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探索

 もし、子孫が残っていたら湯水のごとく浪費した金を想起して血の涙を流したに違いない。

 冒険者の登竜門に選ばれるだけのことはある。

 その建物はラウドから馬車で五時間ほど進み、それから隘路を一時間ほど歩いた高台にあった。

 大きな建物であった。

 別荘というより小さな城である。

 尖塔まである。

 魔法の効果か、忌わしい力の影響か、長い年月を風雪にさらされてきたというのに壁面は新設時の白さを保ち、蔦の侵食を撥ね退けている。

 転地療法にしては大仰である。

 ここに君臨した者は病魔に侵されてなお、権力を維持していたようだ。いずれにせよ、立って半畳、寝て一畳という清貧の教えはこちらの世界にはないらしい。

「悪かったな」

 元冒険者らしい恰幅のいいギルド職員が十握に軽く頭をさげる。

「おれも若い時分は莫迦であんな感じだったから放っておけなくてな」

 十握にちょっかいをだしたニキビ面が開始の合図と同時にダンジョンへ殺到できたのはこれが理由である。

 同乗した馬車内で、

「新人から脱したばかりの連中のなかには鼻持ちならないのがいる。調子に乗ってあんたに迷惑をかけることもあるだろうが、なるべく穏便にすませてくれ」

 と念を押されたのだ。

「こういう格好ですから胡乱な目で見られるのは仕方がないかと」

 繊指がコートの裾を引っ張る。元いた世界なら通報される不審者然の姿は現場の混乱を避けてくれというクレアの要望に沿ったものだが、帽子は寝坊した結果であった。

 遠足前夜の小学生のようになかなか寝つけなかったのである。

 そのせいか喉の調子が悪い。

 声がややかすれている。もし、普段通りの清澄なそれであったなら、友だちが勝手にオーディションに写真を送ったのがデビューのきっかけで、元々、芸能界に興味はなかったとのたまうアイドルのインタビューを信じて疑わない鈍感でも正体を看破したはずである。

「それに謂れのない罪に抗うのは慣れています」

「だろうな」

 耳にした騒動の数々が脳裏に浮かんだのであろう。試験官は遠い目をする。

 十握はダンジョンに目をやりながら、

「――彼は有望なのですか?」

「悔い改めるって前提はあるが、まわりの連中より頭ひとつ抜けている」

 意訳すると、恵まれた能力に胡坐をかいた嫌な奴ということになる。

「では、もう五分ほど待つとしましょう」

「悠長だな。ま、あんたからすれば散歩に毛の生えたもんかもしれんが」

「あたら有望株を散らすのはよろしくないかと」

「――?」

「二度目があったら手がでそうで」

 姿形は似ているが神から息吹を授かった人とは違い、塵芥に地の底から湧いた下等な霊統が宿ったに相違ないもどきが――要するに学園祭で悪ノリするようなクソガキ風情にムキになったところで貫目を落とすだけと暖簾に腕押しでいなしたが、朝起きた時の口の渇きのような不快感は熾火のように燻っている。

「ま、ダンジョンに不慮の事故はつきものだ」

 ギルド職員は嘯いた。

 ――五分後。

 十握は宣告通りに実用性無視の巨大なドアを通った。

 エントランスは地味のひと言につきた。

 めぼしい調度品はとっくに奪われている。

 存外に明るかった。

 明かりとりの窓が多い。これはうれしい誤算である。

 腕試しに選ばれたのはこれが理由であろう。

 ランタンや松明で片手を塞がれ、不明瞭ななかを警戒して進むストレスは尋常ではない。

 パニックのあまり同士討ちも、充分、ありうる。

 元いた世界の潜水艦乗りは温和な者がなるという。冒険者は真逆である。その性、猛悪にして――はいいすぎか、粗暴にして血を好む。しかも、場数が乏しく根拠のない自信に満ちた若手に冷静な分析能力と克己心など期待するだけ野暮というものだ。

 掃除する者などいるはずもなく埃臭かった。

 十握はスカーフを半分に折って口元を覆う。

 スカーフも黒である。コートをあつらえた店のサービス品である。

 まるで人拐いのゲリラみたいだと自嘲する。

 ラウドにもどったらマスク制作にとりかかることを心に決める。

 壁や床の染みを一瞥する。十握は首を傾げた。引きずってできた黒の軌線は冒険者が流したものであろう。が、七色の、虹のようなきれいなものではなく不快な色の集合体は一体?

「形式的な試験とのことですが、さすがに物見遊山とはいきませんか」

 十握はひとりごちた。

 ダンジョンの名に恥じぬ構造であった。

 下っているつもりがいつの間にかのぼっていたり、まっすぐ進んだつもりが引き返していたりとだまし絵の中にいるようである。

 動画で観た香港が舞台のレトロゲームみたいだと十握はおもう。

 そのゲームの独特な音楽を脳裏で再生しながらドアを開ける。

 ドアノブを掴む手に力がはいった。

 スニーカーの裏から剥離した土くれが落下した。

 そこに部屋はなかった。

「難易度が高すぎますよ」

 十握は目を凝らす。

 二メートルはあろうか、真下にある金属の手すりの窪みが犠牲者の多さを物語っていた。

 十握は引き返した。

 額に浮かんだ玉の汗を手の甲で拭う。

 胸の鼓動が高鳴っているのがわかる。

 緊張している。

 十握でこれである。高層階と縁のないこちらの世界の住民ならさぞ肝を冷やしたことであろう。

 十握の眉根が寄った。

 どこからか獣の咆哮が聞こえる。

 遅れて裂帛の気合が届いた。

 誰かが戦っているようだ。

「討伐依頼でもないのにご苦労なことを」

 十握は反対方向を進む。

「わたしには関係のないことです」

 えてして、この手の主張を天上におわす神は嘲笑う。



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