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女は度胸

「詳しいことはいえませんが、彼――キースでしたか、キースさんはかなりの艶福家でそれでいろいろと揉め事をおこしています」

「ひらたくいやスケコマシだ。こいつのせいで人生を棒に振った女は山ほどいる」

「それで、しでかした行為の責任をとっていただくべく馳せ参じたしだいで」

「そういうことで回収するぞ」

「そんな」

 突然のことで思考が千々に乱れるやさぐれ女にアーチーは発破をかける。

「姉ちゃんも新参者だろうと生き馬の目を抜くラウドの住民になったのなら腹をくくれ。いいか、でもでもだってにつきあう気はないからはっきりいうぞ。じぶんは愛されてるから特別だってのは甘い了見だ。あんたもカモのひとりさ。――こいつに」

 顎で息をするだけの存在と堕ちたキースをしめす。

「病気の妹なんかいないし、ふたりで小さな花屋をはじめようというのはこいつの決まり文句さ。悪徳不動産と組んで手付金を折半したら、最後のひと絞りと偽の借用書で売り飛ばされるって寸法よ。こいつは姉ちゃんの好みに擬態した偽者さ。感情がこもってないから臆面もなく歯の浮く科白もいえる。こいつの口からでた言葉に真実は千に三つもない」

「身に覚えがありますね?」

「殺るの?」

 やさぐれ女の双眸に峻烈な光が宿る。

「そこまでは。ですが、あなたの溜飲がさがるペナルティになると保証します」

「顔は潰して」

「それは困ります」

「どうして?」

「一生ぶん突っこんだことでしょうし、そろそろ突っこまれる側にまわっていただこうかと」

「――?」

「男娼ですよ。ですので商売道具の顔は勘弁願います」

「覗きに行ってもいい?」

「ええ、手土産に痔の薬を渡せば喜ばれることとおもいますよ」

「待ち遠しいわ」

 紫煙を吐きだすと半分ほどに短くなった煙草を火消し壺に捨てる。

「いくら貢ぎました?」

「はっきり訊くのね」

「不幸な時間はなるべく短くとおもいまして」

 女は顎に手を添えると沈考した。

「食事代や遊興費、肩代わりした借金とかふくめると金貨十枚ってところ、かな、かな?」

 なぜかはわからないが十握の脳裏に昭和五十八年の因習深い山村が浮かんだ。

「そいつは豪儀だ」

 アーチーがおもわず声を張る。

 いくら金のうなる商都であろうと新参者が短期で金貨十枚稼ぐのは至難の業である。

 金貨十枚は元いた世界の貨幣価値だとおよそ百万になるが、こちらは金のかからない生活なので使いでがある。寒村なら親子四人が一年間生活できる。そもそも身分の縛りで庶民は慎ましい生活を推奨されている。諸物価高騰を防ぐ狙いもある。財政再建と称して金の含有量を減らした悪貨を鋳造して良貨を駆逐した先の国の轍を踏んではならないとハルコン王国はインフレに神経質であった。

 キース――スケコマシのいうがままに馬車馬のごとく働いた結果が金貨十枚である。

 元いた世界の家出娘がろくでもない男の甘言に誑かされて夜の商売に飛びこんで前借り金を献上する構図に似ている。恋愛商法はカルトとならんで性質が悪い。

「ちゃんと客をとらねえから、飼ってる女の管理も満足にできねえのかって上にどやされたじゃねえか」

 とスケコマシに頬を張られた女が、

「わたしのことをおれの女扱いしてくれた」

 と瞳にハートマークを浮かべるという常軌を逸したやりとりが成立する。

 カルトと同じで洗脳を解くのに骨が折れる。中途半端だと再発する怖れがある。ろくでもない男から引きはがした娘が結婚することになってようやく肩の荷が降りると家族友人が安堵していると、半年と保たずに、やっぱりあの人のことが忘れられなかったと飛びだされては目もあてられない。

 十握が頼りにされるのはこれが理由である。親兄弟の諫言に反発する者も美の化身には耳を傾ける。胸襟を開く。陶然と見蕩れる。掌中の珠だと信じて疑わなかった相手が二束三文のガラス片だと気づく。ついでに加害者を打擲してくれる。まさに適任であるが、しかし、十件に九件は門前払いする。他をあたれという。金と権威をものともしないからとりつく島がない。スローライフの維持と興趣がそそられる案件が少ないのと、この手のトラブルを解決してきた役人や街の顔役などへの遠慮である。

「補填しますよ」

「――え、払ってくれるの?」

 当然の疑問に、

「彼の働きに期待しましょう」

 十握は口から泡を吹いている元スケコマシを睥睨する。

「毛深い胸板に顔をうずめて睦言をかわせば贔屓筋は三日と空けずに通うことでしょう」

 これは本当に重ねて本当に余談だが、へこたれるは漢字で書くと都子たれるになる。都子は少年の男娼をさす。たれるは倒れるの変化である。男娼にいれあげて身上を潰した者が多くいたということである。つまり、男娼は金になる。今でこそ伝統芸能の担い手で尊敬を集める歌舞伎だが、千両役者と羽振りがよかったのはほんのひと握りで、往時は多くの者が男色で糊口を凌いでいた。いい役を掴むにも衣装代は自腹なのでパトロンは必須である。どこぞのプロレスラーのようになんども引退興行と銘打って祝儀を集める剛の者もいたらしい。あくまで一説であるということをいい添えておく。

「払えますかね」

 アーチーは懐疑的だ。

 売れっ子になるのは間違いないが、補填すべき相手は多い。人数で割ればいくらにもならない。一年や二年馬車馬のごとく扱って、額面の七割カットあたりが現実的な線である。

「雇用者責任も追及します」

 こともなげに十握はいう。

「手土産に小指を一ダースほど用意すれば歓待してくれますよ」

うるさいと隣の住民に壁を蹴られなかったのは、その前の濃厚な声であきらめていたのでしょうね。案外、いい気味だとトラブルを歓迎していたりして。

馬小屋で揉めてるとうるさいとクレームがくるお約束は同じ冒険者同士の気安さもあってできるのでしょう。隣が凶悪犯罪者かもしれないとなると話は違ってきます。

十握は淡々と話すので隣人が恍惚となることはないでしょう。

アーチーの胴間声に怖れおののいていた可能性はありそうです。

ま、書いた後で気づいたことですが(笑)。

余談はただの悪ノリです。なかなかハードな商売で疲れきった都子が倒れるという説もあります。

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