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テーブルマナー

「うまく軌道に乗れたようですね」

「おかげさまで、十握さまが利用なさる店という評判で女性客が増えました」

 暗にもっと通って広めてくれという催促を十握は聞かなかったことにして、

「オーナーは?」

「デートです」

「そうでした」

 十握は苦笑する。

 仕事に忙殺されてすれ違いが増えて破局では元も子もない。そこで、月に一日くらいはふたりっきりですごすことを提案したというかなかば強要したのは十握である。

 身を固めさせるためである。色香に引っかかってろくでもない連中の手先にアーチーが堕ちたら今までの投資が不意になるのと、これが主な理由だが、美しすぎる体を受肉した副作用で異性への関心が薄くなった十握でも、金にあかせて女性を玩弄する男を忌む感情は残っていた。

「そうそう、今日のデザートはどれですか?」

「ザクロのシャーベットとなっています」

「アダルト向きですね」

「他の品に替えましょうか?」

 十握はふたりを見る。

「甘いものは大丈夫ですか?」

「は、はい」

 少年と少女は同調する。

「では、焼き菓子は――いや、それはまたの機会ということにして、水菓子を適当に見繕ってください」

 自作のビスケットを食べた後では他所の焼き菓子に食指は動かない。

 そうですね、と十握は呟いた。

「あちらのつけ毛が不自然なご婦人にわたしからということでここで二番目に高いお酒をお願いします」

「――二番目です、か」

「暗喩ですよ」

目と鼻の先にできた同業を快くおもわないのは当然として、小料理屋風情が背伸びしたところで三月と保たずに潰れると触れ回ったのはいただけない。下級貴族に扮したご婦人は十握のメッセージにさぞ驚くことだろう。子どもの喧嘩の助っ人に虎があらわれたようなものだ。

「かしこまりました」

 支配人は一礼した。

「さ、食べましょう」

 十握はうながした。

 コース料理は元いた世界のイタリアンに似ていた。

 こちらの世界では赤いトマトへの忌避感は早々に払拭されたようである。

 既存店と同じことをしても芸がないというか苦戦が目に見えているということで、脂を控えた薄めの味付けとこちらの世界のレストランにしてはめずらしく若い女性客を意識している。

 オーナーの意向である。

 甘味処ならともかく、値の張るレストランの支払いは男が主である。画期的な試みに疑問視する声はあったが、アーチーの側で好色漢を観察してきた目はたしかであった。食後がメインの男たちにさしたるこだわりはなく、女性にねだられるがままに来店して気前よく金を落としていった。

 十握は紅茶を飲んでいる

 白磁のカップを湛える液体は琥珀色である。キャンディのセカンドフラッシュに似ていた。

 ティーポットはリボンをあしらったコジーに覆われている。

 ラウドで飲まれる茶は紅茶のみである。流通の都合でどうしても発酵してしまうのだ。

 ちなみに水は最初の一杯は無料である。

 薬を飲む人向けのサービスである。元いた世界の百貨店が売り場面積を犠牲にして椅子を多く配置するように目先の利益を放棄することがより大きな富を生むことは往々にしてある。

 水一杯で他店と差別化がはかれるなら安いものである。

 食後の一服である。

「たりなかったら遠慮なくいってください」

「充分に満足してます」

 猫耳の少年――トールが恐縮する。

「こんな豪華な食事にお招きいただいてありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそやんごとなきかたと同席できて光栄です」

「――?」

 十握は微笑した。

「落ち着いてください。冒険者の素性を暴きたてるのはご法度です。いいふらすつもりはありません」

 ふたりは顔を見合わせる。

 しばしの沈黙。

「わかりますか?」

 金髪の少女――セシルと名のった――が口を開いた。金鈴のような声である。

「違和感を繋ぎあわせれば」

「そうですか」

「ぞんざいな口調でしゃべっているいるようで、周囲への視線の配りかたや、うっかりあらわれる腰の低さであなたがたが主従関係にあることは明白です」

 今朝の象に似た巨獣があらわれた時、トールはわがことよりセシルの身を案じていた。

「きわめつけはここでのふるまいです。新人冒険者らしくない。いくらか緊張していることはわかりますが、それはわたしと同席しているからでしょう。半日に満たない縁でコース料理に招待されるとなると訝るのは当然です。普通の新人冒険者なら――慎ましい生活を送る者ならいくつもあるナイフやフォークにパニックです。おふたりのように流暢にはいきませんよ」

 と、この店でもっともナイフとフォークに不慣れな十握がいう。

「難しいわね」

 セシルは息を吐いた。

「どちらのご家中のお姫さまかは存じませんが、あまり無茶はされないように」

「わたしも冒険者のふりなどしたくはないのですが、家訓でそうもいってられないのです」

「物騒な家訓ですね」

「ええ」

「お嬢さま」

「十握さんなら大丈夫ですよ。どちらかというとわたしたちに近い立場です」

 トールは押し黙る。

「温室栽培はよろしくないということで、身分を隠して、市井の人たちと交わって対処法を学ぶというのが習わしになっています」

「それで冒険者を?」

「効率がいいとのことです」

「なるほど」

 たしかに限られた期間で好ましい者から半径三キロ以内にいてほしくない慮外者りょがいものまでさまざまな人物と会って目を養い、対処法を学ぶにはギルドがもっとも適切である。

「冒険者はいつまでですか?」

「今月いっぱいまでです」

「あと三日ですか」

「それまでご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いします」

「わたしも経歴は新人と差がありませんので指導するなどおこがましいのですが」

「カミーラさんがいうには、面倒見がよくて、約束は必ず守る、十握さんほど腕がたって信用できる人はいないとのことです」

「照れますね」

 事実、十握は耳の裏まで赤くなっている。

よくよく考えると、異世界の大半が中世ヨーロッパをモチーフとしたところなので食事はナイフとフォークになります。左利きの人みたいに小さなストレスが溜まりそうですね。

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