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打ち上げ

 海が聞こえる。

 ラウドは商都であるから海に面している。大量の物資の運搬となると舟運は必須である。考えればわかることだ。ろくに整備がされていない隘路を、人や馬などの力で、野盗やモンスターを警戒しながら進む――これがいかに効率の悪いことか。ラウドは海に流れる川に沿って発展している。大店がならんでいる。そして川からいく筋も掘割が伸びている。水の都でもあった。

 誘拐犯のねぐらは湊にある倉庫街の一画にあった。

 ひと仕事終えた小悪党の常で酒盛りをしている。

 まだ報酬がはいっていないので安酒をチビチビと飲っている。

 祝い酒という風ではなかった。

「まったく、面倒くせえ要求しやがって」

 痩せた男が酒臭い息とともに不平をぶちまけた。

「適当にいい女を見繕ってこいっていやこんな苦労せずにすんだのに」

「お偉いさんが下々の苦労なんざ気にかけるかよ」

 そう達観するのは筋骨隆々の男である。先ほどの真鍮製の壺を落として慌てふためいていた男だ。

「うまいもんばっかり喰ってるとたまにはイカモノ喰いしたくなるんだろうよ」

「おれたちが干し肉に飽きて濁った豆スープに手をだすようなものか」

「間違っちゃいねえが、例えがみみっちくて泣けてくるぜ」

 顎の力はそうでもないらしく、力自慢は噛みちぎれなかった肉片を吐きだすと樽からはみでている耳を一瞥する。

 細く長い耳。メリリンは兎人族であった。

 兎人族は数が少ない。

 人通りの少ない裏通りをあちこち移動してようやく見つけた獲物である。

 といって、兎人族に格段のプレミアなどあろうはずがない。

 兎の耳がついた、少々、すばしっこいだけの人である。しいて挙げるなら愛嬌があるくらい。

 達成感よりむなしさが募るのもむべなるかな。

 しかも、役得がない。

 お偉いさんが鵜の目鷹の目で狙うものを――まったく興味がなくても――先鞭をつけるのはこと封建社会では抗しがたい愉悦だが、そんな下っ端の暗い感情はとうに見透かされている。

 依頼人の意向で傷つけるなとの厳命である。

「あなたがたのことですから、先っちょくらいいれても、ものが小さいんだからバレやしないだろうと多寡をくくるかもしれませんが、それは甘い了見です」

 死体のない葬式はしまらないものですよ、と依頼人にいわれると説得力があった。

「夜に引き渡せば金になるんだ。その足で娼館と洒落こもうぜ」

「まあな」

 下卑た笑みを浮かべた痩せた男が、ひとりパンを食っている男を見つけてまなじりを決する。

「おい、それはどうした?」

「ん? これか、女の手荷物にあった。ま、行きがけの駄賃ってやつさ」

 のん気な声をあげる坊主頭を無視して痩せた男は大股で進むと籐の籠に手を突っこんだ。

「畜生」

 大声で唸ると、まるで親の仇のように手にしたパンを床にたたきつけた。

「おい、食べ物を粗末にするのは感心しねえな」

「これはエイリアのパンだ」

「ああ、街で評判の。こいつはいい。一度、食ってみたかったんだが、あの行列が億劫でな」

「莫迦野郎。この女は街一番の色男と面識があるってことがわからねえのか」

 ここにいるのはおしなべてろくでなしである。

 たとえ正しい指摘でも面罵されればそのことに腹をたてる。

 だが、反駁はなかった。

 恨みにもつ者はいなかった。

 それどころではなかった。

 居合わせた連中は痩せた男の豹変を理解した。

 潮騒がやけに大きく聞こえる。

「大勢いる客のひとりがいなくなったくらいで首を突っこんでくるなんてことは――」

「だといいがな」

 悪党にとって街一番の色男――十握は厄種のなかの厄種であった。

 他の物騒な連中と異なり、勘所がいっかなわからない。

 上位ランクの冒険者でも稀な高額報酬を面倒くさいのひとことでにべなく断ったかとおもいきや、小遣い銭で少女の依頼に応じて、しかも身銭を切るなど天邪鬼にもほどがある。

「どうする?」

「女を渡して金を得たらずらかるぞ」

 彼らの表家業は荷役である。

 海に面した都市部なら働き口に困らない。兄弟分のところに身を寄せればいい。

 しばらくは遊ぶ金に不自由するが、ほとぼりが冷めるのはそう長くないはずである。ラウドは生き馬の目を抜く街である。このていどのトラブルはすぐに風化する。

 三十六計なんとやら。逃げるが勝ちである。恥も外聞もない。面子だ義理だはしのぎの方便で羞恥心など生まれた時に母親の胎内に捨ててきている。

 役にたつ小人の処世術である。だが、彼らは利口なようで抜けている。

 裏の取引きは狐と狸の化かしあいであることを失念していた。

 大きな犯罪絡みの場合は特にそうだ。

 焦燥に駆られて注意力散漫になっていては殺ってくれと懇願しているに等しい。

 そして、彼らの心配は取り引き相手が引き継いだ。

 浮き足だっていた連中が海に沈む時は眉ひとつ動かなかった冷血漢が四肢を拘束されているメリリンをひと目見た途端に相貌に困惑がありありと広がる。

 彼は酒と博打とたまに女がいれば世はこともなしの手合いと違って市井の話題に長けていた。

 人気役者が行方不明になれば街は蜂の巣を突いたような騒ぎになる。

 芝居好きは当然として、役人風を吹かせて無料で観劇していた連中が本気になる。

 裏社会の連中もそうだ。役人と座主の双方に恩を売れる。

 座主も自前の兵隊を動員する。

 しばらくはかまびすしいだろう。が、しかし、それだけのことである。

 権威が無知蒙昧の連中を遠ざける。

 問題は彼女と十握の縁である。役者の特権でパンを取り置きしてもらっている。これは貴族の令嬢でも受けられない厚遇である。捨て置くことはできなかった。疑わしきは殺っておけの精神である。

「野暮用ができました。彼女をいつもの場所にお願いします」

 そういうと踵を返した。

 ゴロツキどもを手にかけた部下が恭しく一礼する。

 報告より段取りが先である。子飼いの部下では心許ない。

 奇しくも狐と狸は同じことを考えていた。

 偉い人は下々の苦労など歯牙にかけない。

「目障りなら消せばいい」

 こともなげにいうだろう。

 それが蟷螂の斧で岩を砕く難業に等しいともしらずに。

 彼は嗟嘆すると十字を切った。珍しく気持ちがこもっていた。

ちょっと苦労した回です。

中途半端なチンピラを細かく描写しても、かといってあっさり片付けるのもどうかと加減に悩みました。

気の利いた科白やいいまわしがないのが気がかりです。それは次回に持ちこむとしますか。

次回は十握が動くのでご期待ください。

pascoの「なごやん」を食べながら。

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