腹ごなし
現地解散するつもりだったが、方向がいっしょということで途中まで同道することとなった。
セシルとトールの定宿は毎日ベッドメイキングのある中級レベルである。しかも、個室である。新人冒険者としたら破格の待遇であるが、天蓋つきのベッドで熟寝を貪るお姫さまに、馬小屋や壁一枚隔てた隣の宿泊客の粗末なものをしごく音が聞こえる安普請はさすがに酷というものだ。
近道で公園を横切る。
昼間は恋人たちの憩いの場である噴水広場も月がでる頃になると夜の装いにさま変わりする。
酒の勢いで直情的になった酔客が身の丈にあった手軽な快楽を求めて渉猟し、そんな彼らに露出過多の女性陣が媚を売る。内心で舌をだしながら。その舌だが先端がふたつに裂けたのがあった。亜人の姿がちらほらと見られる。人間離れした姿もあるがそれに奇異の視線を送る者は皆無であった。夜は偉大だ。醜いものを覆い隠す。差別を公言して憚らない血統主義の野暮天は闇討ちを怖れて屋内に留まる。口先だけの腰抜けに用心棒を引きつれて闊歩する度胸などない。
いかつい顔の男たちが目立つ。
なにかの商談であろう。すれ違いざまに金と紙片を交換する者や、わざわざ柄の悪い男のいるベンチに座ったかとおもいきや、露骨に持参した袋を置き忘れて立ち去る者がいる。大量生産が難しいこちらの世界では同種のカバンを交換とはいかないようだ。
時折、寄り添うようにして目と鼻の先の安宿に消えていくむくつけき男たちはどうぞご自由に。
無論、女性同士もいる。
すべての愛の形がここ一か所でおさまるとは便利な場所であった。
常夜灯から少し離れた位置に腰をおろして欠伸を噛み殺し人を待つそぶりの坊主頭は官憲の類であろう。人相の悪さは及第点だが、いかんせん、着くずしかたが甘かった。
「もうしわけないのですが、野暮用をおもいだしたのでここでお別れです」
「いろいろとありがとうございます」
深々と頭をさげるセシルとトールの姿が闇に溶けるのを待つと、
「尾行がなってませんね」
十握は後を追おうとするふたり組の前に立ちはだかった。
頭頂部が涼しげな中年男とうらなりの青年である。中年男は身なりは野暮ったいがバッグに金がかかっている。うらなりは女性ものと見紛う華やかなデザインの服を着ている。一見するとそこそこ商売がうまくいっている小金持ちが周りの目を盗んで男娼をあさる構図に見えなくもない。
「な、なんのことだか」
狼狽する中年に十握は薄い笑みを浮かべる。
「この場に溶けこみたかったら手を握るくらいのパフォーマンスはするべきでしたね」
「噂にたがわぬ男だな」
中年男が好色漢の仮面を脱ぎ去った。
「おまえには関係のないことだ」
「承知しています」
「だったら」
「お断りします。カミーラさんがもどってくるまでふたりはわたしの庇護下です」
軽い私怨も混じっている。髪に回る栄養が腹に奪われた中年とドサ回りの三文芝居でなら二枚目が務まりそうな若い男の尾行のまずさに気分を害している。
ふたりはセシルやトールの後頭部を凝視していた。これでは対象が振り返った時に目があってしまう。
「赤の他人のために体を張るというのか?」
「さて」
十握の笑みが深くなった。
「河岸をかえましょう。他人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえといいますからね。なに、あなたがたがわたしより強ければ少しのロスで済むことです。どうせ、セシルさんたちの宿は把握しているのでしょう?」
「どうします?」
青瓢箪が頭頂部の寂しい中年に訊く。
「仕方があるまい」
中年男は肩をすくめた。
人の恋路を邪魔する者は犬に喰われて死んでしまえともいいます。
ま、物語的には邪魔する者がいてこそ盛りあがるのですがね。




