裏どり
ラウドにもどると十握はポウルをカミーラに引きあわせた。
面倒をみるように頼んだ。
カミーラはふたつ返事で引き受けた。
折よく大きな仕事が終えたばかりでしばらくは手が空いている。
カミーラは朴念仁である。趣味らしいものがない。
休みになってもすることがない。
連れだつ仲間は結果的にもっとも美しい者を召喚する贄となってしまった。
必需品を買うか、剣を研ぐか、知りあいの道場に顔をだして汗を流すか、図書館で乱読するか、ギルドの一階の酒場で陽が高いうちからグラスを傾けて、気心のしれた連中とじゃれあいと称したマス・スパーに興じるか、それくらいである。図書館以外は普段と大差ない生活である。
年頃の娘らしくないが、冒険者の職業病である。なまじ優秀なだけに症状が重い。
染みついた習慣は怖ろしいもので休みの日でも早々と目が覚める。惰眠を貪ることを無上の喜びとする十握とは大違いである。したがって、後進の指導はいい暇つぶしであった。――もっとも、パーティーメンバーを揃えて本格的な活動をしていたとしても十握のたっての頼みなら聞きいれたかもしれないが。
男勝りであっても女性だ。
加えて十握との交流が冒険者稼業の後押しになっている。十握と縁を持ちたい商人が将を射るにはまず馬からと指名依頼する。十握と腹蔵なく話せるカミーラは飛びぬけて価値のある奇貨になっている。恩返しのいい機会である。
形式上はギルドを通してポウルが指導者を依頼したことにした。
要らざるトラブルを避けるためである。
金が介在すれば、えこひいきにならないし、勘違いしてカミーラに弟子入りを志願する者も湧かない。
報酬はポウルが仕出し屋で働いて捻出することになった。
これも十握の紹介である。
カジノの繁盛で関連業種の仕出し屋は目の回る忙しさである。カジノは二十四時間営業である。ちょっと朝飯がてらにサイコロをという数寄者は多い。当初は歩荷のように背負子で運んでいたがそれでは間に合わないと、現在は元いた世界の巡回バスのように大八車がカジノと仕出し屋をひっきりなしに往復している。カジノと仕出し屋の間には坂がある。歩いてのぼるぶんにはさほどでもないが、大量の荷を積んだ大八車や馬車には堪える坂である。体力に自信のある冒険者にうってつけの働き口であった。
十握は熟考した結果、館の主の出没は秘密にした。
黙っていても問題ないという判断である
高位の冒険者がたちよることがまずないダンジョンで壁を壊して肖像画と対面するなど十握くらいである。
律儀に報告すれば面倒ごとになる。またぞろ行ってこいといわれかねない。
氷の爆ぜる音が心地よかった。
十握はカジノにいる。
バーカウンターでウィスキーを嗜んでいる。オン・ザ・ロックである。
一番人気の飲料である。
贅沢にもアイスピックで削って丸く整えた氷が好評を博している。
提供できるかどうかは別として、他所で頼めば大工や露天商の一日のあがりは優に超えるはずだ。
負けがこんだ者が家路につくための景気づけの一杯となっていた。
「お待たせしました」
アーチーがやってきた。
場所柄、うやうやしく一礼する。
人好きのする顔だが、よく目を凝らせば双眸の奥に峻烈な光を湛えているのが見てとれる。
たっぷりと油を塗って固めた頭髪が照明の光を浴びて鈍く光る。
天上におわす神が欠点のひとつもあったほうが魅力が増すと判断したか、一般より劣る十握の嗅覚でも柑橘系の匂いがはっきりと嗅ぎとれる。
頻繁に脱色をしたり、ジェルやワックスで髪をいじめ抜いた知人の結果をしる十握はその濡れ光る髪にうすら寒さを覚える。
さっそくスーツを着ている。
ここに到着した十五分ほど前に部下に託した品である。意中の殿方からドレスを贈られた淑女のようである、というのは大仰か。シュプールの支配人に着せた燕尾服が誘い水になったらしく、物欲しげに見るアーチーに十握がカジノ内限定の制服ならばと用だてたのである。
紫色のダブルである。
元いた世界の経済ヤクザという言葉がしっくりくる容姿であった。
「どうでした?」
「旦那の見たてどおりでした」
「ここで旦那はちょっと……」
「では、お頭と呼ぶのは?」
「続けてください」
十握は先を促した。
「エドガーですがね、二週間ほど前に義理がけで郷里にでかけてます。これは途中まで同道した連中の裏がとれてます。ルートから考えると旦那が探索したダンジョンの近くを――と、いっても、五キロほど離れてますが――通った時に」
バッサリ殺られたんでしょうね、と肩に手刀をあてる。
「犯人は彼であってますか?」
「ええ、十中八九」
アーチーは嘲りを浮かべる。
「打ちひしがれていたのは三日間だけで、今は浮かれてますよ。聞かれもしないのに『おれがあいつの代わりに幸せにするんだ』と吹聴して回ってます」
「露骨ですね」
もし、女性が隣にいたらまだ見ぬ敵に激しい憎悪を向けたことであろう。
須臾という短い時間とはいえ、皺などという夾雑物を眉間にもたらしたのだから。
「ですが、その身に蔵しているねじくれた感情を気どられていなければ、はた目には旧友の妻に手を差しのべる美談に映る」
「死人に口なしですから。――しかし、旦那は用心深いですね。おれならすぐにカチコミしてます」
「地金がでてますよ」
十握は苦笑する。
「死体は正直で信用できますが、幽霊は別です」
「そういうものですかね」
「元は人です」
「説得力がありますねえ」
後ろからバール状のもので殴られた被害者が、垣間見えた靴やズボンから別人のイニシャルを床に書き記すミスはダイイングメッセージもののありがちなギミックである。
「殺る時はいってください。清掃業者を依頼します」
「おおっぴらにする予定です」
「なるほど」
察しのいいアーチーは合点する。
「そういうことで気持ちだけありがたく頂戴します」
「遠慮なさらずに。旦那の頼みとあれば火のなか水のなかですので」
おべんちゃらではなかった。
先代の急逝でくすぶっていたのが十握の後押しで一躍、毎月二十日の同業者の会合で胸をはれる立場になれたのである。足を向けて眠れないとはこのことだ。
「もし、手が必要になった時はお願いします」
「あの、旦那」
席をたつ十握をアーチーは呼びとめる。
「触らぬ神に祟りなしと黙ってましたが、やっぱり気になります」
そういうとブラックジャックのテーブルを見る。
小さな指がテーブルを二回叩いた。
セシルである。
背の高い椅子に腰かけて足をプラプラさせている。
十握が見ていることに気づいて手を振る。
「彼女も社会科見学ですが――年齢的にまずかったですか?」
「そういうことはないんですがね」
アーチは袖をまくった。肌は粟だっている。
「旦那とはまた違ったプレッシャーを感じます。この前の赤毛の嬢ちゃんもなかなかのもんでしたがこっちは次元が違う。ありゃ、とんでもない玉ですな」
「なにか見えるのですか?」
「なんとなく感じるだけです」
こいつのおかげで命拾いしてますとアーチーはつけ加える。
「ニュータイプみたいですね」
「それは?」
「敵に感情移入しすぎて気疲れする人たちのことです」
モビルスーツの操縦時は予知能力がいかんなく発揮されるのに、生身の時はからっきしで殴られるのを不思議におもう十握は、ロトくじのあたりが末等どまりのオールドタイプである。
「では、やんごとなきお嬢さまとだけご理解ください」
「好奇心は猫をも殺すということですね」
「猫を殺す者がいたら、生まれてきたことを後悔する目に遭わせてやります」
キンと空気が凍った。
缶詰に利用したネットカフェで「星界の紋章」を読んでハマりました。
スペースオペラでボーイ・ミーツ・ガール。
これぞ王道のSFといった感じがいいですよね。
おもわずこういう話を書いてみたくなりましたが、汚れっちまったじぶんには難しいでしょうね。
絶対に会話で悪ふざけしたくなりますし。




