Shall we dance?
練習用であろう、飾りっ気のないドレスを着用者の魅力が補っている。
金色の髪は艶があった。肌艶も見違えるようだ。もしかすると化粧であえてみすぼらしくしていたのかもしれない。冒険者に扮していた時とは雲泥の差であった。
「応接間でもよかったのですが、十握さんは堅苦しいのが苦手なご様子でしたのでこちらを選ばせていただきました」
「それは――お心遣い痛みいります」
「あら、応接間でよかったかしら」
「無い知恵絞って詩画軸を褒めたりしたら翌日は熱がでて寝こんでしまいますよ」
「――あの、詩画軸というのは?」
「お気になさらずに」
予期しない言葉が自然と口をついてでる体質を呪うと十握は話題を変えた。
「社交界デビューというのは?」
「本当ですよ。今ではなく、予約という話になりますが」
「そうきましたか」
「十握さんもその時はぜひ参加してください」
「お気持ちはありがたいのですが……壁の花になりそうで」
「ご謙遜を」
「こう見えてあがり症なのですよ」
「ま、十握さんが参加してくださったらそれはそれで大ごとになりそうですしね」
軽くあしらわれたことに十握は苦笑する。
本心なのだが、誰にいっても面倒くさがり屋の詭弁とみなされている。
「――あの、時に変なことを質問してもよろしいでしょうか」
セシルがおずおずという。
「なんです、ホームズさん」
「そのホームズさんというのはどなたか存じあげませんが――その、トールを見る目が他の人を見るのとは明らかに違っているように見受けられたのですが」
「やっぱり、バレてましたか」
セシルの頬に赤みがさす。
「その、なんといいますか、恋愛の対象が男の子なのではと?」
「――?」
「そういったかたも一定数いるといいますし否定はしませんが、少し、その、落胆したというか――」
「違いますよ」
「ええ、違ってほしいという気持ちはありますが……ち、違うのですか?」
「そういいました」
「で、でしたら、トールに熱い視線を送っていたのはど、どういった意図で?」
「猫好きでして。つい、耳を目で追ってしまっただけです」
「そちらの気は、ない、と」
「ないですね」
なおもセシルは食いさがる。
「でも、浮いた話を聞かないのでそっちの気があるのではというもっぱらの噂です」
「誤解を招くようなことをした覚えはないのですが」
「なにもしないからではないでしょうか」
「と、いいますと?」
「きれいな女性を見ると愛想をふりまく男の習性をしないからではないでしょうか」
「見違えたと褒めるべきでしたか?」
「一般論の話です」
金切り声に十握の眉根が寄る。
セシルの後ろに控えるメイドが申し訳なさそうに十握を見る。なるほど、職場環境はよさそうである。十握が微笑むと一瞬で相貌が茹蛸のようになる。輪郭がぼやけているのは正体をごまかす幻術が動揺でほころんだせいか。両手を膝にあてて崩れ落ちるのをかろうじて踏みとどまる。これである。
「前にリップサービスをしたところ――本当のことをいったまでなのですが、呼吸困難になられたかたがいまして」
「そうでしたか」
セシルは息を吐いた。
「誤解が解けてなによりです」
頃合いと話を終わらせようとする十握をセシルは引き留める。
「そうですわ。わたしと踊ってくださいませんか? 彼女だと背が低くて」
「下手ですよ」
「かまいません。それに、こちらの世界でダンスができないのは不利になりますよ」
これは一理ある。
社交ダンスが苦手なくらいで無教養の謗りは業腹だ。そのうち否応なく情報収集に狐と狸の化かしあいの場に同席することもあるだろう。芸は身を助ける。元いた世界でも和歌の前は平等である。
アクアマリンを嵌めこんだような青い瞳に大写しの十握がいる。
セシルの背後でメイドが手をあわせている。
十握は息を吐いた。
片膝をついた。
「わたしと踊っていただけますか?」
人生初の社交ダンスに気を奪われていたために含みのある言葉を聞き流した。
ダンスの後で高級スライムと会った。
下手な尾行をしていた時とはうって変わって侯爵家の家人に相応しい容姿であった。
くどくどと謝罪があった。不承不承といった感じであったが。
そこで疑問が氷解した。
十握は注意力散漫で気づかなかったが、彼らは朝の新人研修の時も心配でついてきていたらしい。どこぞの依頼人を破滅に追いこむ家政婦よろしく木々の陰から遠目に覗いていたとのこと。
「もしかして、あの象に似た巨大なモンスターが襲ってきたのは?」
「うまく消したつもりでも魔力が漏れていたようで」
縄張りを荒らされたとおもったんでしょうかね、と他人事のように恬然としている。
「セシルお嬢さまに最大限の感謝をいうべきですね」
しなやかな手がポケットを触る。ジャケットは山吹色で重かった。




