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異世界の洗礼

映像が頭に浮かぶように気をつけて書きました


 リーダー格の赤銅色に焼けた肌がより赤くなる。

 カミーラも頬を緋に染めて陶然と見蕩れている。

 まるで時間が停止したかのような静かな世界。無論、それを破ったのは作った本人である。

「どこの世界にも醜い者はいるのですね」

 清澄な声であった。

「立てますか?」

 差しだされたたおやかな手をおそるおそる掴むとカミーラはたちあがる。

 心臓が歓喜に高鳴っている。

 いや、すべての臓器が興奮している。

 感動に痛みを忘れた。

 カミーラは幸運の神が直接助けにきたのかとおもった。

 両親からランダムで特徴を受け継ぐ人の身でこのような奇跡がありえるのか。

 その男は美しかった。

 美しすぎた。

 髪の毛が黒かった。

 初めて見る。やはり神は特別な者には特別な色を授けるのか。

 近頃は魔法で顔を弄るのが貴族の子女のあいだで流行っているらしいが、もし、目でも鼻でも口でもどれか一部を再現することができたらその魔法使いはどんな豪商も足元にも及ばない富を築くことになるであろう。

 美しすぎたがゆえに一抹の怖ろしさもある。

 じぶんのような荒くれ者が手を汚してしまってよかったのか。

 それは美への冒涜ではないのか。

 真の美の前に凡夫は委縮する。

「なんの用だ?」

 リーダー格の声はうわずっている。誰何をとばして目的を訊いたのはうっすらと残る理性が不敬を避けたのであろう。盗賊という賤業に就く者が窈窕たる美丈夫の御名を口にするなど。

「義を見てせざるは勇無きなり、です」

「――?」

「冒険者と野盗が命の奪いあいをすることに口を挟むつもりはありません。話し合いでかたがつく間柄ではないでしょう。ですが、汚辱を与える行為はさすがに看過できません」

 そういったのは十握である。

 目が泳いでいる。視界が霞がかっているふたりはそれと気づかないが十握は面食らっていた。

 女性が襲われているのを見て飛びだしたのはいい。喧嘩なんか中学生どまりの柔弱者が野盗を一撃で仕留められたことに驚いたが身体能力の向上で説明がつく。問題は自然と口をついた科白だ。クサすぎる。なぜここで論語を? 頭頂部が窪んだ男の世迷言にとんと興味がなく漢文の授業なんか寝てたも同然なのに。容姿にあわせてスタイリッシュにいこうとはおもったがそれにしても――。

 肉体の変化にあわせて精神も変容を遂げたようだが――躊躇せずに荒事ができるようになったが――残念なことに恋愛ドラマのキスシーンやコメディドラマのわかりやすい失敗の前振りを見ていたたまれない気持ちになる共感羞恥心は健在らしい。また恥の多い生涯を送ることになるのかと十握は慨嘆する。

 こういう時間を天使が通りすぎたというのであろう。

 一分ほど無為に時間が流れた後に、

「なるほどねえ。面に似合ってきれいごとをぬかしてくれる」

 リーダー格が強く息を吐いた。

 空手の息吹に近い。

 肌が正常にもどる。

「邪魔だてした代償は高くつくぞ」

 リーダー格が地を蹴った。

 銀線が交錯した。

 十握が下っ端の剣を手にしてリーダー格の上段を受けとめたのである。

「色男のくせに力もあるのかよ」

「代わりに手持ちがありません」

「そりゃ気の毒に」

 リーダー格は後方へ飛び去りながら剣を振るった。

 十握の剣がふたつに折れた。

 圧倒的な武器の性能の差である。

「大人しく降参しな。大事な顔に傷がついたら売り値が下がっちまう」

「まだ序の口ですよ」

 十握は折れた剣を捨てた。

「おいおい、現実を見ろよ」

「ここでその科白は聞きたくなかった」

「――?」

「忘れてください」

 十握が歩を進めた次の刹那、リーダー格の相貌が満腔の自信から恐怖のそれに変わった。

 一瞬にして距離を詰められたのである。

 たおやかな、もう少し小さければ女性のものと見紛う手が喉元へ。

 リーダー格は余裕をとりもどした。

 予期できたことである。リーダー格は毛皮の下に鎖帷子を着ている。それくらいのことは読めて当然である。素手で倒すとなれば、カバーしていない箇所を狙うのが常道である。喉はそのなかでも金的や目とならんで効果的な部位である。

 リーダー格は体をわずかにずらす。

 これで軌道から外れた。

 次はおれの番だ。リーダー格がほくそ笑む。

 本当は顔をズタズタに裂いてやりたいところだが、それをやると売り値に響く。

 突ったってれば侍女が服を着せてくれるいけ好かない野郎に売り飛ばせば孫子の代まで左団扇の金になろう逸品である。ならぬ堪忍、するが堪忍である。

 代わりに腹の肉を軽く削いでやる。

 さかしらに仕こんだなにかが防いだとしても鉄の塊があたれば肋骨は折れる。

 あの容姿だ。さんざか女を泣かせてきたであろう、そろそろじぶんが泣く番だ。

 不意に世界が反転した。地面に倒れていることに気づいたのはしたたかに脇腹を蹴られて昼食の残滓をぶちまけた後である。

 右膝を蹴られたのである。

 骨が皮膚を突き破って顔を覗かせている。

 貫き手は虚――フェイントであった。

 羽根を毟りとられた蠅のようにもがくリーダー格を十握は睥睨する。

「時間が惜しいですし、そろそろ命乞いをしてみてはどうです?」

「――か、金なら払う、だから見逃して」

 十握は小首を傾げる。

「金ですか。月なみな表現ですが、ま、いいでしょう。ですが、あなたに払えますか? あなたの命の対価はそこらの路上の石くれで贖えますが、彼女への慰謝料は持ちあわせではたりませんよ」

「許してくれ」

「さて」

「なら、なぜ命乞いをしろとぬかした?」

「形式美です。一度、いってみたかったんですよ」

 悪党に共感することはないのでこれらの科白は平常心でいうことができた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 洗練された地の文ッ!! アクションを際立たせているように感じました。 楽しみに続きを読んでいこうと思います。
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