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飴と鞭

 モンタージュより色香は五割増し。

 とんでもない。八割超えだ。

 コルセットやワイヤーなどの援用無しでメリハリを体現している。

 目つきの鋭さがかえって色香に深みを持たせていた。

 贅言だが、こちらの世界は元いた世界ほど美白信仰はない。上流階級の子女の間で日光浴がたびたびブームになっている。文字通り深窓の令嬢だと病に伏せやすくなるからである。幸い、オゾンホールなどという野暮の極みはないので、かつてのロココ時代の過剰に膨らんだスカートを履く貴族の子女が領地の田園を散策する光景がこちらで再現されている。

「うるさいねえ」

 股間を励起する低い声。ぜひ、一人称はあたいであってほしいものだ。

 十握に気づくと口をぽかんと開ける。

「――あなた、本当に男?」

「ええ、まあ」

「へえ、神さまもたまにはいいことするのね」

「レベッカさんですね」

「悪いけど今日は体調がすぐれなくて」

「出直してこいと?」

「そうしてもらえると助かるわ」

 無論、いってみただけである。

 どうやって調べたかはさだかではないが隠れ家を探し当てて、雇った見張りを完膚なきまでに潰した者が素直に引き下がるはずがない。

 ただの粗暴な者なら、

「ガキの使いじゃねえんだ。はい、そうですかって引き下がれるか」

 三人を叩きのめした勢いで歯を剥く。

 もう少し上等なら、

「体調管理は大事ですが、それも命あっての物種だとおもいますよ」

 こんなところか。

 さあ、玲瓏たる美丈夫はどうでる。

「わかりました」

 予想外の返答にレベッカは面食らう。

「――聞きわけがいいのね」

「後日、お店にうかがうとしましょう」

 十握は口の端に薄い笑みを浮かべる。

「でも、いいのですか? リリーという偽名で純朴な――というか、世間しらずの坊やをたらしこんでいたことを従業員やお得意さまにしられたら、きれいな商売がやりにくくなるのでは?」

「あなたの口からでた言葉なら空が堕ちてくるでも人は信じるでしょうね」

 レベッカは嗟嘆した。

 その部屋はほのかに甘い香りが漂っていた。

 建物と較べて調度品が今ひとつ見劣りするのは場所柄を考慮してのことである。高価な調度品を血痕がつくたびに交換していたらそれこそイカがスルメになるより早く干からびてしまう。

 隅で細い白煙をあげる緑色の香炉は調香師であるレベッカが持参した物である。

「ワンフロア貸し切りですか?」

「薄い壁越しにむさ苦しい男がいるとおもうと落ち着かなくてね」

 黒液を湛えたカップが薄く湯気をたてる向こうでレベッカがソファーに寄りかかる。

「で、わたしになんの用? デートの誘いだったらのってあげてもいいけど」

 弄うように足を組みかえる。

 むっちりと肉の詰まった太腿があらわになる。

 パンストなどという夾雑物はない。

 スカートの隙間から黒いものが見えた。ブラジャーも黒であろう。

 筋金いりの男嫌いも十握は例外らしい。

「それは順番待ちをしていただかないと」

「でしょうね」

「あなたに美人局を強要した依頼人の名を教えていただけませんか」

「単刀直入ね」

「時は金なりです」

「沈黙は金ともいうけど」

「今なら飴を用意します」

「残念だけど依頼人はいない。わたしがちょっとした悪戯心で遊んだだけだから」

 予期したとおりの回答であった。

 アーチーの賭場に通うだけの潤沢な金があり、克己心もあるレベッカ姉さんに、苦手な男とデートをするように強要できる相手となると大物である。

「わたしの望む返事と違います」

「慰謝料は払う。これでいいかしら?」

「わたしは断ることのできない申し出をしているのです」

 キンと空気が凍った。

「恐怖か受けた恩かはしりませんが、レベッカさん、あなたが口を閉ざせば依頼人は感謝するでしょう。ですが、それはあなたが蒙る損失に見合うものであるかははなはだ疑問です」

「物騒な話ね」

「いえいえ、どちらに利があるかお話ししているだけですよ」

「その前にひとつ訊いてもいいかしら」

「どうぞ」

「わたしが口を閉ざすと酷い目に遭うらしいけど、動かずにどうやるというのかしら?」

「――」

「そろそろ効いてきたんじゃなくて」

 レベッカは艶然と微笑んだ。

「いい香りでしょう? 香に麻痺の成分を混ぜておいたの」

「平和的に話しあいませんか」

「ごめんなさい。わたし平和主義者じゃないから」

 レベッカは十握の顔を覗きこむ。

「――安心して。こんないい男を苦しませたらかわいそう」

 しなやかな手が十握のサングラスへ伸びる

 喘ぎ声が漏れた。

「普通は隠れていたところがあらわになると落胆するものなのに予想を上回るなんて」

 十握の顔が翳った。

 唇が重なった。

 透明な粘糸がふたりを繋ぐ。

「きれいに死なせてあげる」

「それはどういたしまして」

 本能が警鐘を鳴らす。彼女は飛び退ったが十握のほうが早かった。

 レベッカは手首を掴まれた。

 引き寄せられた。

 黄色のネッカチーフがはらりと落ちる。

 ルーマルか? (かつてのインドに実在した暗殺者集団サッグが用いた武具で、生活の糧とカーリー神への供犠に商隊を襲った)。

「……どう……し……て?」

「ソフィーさん」

「得物がバレてるって不利よね」

 大きな胸の谷間から取りだしたのは魔法具である。金属製で複雑な形状をしている。アーチーが用意した品である。

 解毒剤である。周囲の空気を浄化する。

 炭鉱従事者向けに開発された品だが不評である。

 レベッカが失念したのもむべなるかな。

 使用者の魔力を大量に消費する。凡夫なら三分で青息吐息である。これでどうやって炭坑から脱出できよう。およそ実用的とはいいがたい。

 十握はともかく、ソフィーが使いこなせたのは人より総じて魔法に長けたエルフの血が半分はいったエイリアの薫陶を受けて魔力を多く蔵していたからである。

 十握の針でも同じ効果をもたせることは可能である。それをせずにあえてソフィーに負担を強いたのはアーチーの好意を無下にしたくなかったのと手の内をさらしたくなかったからである。

 どこで情報が洩れるかわかったものではない。針で致命傷を与えるのはいい。恐怖ははねっかえりを諌める。だが、軽く針を刺しただけで病が快癒するなどとしられたら夜討ち朝駆けで患者に押しかけられて不眠症が悪化する。

 大鎌に狩りとられる運命にあった者を救ったことで歴史が大きく変わることになったら、こちらに呼び寄せた存在の受忍限度をこえるかもしれない。

 元いた世界のタイムスリップや異世界転生した医師が水を得た魚のように活躍する話を読むと、同業者を路頭に迷わす気か? 急激な変化は反動で多くの人が巻き添えをくうことがあるのに、と知識人らしからぬ短慮に首を傾げる十握はレジにならぶ前に財布の中身を確認する心配性であった。

 繊手が頤に触れた。

 互いの息遣いがはっきりと聞こえる距離。

「わたしがあなたの香水をつけて広告塔になります。これで手を打ちませんか」

 レベッカの視界に紗がかかっている。

 それはソフィーも同じであった。顎を持ちあげて見つめる十握の男っぷりに四肢の力を奪われている。

 十握は逆に足に力をいれていた。放っておけばエルビス・プレスリーのように震えている。

 体が勝手に動き、そして紅唇が紡いだ言葉に恥じいっていた。

週別ユニークユーザが100を超えると励みになると同時に、ここに投稿するすべての人がおもうことでしょうが、もっと多くの人にしってもらいたい、ブックマークも欲しい、と欲がでますね。

なんであんな駄作がじぶんより評価がいいんだというやっかみも、無論、湧きます。

ま、飛びぬけて美しい男が節度をもって異世界暮らしをする話ですから、主流の元いた世界では冴えなかった男が授かった能力を誇示してハーレムを作る話より客足が鈍いのは仕方がないことです。

気を落とさずにコツコツ投稿していこうとおもいます。

それではまた次回にお会いしましょう。

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