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宴の始末

 帰りの道すがら、

「なんか釈然としない」

 ソフィーが頬を膨らませる。

「怒っても皺が増えるだけですよ」

「十握さんは悔しくないの?」

「さほど」

「ふうん」

「予定外のお金がはいったことですし、なにか奢りますよ」

「いいの?」

 現金なものでソフィーは目を輝かせる。

「それで機嫌がなおるなら」

「贅沢いってもいい」

「しょせんはあぶく銭です」

 いろいろと悩んだ結果、エイリアも誘って勉強がてらに評判のレストランへ繰りだすことに決まった。そこは羽振りのいい商人御用達で、二時間ほどの飲み食いで一エーカーの小麦の収穫が飛ぶというなかなかの敷居の高い店である。そろそろこの世界の高級な味を試してみたいと考えていた十握にソフィーの提案は渡りに船であった。

「ねえ」

 ソフィーが十握の顔を覗きこむ。

「驚かないの?」

「なにをでしょう」

「うら若い絶世の美少女が男の腕を簡単にちぎったこと」

「それ、じぶんでいいます?」

「細かいことはいいの」

「わたしがくる前はソフィーさんが招かれざる客の対応をしていたことですし、特異な能力のひとつやふたつくらい持っていてしかるべきかと」

「勝手が狂うな」

「それはすいません」

「謝ることじゃないけど」

 ソフィーが苦笑する。

「特殊スキルとかギフトとか神の寵愛って呼ばれてるわ。一般的な能力と異なる力の総称だから人によってさまざまだけど、能力発動時に体の一部が変化するのは共通している」

「なるほど、それで一瞬ですが瞳が縦長に」

「ちょっと使っただけだから」

「そうですか」

「驚かないのね」

「猫みたいでかわいかったですよ」

「勝手が狂うわ」

 とソフィーはあきれてみせるが、まんざらでもない口調であった。

「でね、神の愛って重いのよ。たいていは心と体が保たなくて絵本を卒業する前に……。わたしが生き残れたのは姉さんのおかげ。魔法で抑えこんでくれてたの。ま、当時はそんなことわからないからよく遊んでくれる近所のお姉さんくらいにしかおもってなかったけど」

 まとわりつくような生暖かい風に艶のある赤髪がなびいている。

「そうでしたか」

「やだ、しんみりしてきちゃったじゃない」

 感情をごまかすようにソフィーが肩を叩いてくる。元いた世界のヒョウ柄を好む生物学上の雌より一発一発がズシリと重かった。

 このままサンドバッグに甘んじるほどできた人間ではない十握は話題を変える。

「特異な能力というのなら――わたしも神の寵愛なのかもしれませんね」

「子どもの頃に死にかけた?」

「ええ、まあ」

 嘘ではない。

 元いた世界のことだが、土砂降りを意に介さず外で遊んで肺炎を患った。

「なら、そうかも。美と造形の女神のえこひいきがなければその姿はありえないし、軍神や幸運の神さまの加護がなかったら、とっくに嫉妬に狂った人たちに顔を叩き潰されてたでしょうね」

「ですね」

 十握は首肯する。

 よくも悪くも刺激のある第二の人生が送れているのは神の寵愛である。もし、簡素な服を着てミルクセーキを飲みながら多幸症患者のように惚けた面で賛美歌を合唱する天国に送られていたら赤面のあまり輪廻転生はまだかと指折り数えていたことであろう。

「もし、変身するのでしたら、三対の黒翼が生えるとかがいいですね」

「イメージしてなれるものじゃないとおもうけど」

「それは残念」

「わたしが神さまだったら醜怪な化け物に堕としてインパクトを狙うかな」

「醜い化け物ですか」

 十握の口の端がわずかに歪んだ。

 元いた世界の隣人の柔軟剤の強い匂いに辟易していたのに、じぶんから硫化水素の臭いを発するなど想像しただけで身震いする。

「いいじゃない。とびっきり美しくてとびぬけて醜いなんてキャラがたちまくりよ」

「今日はいつもと感じが違いますね」

「精神も影響を受けるのよ」

 軽い興奮状態にあるらしい。

 アドレナリンだかドーパミンだかエンドルフィンだかエフェドリンだかしらないが、いきなり腕もぎをするとなれば精神を鼓舞する物質が大量に脳内を駆け巡ったはずである。

「酔ってるみたいだからって、送り狼に変身するのはやめてよね」

「――」

「どうしたの? 急に黙りこんで」

「まさか中年男性じみたことをいってくるとはおもいもしなかったもので」

「なんで、ここは驚くのよ」

「それは失礼しました」

「だから、謝ることじゃないって」

 勝手が狂うわね、とソフィーは息を吐いた。

「ねえ、前から気になってたんだけど、そんなかしこまったしゃべりしてて疲れない?」

「疲れる時もありますよ」

「――だったら」

「うっかり、くだけた口調で話すとなぜか落胆されることが多くて」

「たしかに、普通にしゃべられたらイメージが崩れてガッカリする人は多いかも」

「そういうものですかね」

「そういうものよ。十握さんだって獣人の語尾が『です』や『ござる』だったらちょっとガッカリするんじゃない?」

「いわれてみれば」

 あざといという気持ちもなくはないが、やはり、お約束でないともの足りなさをおぼえる。

「会話の冒頭くらいは使ってほしいですね」

「でしょう」

「それなら、ソフィーさんも変身した暁には語尾に『にゃん』とつけてみては」

「真面目な場面でそんなことしたら不謹慎でしょう」

 どうやら、こちらの世界にはポニーテールの少女にかわいいストラップのついたアサルトライフルを持たせる様式美とギムレットは早すぎるようである。


 家人が大きななにかが落下する音で熟寝を中断したのは、草木も眠る丑三つ時――午前三時のことである。

 音の発生源が主人の寝室としり、すわ一大事と駆けつけた執事たちが目撃したのは、柄にもなく可憐な装飾をあしらった天蓋つきのベッドから転げ落ちた肉塊――ミューゼム男爵のそれはそれは大きな臀部であった。

 平均的な成人女性の優に三倍はある白の布地に目を背けると、体力に自信のある者が四人がかりで本来あるべき位置――ベッドに安置する。

 望月のように丸い相貌は生気を失っていた。

 拉致同然に連れてこられたお匙――もとい、専属医師の賢明な治療が功を奏して一命はとりとめたものの、足どころか舌がもつれるありさまでは当主は務まらないとピンチヒッターの任は解かれて、早々と領内の別荘のひとつで静養する運びとなった。

 原因は不明である。

 当家に恨みを持つ者の仕業かと家人は色めきたったがどこを探しても侵入の痕跡はなかった。

 原因不明だとおさまりが悪い。流言飛語が飛ぶ元である。そこで書類上は土にいるよからぬものが――細菌の存在はまだしられていない――指先の針の先ほどの小さな傷口から侵入し、毎日八千キロカロリー摂取がノルマのガタのきた体では抗しきれなかったということになった。要するに破傷風である。元いた世界なら園芸の趣味でもないと土と接することは稀だが、こちらは舗装してある道は希少でそこここで土埃が舞っている。体のいい目くらましになる。外傷に強い治癒魔法も宿痾しゅくあには弱かった。

 

 巨豚堕ちるの一報を懇意の肉屋からしったソフィーは十握をまじまじと見る。 

「これって天罰ってことでいいの?」


 

 

 

会話の多いシーンは緊張しますね。

説明くさくないか、くどくないか、いろいろ考えて筆が鈍ります。

追伸 なにげにこの回はお気にいりです。

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