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商都

 大きな街であった。

 城壁に覆われている。

 十握はそれを仰ぎ見る。

 じぶんの背丈の優に三倍はこえる石の連なりがすべて人力とおもうと驚嘆を禁じえない。

 気さくに声をかけてきた衛兵にカミーラがひと言ふた言返すと通ることができた。

 十握への誰何はなし。

 一瞥して頬を赤らめただけ。

 拍子抜けである。

 この街――ラウドは王家の直轄地である。古今東西を問わず、王家の直轄地の役人は怠惰というか面倒ごとを嫌う傾向にある。江戸時代の天領(幕府直轄地)の年貢は、きれいどころを大奥から追いだした八代将軍徳川吉宗の治世を例外として、五公五民も珍しくない他藩の苛斂誅求な取りたてを尻目におおよそ二割ていどで推移していた。

 勝手のわからない新参者が肩慣らしするのに都合のいい場所のようである。

 二時間後にギルドで落ちあうことにしてカミーラと別れた。

 依頼が優先とのことだ。

 十握は街を散策する。

 無難に大通りから。

 活気に満ちていた。

 人でごった返している。

 鳥や帽子のイラストだけでなく文字だけのシンプルな看板があることから識字率の高さがうかがえる。最初は得体のしれない文字に面食らったが、しばらくすると意味がわかるようになった。これで子どもたちにまざって私塾で学ぶ危惧は去った。

 ちらほらと亜人種の姿が見える。

 身なりは悪くない。

 漫画やアニメのキャラクターよりいくらか露出面積が狭いのは残念である。

 露骨な差別がないことに十握は安堵する。

 ファンタジーをファンタジーたらしめている存在といがみあうのは切ない。

 どこからか子どもの声がする。

 笑っている。

 はした金で日干し煉瓦作りをさせられていたら作り笑顔も浮かぶまい。

 すれ違う通行人が元いた世界の国会で駄々をこねる連中のように歩みが遅いのと、香辛料の匂いが強烈な串焼きを買った屋台の店主がつり銭にえらく手間どったのは十握の美にあてられたからである。

 補足すると無一文だった十握が買い物をできたのは盗賊の所持金を徴収したからである。

 十握は武具屋を探す。

 ギルドで落ちあったらカミーラのお膳立てで冒険者登録をする手はずになっている。

 身分証はあったほうがいいという判断である。

 そこへ手ぶらは非常識である。

 それと護身。

 モンスターが出没するのは郊外とは限らない。忽然と街中にあらわれることもあるとのこと。なんとなく素手で退治できそうな気もするが、そんな現場を目撃されたら否が応でも目立ってしまう。街中にあらわれる原因は不明とのこと。おそらく、はた迷惑な奴が召喚したか、たまりにたまった瘴気が凝集して自然発生した――そんなところであろう。

 その武具屋はこじんまりしていた。

 ドアに据えついた鈴の音で店主が振り向いた。武具屋の大将らしく恰幅のいい男だ。

 値踏みするような目つき。

 長くは続かなかった。

「こりゃ、とんでもない色男がきたな」

 頭皮まで上気している。

 十握は手近の剣を掴んだ。

 刃が両側についている。西洋の歴史ものでよく見かける定番の両手剣である。

 値段は金貨三枚。

 串焼きが銅貨二枚だったことから考えると日本円にして三十万といったところか。

 そっともどした。

 物はよさそうであったが、タクティカルペンの所持で警察のご厄介になる国にいた者として刃が眼前にあるのは落ち着かない。

 比較的、馴染みのある物を見つけた。

 隅で埃をかぶっている。

 黒鞘を手にとって店主に訊く。

「中をあらためても?」

「ずいぶんと堅苦しいいい回しだな。ま、いいぜ、納得するまでじっくり見てくれ」

 十握は鯉口を切った。

 刃渡りは二尺三寸――約七十センチ、新々刀である。刀紋は大のたり、目釘は実用的な鉄芯である。茎に銘はなし。村正に似ている。

 十握は正眼に構える。

 中学時代、剣道部だったのでそれなりにさまになっている。竹刀の時と較べて拳の間隔が離れているのは作られた天稟によるものか。

「そいつなら金貨一枚でいいぞ」

「それは安い」

「売れないからな」

 身も蓋もない応えである。

「普通の剣と違って扱いが難しいんだ」

「なるほど」

 たしかに叩きつける動作に慣れた者に引いて斬る日本刀は不便に感じるだろう。

「では、ご厚意に甘えるとしましょう」

「まいどあり」

 十握は代金を払った。

「こういう剣はよくあるのですか?」

「まさか」

 店主は手を振る。

「これひと振りだけだ。こいつは質流れ品だ。なんでも遠い国からきた奴が、浅黄裏は浅黄裏らしく無難に観光でもしてりゃいいものを」

 店主がさいころを転がすまねをする。

 旅の恥はかき捨てと冒険した報い、か。

 余談だが、後でカミーラに訊くと浅黄裏は田舎者の蔑称とのこと。ひと昔前に裏地がその色の服が流行り、その古着が流れ流れて地方の人が着るようになったからとのことだ。

 厳然たる格差である。

 少し早く上京した者が遅れてきた者を蔑む構図に、なんとも目頭が熱くなる話だと肩をすくめる十握は、虚弱体質で近くのファミレスより遠くの病院のほうに馴染みのある悲しい過去を持つ、地の利をあまり享受したことのない都会育ちである。

「時に兄ちゃん、この後の予定は?」

「デートのお誘いですか?」

 それも悪くないがこんなきれいな男と手を繋いでいるところを女房に見られたら袋叩きにされちまう、と店主は苦笑する。

「見たところ兄ちゃんは旅行者だろ。滞在は長くなるのか?」

「手持ちが乏しいのでしばらくは冒険者家業で稼ごうとおもってますのでそれなりに」

「となると、泊まるところが必要になってくるな。どうだろう、ちょいといい働き口がある。食事と寝る場所が確保できる。冒険者を続けながら。もちろん、いかがわしいことじゃないぞ。ま、あんただったら女衒の片棒かついだほうが簡単に金になるとおもうが。――どうだい、悪くない話だろ?」

「たしかに悪くない話ですね」

 十握は店主を一瞥する。

 嘘をついている様子はない。

 純粋な親切心か、サービスして常連客を増やす客寄せパンダにする腹か。

 ただ疑問はある。

 角がたつから後日、雑談ができる仲になった時に、なんで素性のわからない男を即座に信用できたのかと訊くと、

「兄ちゃんくらいの器量よしに初見も旧知も関係ねえって。兄ちゃんは悪さするには目立ちすぎるのさ。見たところ、女を経済動物とみなすスケコマシをやるには面倒くさがりと良心の呵責で無理っぽそうだし」

 荒くれ冒険者とダース単位で渡りあってきた武具屋の主人だけあって確かな目を持っていた。

 紹介状をしたためるから待ってくれというので椅子に座って飲み物をいただく。

 湯気をたてた黒液がカップを満たしている。

 十握はおそるおそる口をつける。

 ――コーヒーであった。

 味は……悪くなかった。酸味が強めでブラジルに似ている。

 ご都合主義とあきれるか、人の考えることなどどこも同じとおおらかな気持ちで受けいれるかは意見の割れるところである。

 十握は後者である。

 元いた世界の趣向品に再会できたことを素直に喜んでいる。

 慣れないことに頭を悩ませているようでペンが遅々として進まない店主にしびれを切らした十握が、直接、会ったほうが手っ取り早いんじゃないかと提案するも、奥さんの許可がないから無理だと頭を振る。

 十握は空のカップを置いた。

「あの、ちょっとよろしいでしょうか」

 無意識に手をあげてから超のつく金持ちのご令嬢のようだとぼんやりおもう。

「なんだ? 人がない知恵しぼってるのに」

 武具屋の主人が顔をあげる。

「この刀――いや、異国の剣を研ぐ場合、どこにお願いすればいいのかと気になったもので」

「じぶんで研げないのか?」

「これは自信がないですね」

 口からでまかせだが、たしかに面倒くさそうだなと武具屋の主人は首肯する。

「なら魔法で研げばいい」

 なんともファンタジーらしい返答であった。

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