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商売繁盛

 その地区の特徴をひと言でいいあらわすのなら静寂であった。

 道行く人はまばらである。

 広い通りであった。

 貴重な石道を蔦がモチーフの装飾をあしらった馬車が駆けていく。通りの端に寄せて通過を待つ一台は――すれ違うスペースは充分にあるから多分に儀礼的なものである――飾り気がなくトカゲに似た生物が牽引している。存外に乗り心地がよさげに見えるのは魔法の援用であろう。

 貴族街である。

 建売住宅と見紛う似た建物ばかりなのは元いた世界の古都なみに規制が厳しいのと横ならび意識である。

 ものものしい雰囲気はなかった。

 軽装の憲兵がちらほらと目につくがそれだけだ。

 十握は最深部に用がある。

 上流貴族のエリアである。

 エイリアのパン屋は財布が重くて反り腰のかた向けの特別な日を祝うためのパンを応相談で受けている。

 湯種を使ったパンである。無論、考案者は誰かいうまでもない。

 お忍びで足繁く通う、あるいは頻繁にメイドを使いに寄こすご婦人やご令嬢がた限定のスタンプサービスの代わりであった。

 もちもちの食パンもさることながら餡子とバターを詰めたロールパンが好評を博している。

「お金をいっぱい払うことで見栄がはれるんだからその手伝いをしてあげないと」

 そう提案したのはエイリアである。

 身近に大金持ちがいるだけあって彼らが散財したくなるツボを心得ていた。

 十握にその発想はなかった。

 夜の街の看板のように派手なパソコンで家庭用を軽侮するゲーマーを見ると、前足を大きく広げて犬を威嚇するコアリクイを想起する十握は、ポイントやスタンプカードの縛りで通う店がルーチン化する根っからの庶民である。

 ――目的地についた。

 正確を期すと十分前には到着している。

 塀に沿って歩いていたのである。土埃が風に舞う。石で舗装されているのは大通りだけである。

 豪奢な邸宅であった。

 迷路のような庭まである。熊の形に狩りこまれた木がかわいかった。

 拝領された土地に見合った建物にしたといえばそれまでだが、自領と王都の往復の途中でもなければ領主が泊まることの少ない、実質は自領の特産品を売って不足する品を求める、ついでに投資で利ざやを稼ぐ出先機関と考えると破格であった。維持費だけでも相当な額となるだろう。

 ゲセリット侯爵の邸宅である。

 十握が馳せ参じたのはこれが理由であった。

 普通は本人か代理が店にきて打ち合わせをすることになっている。

 ラウドでもっとも高い家格は侯爵である。

 それより上は王族である。親族の専横を警戒する王国の方針でラウドに屋敷は持てない。

 地位と金が揃うと第二のハルコンとなるからだ。

 この街でもっとも位の高い者のたっての頼み――掌中の珠である娘の社交界デビューという晴れ舞台のためといわれれば原則を盾にするというのは野暮というものであった。

 贅言だが、晴れ舞台といっても一生に一度というわけではない。

 なみの貴族は王都で一回きりだが、裕福な貴族ともなるとここでも開く。披露宴の二次会みたいな感覚である。王都のそれとは扱う桁の違う大商人たちへの配慮の側面があった。

 エイリアは容易にトラブルが想像できるので留守番である。

 次男坊や分家の男手が詰めている場合がある。不幸な邂逅は避けたい。元より忍耐力のない者たちである。エイリアを前に自制心など水に濡れた紙も同然である。

 パンを所望するご婦人やご令嬢も彼女の登場を望んではいないだろう。

 そこで十握の出番である。

 ソフィーは同行を拒否した。

 ソフィーは杉箸をそっと膳に置いて亭主を待ちぼうけさせるタイプであった(茶懐石の作法。箸のたてる音で亭主に食事が終わったことを告げる)。

「こうも露骨に貧富の差を見せつけられると新参者のわたしでも断頭台の活躍を期待したくなりますね」

 不敬もいいところなので、誰にも聞こえないようにひとりごちると十握は裏口からはいった。

 足どりは軽かった。うっすらとこみあがる不快感が緊張を消している。

 人が多くいる。

 小口の商人たちである。

 使用人の趣向品であろう。値切り交渉がそこかしこで聞こえる。それに抗すべく商人たちが耳障りのいい言葉をまくしたてている。ここだけ蚤の市のような活気があった。

 身近にいた使用人に訪問を告げると奥に引っこんで身なりのいいメイドがあらわれた。

 うやうやしく一礼する。

 一介のパン屋の身に余る対応であった。

 案内された厨房でちょうど手の空いていた料理長に試供品を渡して簡単な打ちあわせをすますと、なぜか通った道を引き返さずに途中で階段をのぼることとなる。

「ドレスコードが心配になってきましたね」

 壁に飾られた風景画や花の模様に立体感のある壺を眺めながら十握はつぶやく。

 ドアを隔てて大きな物音がする。

 エスコート役を終えた途端に緊張の糸が切れたメイドの崩れ落ちた音であった。

 うれしいことでも度がすぎればストレスになるというわかりやすい見本である。

 大きな部屋であった。

 ダンスフロアなのであろう、おそらく。

 エイリアの店がすっぽりはいりそうなだだっ広い空間をひと組が踊っている。

「そういうことですか」

 十握は得心する。

「お久しぶりです」

 パートナーを務めたメイドからタオルを受けとった少女が笑みを浮かべる。

 セシルであった。

冒頭は気合いがはいりますね。

ほら、二時間サスペンスであるじゃないですか。犬の散歩をしてる人が犬に引っ張られて草むらにはいって死体を見つけて悲鳴をあげるシーン。風情がありますよね。やっぱり、いきなり死体とパトカーのサイレンじゃ情緒がない。

雰囲気を演出することは大事なことです。

ま、ホラーとなるとまた話が違ってきますが。

追伸 「SPEC」や「HOLIC」の空撮のほうが適切かもしれませんね。

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