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モーニングルーティン

 三十分ほど片づけながら雑談をすると十握は店をでた。

 ギルドに到着すると掲示板を覗く。いつもと変わり映えのしない内容。興趣のそそられるものがないことを確認すると十握は酒場へ向かった。

 テーブルチャージ代わりのコーヒーが隅で薄く湯気をたてている。

 クレアはすぐにやってきた。

 高利貸しと銀行員をたして二で割ったような男をお供に連れている。

 二階の職員である。

 商談である。

 十握は預金がたまる一方という冒険者としては稀有な存在である。

 儲かっている商人なら一時的に現金が不足して借りるということがあるが冒険者なのでそれもない。

 象に似たモンスターの牙の代金も塩漬けである。

 十握が倒したというプレミアで相場よりかなり高い値がついた。

 これだけで親子三人が三年ほどなに不自由なく暮らせる額である。

 それをただ預かっているだけではギルドとしてはうま味に乏しい。

 そこで投資である。

 ギルドは元いた世界のロイズのように保険を手がけている。

 対象は王都と主要都市を結ぶ定期便である。大金が動く。欲につられる連中は引きも切らない。どこぞの家中の兵隊が野盗に扮するというケースも稀にある。ギルドは現実主義者だ。腕のたつ冒険者の奮起に期待すると同時に最悪の事態を想定してリスクヘッジをかけている。

 クレアはお目付け役である。

 十握は面倒くさがり屋だ。こと金銭に関しては。アーチーがシーツとともにクリーニングして寄こすカジノのあがりは引きだしにしまいっぱなしである。それも限界に近い。

 クレアの口添えがなければにべなく断っていたであろう。

 話は十分ほどですんだ。

 二階の男が伸ばした手は空を掴んだ。

 クレアの可憐な唇が軽侮でつりあがる。

 同じ制服を着て同じ仕草をしても一階と二階の職員は十三階段以上の差があった。 

 十握は踵を返した。

 冒険者が安易に手を塞ぐなど。

 熟練の冒険者のなかには利き手の逆で食事を摂る者もいるくらいである。

 次は理髪店である。

 目抜き通りにある。

 店主は美しかった。はかなげである。だが、彼がそれを鼻にかけることはないであろう。あくまで種の平均である。エルフであった。

 エイリアのおすすめである。

 必要最小限の会話ですむところがいいといったらここになった。

 エルフは総じて感情が抑制的である。他の種族と較べて美に免疫があるのもいい。

 酔いどれもかくやの震える手で髪を切られるのは恐怖でしかない。

 十握は刀を預けると椅子に腰かけた。

「いつものでお願いします」

 店主は小さくうなずくとクロスをかける。

 腰のシザーケースの鋏に手を伸ばした。

 なぜか、穴に指を通さずに握っている。

 双眸が炯々と光った。

 盆の窪めがけて放物線を描く鋏は勢い余って十握の眼前にある棚に衝突した。

 シェービングカップが落下する。床が不平を漏らした。

「強者の首はよく飛ぶといいますが、手首はどうなのでしょうね」

 床に落ちてなお、鋏は右手と共にあった。

 空中を緋色の線がはしっている。

 目を凝らせば微細な糸だとわかる。

 十握がとっさに張り巡らしたものだ。糸の操縦は第三道場で試した時からさほど進んでいないが、蜘蛛の巣のように罠をはることくらいはできるようになっている。

「なぜ、偽者だと……」

 店主の相貌は幽鬼のように蒼ざめている。

 膝をついている。右ひじの付け根から命が溶けでている。

 鉄の臭いが店内に充満する。

「簡単ですよ」

 十握はいう。

「本物と較べて鼻の高さが五ミリほど高いし、左頬の黒子は位置が一センチも右にずれている。肌艶もくすんでいる。そして、これはたいしたことではありませんが、わたしの髪を切る時は店主はドアにかかっている札をひっくり返します。貸し切りというやつですよ」

 十握は鋏を拾うとかざした。

 玲瓏たる美丈夫の前で左右に揺れるおのれの手を店主――いや、偽物が目で追う。

 不甲斐ないがそれしかできない。正面からぶつかって勝ち目がないから奇襲をかけたのである。それが失敗したら打つ手はなかった。

「本物はどちらに?」

「奥の部屋だ。命に別状はない」

「おや、理髪店を新たに探す手間は省けましたか」

「無益な殺生はしない主義だ」

「いい心がけです。依頼人の名をあかしていただければ罪一等減じてもいいですよ」

「――」

「お答えいただけないと体に訊くことになりますが」

「街一番の色男に犯られるのなら本望だ」

「仕方がないですね」

 街一番の色男は肩をすくめた。

 たおやかな手が振られると偽者の胸元に銀色の毛が生えた。針である。

 小さな痛み。このていどで泣きわめく者は子どもでもいない。

 拍子抜けの偽物が苦痛に悶えたのは次の瞬間であった。

「依頼人の名を教えていただけますか」

「――わからない」

 ああ、まさか、唇が真一文字に結ばれているのに返事があろうとは。

 それはしゃがれて聞きとりにくい声であった。

 偽者はボタンをはずすのももどかしいと服を引きちぎった。

 胸元があらわになった。きめの細かい肌であった。針を起点に十字に皮膚がめくれていた。蠢いている。そこが返事をしたのであった。だが、しかし、歯も舌も空気を送りこむ肺とも繋がっていないそれがどうやって。

 中指ほどの長さの針は釣りの浮きのように上下している。

 心臓に刺さっていた。

 元いた世界のポーをしるものなら告げ口心臓を連想したやもしれない。

「体は正直ですね」

 勝手に口をついてでた下品な科白。玲瓏たる美貌に苦笑が浮かぶ。

 偽者は力なく喘鳴している。代用品の負荷は大きかった。相貌は土気色である。人体の構造上、ありえぬことを成し遂げたのである。まもなく室温と同化するだろう。殺し屋の最期としては幸運の部類であった。

 たったひとことでこのざまだが、使い勝手の悪さに落胆する暇はなかった。

「お詫びに、どさくさに紛れて腰痛でも治しておきますか」

 そうひとりごちると十握は奥の部屋で待つ本物を救出に向かった。

 

 

  

 

 

ルーティンとは書きましたがちょっと違いますね。

歯をみがいた。顔を洗った。目玉焼きを焼いた。みたいなあたりまえのなんの変化もないことをダラダラ綴ると読み飛ばしたくなる性分でして。

派手な演出効果を狙ってみましたが、いくらかグロテスクかもしれませんね。

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