狂宴
全方位から雉鳩の鳴き声がする。
重低音に、時折、まざる高い音はカッコウである。
漢字で書くと閑古鳥と縁起でもない字面だが、割と街中にも出没する。
本来の生息域である山奥が物騒だからだ。
にぎやかな目覚まし時計であった。
こちらの世界の住人は朝が早い。
徹夜は富裕層の特権である。庶民は暗くなったらさっさと寝る。
そして、日の出とともに起きる。高さのある硬い枕じゃないから眠りは深い。活発に動ける。
光と闇がせめぎあい、薄墨を流したような色合いの空の下に行列ができていた。
街一番の名物パン屋――エイリアの店である。
市場を除くともっとも活気があるのがここである。
客のほとんどは女性である。
だから、かまびすしい。
旦那への盛大な愚痴に少数派の男たちがわがことのように首をすくめている。
たまりかねて会話に口を挟もうものなら罵詈雑言が待っている。多勢に無勢な上に、興奮している彼女らに口喧嘩で勝つのは三百代言でも至難の業だ。拳でも難しい。忍従するよりない。
メリリンがあらわれたのはめかしこんだ女性たちの列が五軒隣まで伸びた頃であった。
最後尾にならばず、店にはいろうとする。
横紙破りにもほどがある。が、しかし、騒ぎたてる者はいなかった。
ならんでいる者のなかにはお忍びできているやんごとなきかたがいる。人を叱りつけることにおいて右にでる者がいないお嬢さまがたは、一瞬、柳眉を逆なでるも正体がメリリンとしると沈黙を選んだ。
怖れをなしたのではない。
むしろ、好意的に見ている。
彼女は役者であった。
お使いをするくらいだからトップではないが、この任を勝ちとるだけあって序列は高い。
科白の多い役を頂戴している。
有名人であった。
堅苦しい行政都市の王都と異なり、商都のラウドは娯楽が発達している。
歌舞音曲に理解のある者は多い。
不調法の代名詞である冒険者にしても流行り歌のひとつやふたつ諳んじることができる。
野暮天は酒場のウェイトレスに鼻も引っかけてもらえないからだ。
とりわけ、この街がよくある地方都市のひとつにすぎなかった頃、迂回しがちな旅行者を引き寄せる役を務めていたのが芝居だっとという事実が住民のおもいいれを強固にしている。
「いらっしゃいませ」
十握がうやうやしく声をかける。
慣れとは無縁だ。すでに上気していた相貌がより緋に染まる。
「看板役者の版画が売れなくなった」
座本はことあるごとにそう愚痴をこぼすが、浮世離れもいいところである。
メリリンは伏し目がちに眼前の美丈夫を見る。
初めて見る濡れ羽色の髪。
涼しげな目元。客への最大のサービスでサングラスをはずしている。
ちょうどいい高さの鼻梁。
ああ、まさか、耳の形に感銘をうける日がこようとは。
各パーツが精緻なゆえに、一ミクロンでも配置がずれていたら魅力は半減したであろう。
白磁のようになめらかな肌は染みひとつ黒子ひとつない。
造形の女神の最高傑作。
それがパンを買うだけで会えるのだ。運がよければ指が触れることがある。
足繁く通えば名を覚えてもらえる。
美しすぎると他人の美醜に関心が薄らぐようで誰に対しても裏表がない。
こちらの世界の小売店では稀な丁寧な接客に、まるでお姫さまになったかのような錯覚を覚える。
これで厚化粧と奇抜な衣装で底上げした二枚目風情の版画を誰が求めよう。
「ありがとうございます」
メリリンは籐の籠を大事に抱えて店をでる。
後は雑用である。
肉や野菜を買って、顔馴染みの店主と雑談しておまけを勝ちとると裏通りにはいる。
かなりの量だが、芝居で足腰が鍛えられているだけあって足どりは軽い。
通行人はめっきりと減っている。
建物は次第に安普請になり、店の看板が職種と料金だけのシンプルなものになっていく。
クリーニング屋に用があった。
特殊な薬品を使う関係上、中心市街地から外れたところにある。
かん高い音が耳朶を撃った。
金属がぶつかる音である。
メリリンは振り向いた。
古着屋の前に大八車がとまっている。
筋骨隆々の力自慢が散乱した真鍮製の壺をかき集めている。
焦りが手際を悪くしている。滑稽であった
興味を失ったメリリンが踵を返そうとしたその時――。
なに者かに口をふさがれた。
万力で絞められたかのような圧搾である。
声をあげることはできなかった。それでよかった。もし、わずかでも悲鳴が洩れたら怪力の主は躊躇なく傷を負わせて黙らせていたであろう。
メリリンは空き樽に押しこまれた。
紅唇にあてがわれた布地は元いた世界のクロロホルムに相当するものが染みこんであったらしく意識が急速に遠のいていく。
脳裏に浮かんだ十握の像が恐怖をやわらげていた。
荷馬車が折よく通りがかると樽を回収した。証拠隠滅と籐の籠も拾う。
通行人は力自慢が拾う真鍮製の壺を目で追っている。すぐそばで行われている誘拐に気づく者はいなかった。
大八車は陽動であった。
ちゃんとアクションやハードボイルドできてますか?
赤川次郎の「鼠、滝に打たれる」の余韻にひたりながら




