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仮免みたいなもの

 突然の申し出に十握が面食らったのは森の樹々が錦繍きんしゅうに色づき始めた十月中旬の朝であった。

「明日、ダンジョンを探索しましょう」

 クレアが前のめりになって提案する。

「藪から棒ですね」

 そういうと十握は黒液を満たしたカップに口をつける。やや眉根が寄ったのはコーヒーが煮詰まっていたからである。酒と肴は煩型のために努力するがそれ以外は手を抜く傾向にある。一応、民業圧迫に配慮したことになる、のか? 気の利いた冒険者ならソフトドリンクは通りを挟んではす向かいの喫茶店で飲む。

 ギルドの一階の酒場である。

 他の冒険者たちは掲示板の前でひしめき合っている。

 窓口で長話はできないとのことでここになった。

依頼を奪いあう必要のない高位の冒険者がひとグループ、遅い朝食を摂っているだけでほぼ貸し切り状態である。

「昇級のためです」

「この前の象に似た大きなモンスターを倒して二階級特進してDの上になったばかりですよ」

 十握は律儀に最下位のFからスタートしている。カミーラの推薦があるので上の階級から始めることも可能だったが身分証欲しさの加入だったので鳴り物いりを嫌ったのである。

「不充分です」

 クレアが唇を尖らせる。

「ランクがあがれば難易度の高いクエストを請け負うことができます」

 いわずもがなのことなので十握が沈黙を貫くとクレアは念押しする。

「お金になりますよ。生活レベルをあげたいとおもいませんか?」

「はあ」

 気のない返事に一瞬、クレアが柳眉を逆立てるが、十握が冒険者のなかで五本の指にはいる高額預金者であるのをおもいだして切り口を変える。

「十握さんが昇級したらエイリアさんやソフィーさんは喜ぶとおもいますよ」

「いいところを突きますね」

「ダンジョンといってもただの試験です。下位ランク用の度胸試しですから十握さんなら散歩も同然です。書類と試験料はこちらで処理しますから身ひとつでささっと挑んでいただければ――」

 人助けとおもってお願いします、とクレアは懇願する。

「人助け?」

「ギルド長にせっつかれているんです。緊急依頼はCランクからですので」

 モンスターの跳梁跋扈や大規模な野盗の侵入などの非常時にギルドはCランク以上の冒険者を強制動員する権限を持つ。下位ランクが省かれるのは無駄死と未熟ゆえに仲間の足を引っ張る愚を避けるためだ。

 階級はFからSまである。

 SとFを除いたAからEまでは上と下がある。ややこしいのは悪しき官僚体制の模倣――ではなく、特典や税率などを細かく定めた結果であった。

 希少なAランクともなると他所に移られたらかなわないとギルドの手厚い優遇がある。ギルドが確保している高級ホテルのスウィートが格安で借りられたり、治療や武具の補助がある。こちらの世界にもマタイ効果は健在だ。

 Sは名誉称号みたいなもので空位が常態である。

「本当は二階級といわず三階級、四階級特進でもよかったのですが、一度もダンジョンに潜ったことのない冒険者をそこまで優遇するのはいかがなものかと本部の横槍があって――」

 血統がよかったり、本部の生え抜きなら平気で昇級させる癖に、とクレアは愚痴る。

 研修先の苦い記憶がよみがえったらしい。ルビーを嵌めこんだような双眸が炯々と光る。王都の民は傲慢だ。ラウドを他と同一視して田舎と嘲笑う。王都の矜持が、王都より羽振りのいい楽土があるという現実を受けいれられずにいる。

「と、いうことは、その試験さえ受ければ無理強いはもうないと?」

 クレアは視線をずらす。

「失礼します」

「努力します」

「そういうことでしたら」

 十握は折れた。

 クレアに同情している。鶴の一声で苦労する立場は熟知しているだけに他人事とおもえなかった。

「ありがとうございます。終わったらギルドにきてください。晩ご飯を奢りますよ」

「クレアさん」

 子どものように破顔するクレアを十握は凝視する。

「どうかしましたか?」

「今日はいつもと違ってなんといったらいいか……感情表現が豊かですね」

 違和感に気づいたのは十握だけでなく、他の冒険者たちも怪訝な顔である。

「月齢が満月に近いからですかね」

 異世界で心の安寧を保つ秘訣は考えるな感じるな受けいれろである。

「変ですか?」

「いいえ、今日も素敵ですよ」

 周囲の反応が薄いので、格段、根掘り葉掘り訊くことでもないのだろうと判断して十握は話を進める。

「で、そのダンジョンというのは?」

「元は別荘です。とある貴族が療養に建てたらしいのですが、妄執に囚われたのか、弱ってたところを悪徳リフォーム業者につけこまれたのかはわかりませんが、悪霊避けと称して増改築をくり返したあげく、なにかの儀式も執り行ったようで迷宮になってしまったそうです」

 地下に潜る一般的なダンジョンと異なり難易度が低いというアピールなのだが、

「ウィンチスター・ミステリー・ハウスみたいなものですか」

「――それは?」

 十握は当然の疑問を無視した。

「死人はでましたか?」

「まあ、ダンジョンですのでそれなりに」

「楽しみですね」

 先ほどまでとはうって変わって十握は目を輝かせる。

 金持ちが持てる財産と狂気のすべてを惜しみなく注いでトイレに行くにも苦労する家を建てたなら、そこを探索する機会を与えられたのなら――紹介状が手にはいるのなら喜び勇んで飛びこむのが元いた世界のマナーと信じる十握は、事実は小説より奇なりということわざを鼻で笑う、触手が人を襲う話を好む、ノーベル賞の発表時に喫茶店に集まって朗読会を披露する人々と不倶戴天の間柄であった。

スマホのアクセスがべらぼうに弱いですね。

読みづらかったりしますか?

追伸 手直しが多くて苦労しました。ああ、キンキンやジト目で行数が稼げる人がうらやましい。あ、非難してるわけではないですよ。恋愛ものやコメディー調の物語なら枝葉ですからちゃちゃっとすませるのはありです。アクションがメインの話でそれは論外ですが。

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