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人ならぬものは電気羊の夢を見るのか

 中年男は剣を捨てた。

「本気で行くぞ」

「では、わたしもそうしましょう」

「人間風情がでかい口を叩くな」

 うらなりが獅子吼した。

「喰らう前に、まず四肢の骨を折って身動きとれなくしてから犯ってやる」

 近い未来を想起したのだろう、うらなりの股間は布地を大きく押しあげている。

「下品だぞ」

「駄目ですか?」

「いいや」

 中年男の相貌がやにさがる。

「では、おれは内側から蹂躙するとしよう」

 ふたりの体が波うった。

 輪郭が曖昧になる。

 色を失った。

 薄ら禿の腹のでた中年男は青一色に、そして、顔に似合わぬ立派な陽根をもつ青瓢箪は緑一色へと――。

 くぐもった笑い声。

 発信元は十握である。

「絶望のあまり気が触れてしまったか」

 溶け崩れたような姿であっても明瞭に聞きとれる声であった。

「わたしを犯すと宣言した者は数多くいましたが、喰うといったのはあなたがたが初めてです」

「――?」

「増上慢のスライムにはきついお仕置きが必要ですね」

 キンと空気が凍った。

「ぬかせ」

 青と緑がくの字にぐにゃりと曲がった。

 跳躍した。

 単調な攻撃なので躱すのは造作もない。

 十握の振るう刀はまたしても青色をすり抜けた。

 三回ほど試して蚊の痛痒ほどのダメージも与えてないことを確認すると十握は納刀した。

 前衛芸術家がペンキをぶちまけたみたいに黒服に青と緑のまだら模様が浮かんでいる。

 斬った際にこぼれた液体である。

 白煙をあげている。

 十握だから平然としているが、凡夫なら塩酸を浴びたようなものでのたうち回るところだ。

 凄惨な光景ではあったが、美しくも劣情を誘うものでもあった。

 スライムたちはジリジリと距離を詰める。

 二本足でたった猫のように背伸びした。

 十握は棒立ちである。

 腕はだらりと下がっている。

 これで頭上から襲いかかる魔手をどうやって対処できよう。

 ああ、万事休すか。

 挟撃は、白磁のように滑らかな肌を穢す手前で不可視の壁に阻まれた。

 スライムたちは不安定な姿勢のままである。

 動けないのだ。

 かすかに波うつ表面が心内の動揺を吐露している。だが、しかし、形のないものをどうやって縛りつけたというのだろうか。

「やはり、質の高い鉄と銀は効果が違いますね」

 十握は服についた汚物を払った。

 月明かりが作る元うらなりと元中年男の影から針が生えている。

 月よ、やはりあなたは女性だ。

 街灯の届かぬ場所で明瞭な影が――それも二体の人に擬態していたもののそれが都合よく十握に向かって伸びているなど。地上でもっとも美しい存在にきれいといわれたら、女性であれば、この世の摂理を捻じ曲げてでも奮起するのは当然の帰結であった。

「串刺しの応用です」

 地面に串を刺して所有を主張するのが元いた世界の神代の呪術と以前に説明した。

 ならば影を刺せば?

 それが十握の膨大な気――魔力を蔵した特殊な針であったなら。

 影と本体は密接な関係にある。

 本体が損傷を受ければ影の形状は変わる。逆もまた真なりではなかろうか。

 物理攻撃を受け流すスライムといえど影を支配されてはいかんともしがたい。

「さて、どうしましょうか」

 繊指が顎に触れる。

 スライムと戦うのはこれが初めてである。

 熟練冒険者でも稀である。

 スライムとは無形の総称である。

 たいがいは形を維持できない下等生物である。

 したがって寿命は短い。新種のウイルスと同じで生まれたそばから消えていく。

 人に害をなす域まで成長するのは、麻雀で三回連続天和をあがるくらいの幸運に恵まれたか、邪な者の手で生みだされた個体のどちらかである。

「暗がりで急所を探すのも手間ですし、そもそも急所があるかわかりません。水分が多そうですからここは蒸発ということで」

 十握はオイルライターを取りだした。

 アップライトピアノに平行して部品を発注した。組み立ては十握がしたのでバリが残っている。軍事に応用できるものを他人任せにするわけにはいかなかった。煙草は吸わないが、あると便利だろうという判断だ。

 重質ナフサなどあるはずがなく、油は適当である。

 パチンと音が鳴った。

 フィンガースナップした中指が火打ちフリントを回した。

 瞬く間にオレンジ色の炎が青へ、そして金色と変わる。

 炎の高さは三十センチは優に超えている。

 膨大な気――魔力が注がれた結果であった。

「水の反克は土なのですが、保存容器くらいしか浮かばなくて」

 そういいわけじみたことをつぶやくと十握は背を向ける。

 コンピューターが記録媒体に穴の開いた紙を使用していたころのアクションスターがするように後ろ手でライターを投げようと手首が曲がった次の刹那――。

「待ってください」

 鈴を鳴らしたかのような声であった。

 セシルと目があった。

 薄い胸が激しく上気している。

「よくここがわかりましたね」

「胸騒ぎがして。場所はトールが割りだしました」

「そうでしたか」

 十握はトールの大きな耳を一瞥する。

 やはり猫人は嗅覚も優秀であったか。

「彼らを許していただけませんか」

「彼らはわたしを犯して喰らうといいました」

「償いはします」

「おしりあいですか?」

「家中の者です。わたしを心配して様子を見にきたのでしょう」

 ほう、と十握は感嘆を漏らした。

「それは珍しい」

 貴族は武功で取りたてられるのが正道で、有能な戦士や魔術師であることはままあるが――懶惰な生活が祟って靴ひもを結ぶのに難渋する贅肉の塊も太平の世ということで増えたが――モンスターを使役する貴族は聞いたことがない。使役士テイマー召喚士サモナーは元いた世界の八丁堀と同じ扱いである。必要な存在で、一流は付け届けで左団扇だが不浄な者と忌避される向きがあり、戦士や魔法使いと較べると一等低く見られていて儀礼の時は形見が狭いのが相場であった。

「うちは特殊なので」

「と、いうと?」

「この話は内聞にお願いします」

「わかりました。心配でしたら秘密保持契約に署名しましょうか?」

「――それは?」

「続けてください」

 十握は咳払いした。

 可憐な紅唇が紡いだ言葉は予想外のものであった。

「わたしも人ではないのです」

 

 


いやはや、美のインフレが凄い。

なろうで一番なんじゃないでしょうかね。

もし、もっと凄いのがいるというかたは教えてください。

それではまた次回にお会いしましょう。「SPEC」を見返しながら。

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