理しますが」

「あなたはどうしたいですか?」

「……助けて……く……れ……」

 月なみですが、ま、いいでしょうと十握はいう。

「一応、事情聴取をお願いします。方法は任せますが、おそらく話し合いですむでしょう」

 オニキスを嵌めこんだような黒瞳に映るパパラッチは見るも無残な状態であった。

「得物を振りかざさなければ手心を加えてやれたのですがね」

「生きてるだけでまる儲けですよ」

 そういうと、だいぶ目減りしたチップをアーチーに渡して、

「用がすんだら医者に診せてあげてください」

「おやさしいことで」

「証拠がないと雇用者責任を追及できませんからね」

 

「あれ、早かったのね」

 今度はまっすぐパン屋にもどるとソフィーがいた。

「冒険者稼業はサボり?」

「そんなところです」

「だったら、もうひとつの仕事をする時間はあるってことね」

「新作パンの試食会ですか?」

 パンの焼けるいい匂いが漂ってきている。

「人助け――十握さん風にいうとトラブルシューターっていうの」

「そちらは役者さんですね」

 ソフィーの隣にいるソフィーより頭ひとつ背の高い女が目を見開いた。

「わかりますか?」

「役者は体の使いかたが独特なので筋肉のつきかたや歩法でそれとわかります」

 たいしたものですねと大柄な女――ユーリアと名のった――は感嘆を漏らす。

 ――真っ赤な嘘である。

 歌で会話する場面を見ると手っとり早くしゃべればいいのにと身も蓋もないことをいう十握は、コルダイト火薬とカーチェイスで良し悪しを決める映画通である。

 供も連れずに質素な服装で元いた世界の宝塚の男役のように凛としたたたずまいをしていれば、髪を掻き毟るたびにフケをこぼす探偵ならずとも目星はつくというものだ。

 こちらの芝居はいわゆるミュージカルが主である。

 踊りをする者は筋肉のつきかたが違うとなにかの本で読んだことがあるのでカマをかけてみたのである。十握は虚栄心とは無縁だが、遊び心はあった。

 立ち話もなんだということでエイリアの淹れた紅茶をいただきながら聞くこととする。

「姉さん――メリリンをご存じですよね?」

「ええ、昨日もお会いしました」

「となると、パンを買った後ということに――」

 ユーリアはつぶやく。

「メリリンさんがどうかなされましたか?」

「行方不明なんです」

「なるほど」

「メリリン姉さんは芝居以外は抜けてるところがあるから――左右の靴が違うなんてことはしょっちゅうの人ですから――買い物帰りにどこかにふらっとでかけてしまうことはあるかもしれませんが、芝居だけはちゃんとしてる人なので稽古をサボることは考えられません」

「だから、変なのよ」

 これはソフィー。

「で、これから手の空いてる人で探そうってわけ」

「そうでしたか」

「勝手が狂うわね」

 気のない返事にソフィーは息を吐いた。

「ユーリアさん。なんだかよくわからないけど、目の前で襲われているとかの緊急時を除いて依頼がないと動かないのがハードボイルドとかいう十握さんの信条なんですって。だから、手付を払って依頼した形にして。別にバーカウンターでなくても美学に影響はないでしょう?」

「ええ、まあ」

 なんだかよくわからないという割にソフィーは的確であった。

「紅茶のお代わりはどうします?」

 奥で試作品のパンを焼いていたエイリアが訊く。

「もちろん、いただきます。今度はウィークティーがいいですね」

「焼きたてのスコーンもつけますね」

「それはいいですね。せっかくですのでケーキスタンドを用意しましょう」

「――ねえ、話を聞いてたら悠長にお茶してる場合じゃないとわかるはずなんだけど」

「山吹色のお菓子を堪能したら動きますよ」

 依頼人を焦らすのもハードボイルドのお約束である。

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