お約束
剣は残像を切り裂いた。
踏みこみが浅かった。
カミーラは疲弊していた。
かれこれ五人近くは切り伏せている。
四肢が鉛のように重い。
仲間の援護は期待できなかった。
彼らは祈ることと罵ることで手一杯である。それも間もなく終わる。
野盗の襲撃を受けていた。
彼らは気配を消すことにたけていた。気づいた時には手遅れで、弓の一斉照射に仲間の多くが倒れた。残りは奇声をあげて崖を滑り落ちりてきた連中の槍の餌食と化した。
カミーラが助かったのは運である。
彼女は生まれつき運が太かった。
村に隔月で訪れる医師は、活発がゆえになんども事故に遭いながらそのすべてが傷跡も残らない軽症ですんだことに讃嘆して、
「きみなら崖から滑落してもいあわせたクラーケンが受けとめてくれるだろう」
と意味不明な太鼓判を押したものだ。
だからカミーラは冒険者を選んだ。
寒村の仕事に運は必要ない。
引きとめる者はいなかった。
珍しい選択に驚いただけ。貧乏な家の三女とあればいずれは村をでる運命にある。
野良仕事で鍛えた体力と、足をけがして遁世する元一流の剣士の手ほどきで腕に覚えはある。街の住民は田舎者を軽侮する。田舎の棒切れ遊びと揶揄する。ギルドに初めて顔をだした時もそうであった。ただ、違うのは減らず口を叩いた連中が地面に突っ伏して彼女を仰ぎ見ていたことと、その腕っぷしを買われて登録がスムーズにいったこと、その場に居合わせた武具屋の主人に気にいられて商品を格安で譲ってもらえるようになったこと。新参者にはありえない厚遇ぶりである。
それからも順当であった。
探索クエストは運がものをいう。
命を賭して得たのがガラクタばかりでは早晩アルコールに溺れるようになる。
無論、窮地におちいったことはある。
斡旋したギルドのミスで難敵と対峙せざるをえなくなった状況下、参加した他のパーティーが次々と命を落とすなか、彼女と彼女の仲間たちは原状回復できるていどの損傷で帰還することができた。
このような事例が続けば話題になる。
その運の太さを聞きつけた貴族や大商人から指名依頼がくるようになる。まるで紹運のアイテムである。今回の警備も貴族の依頼であった。運ぶ荷物はしらされていない。それでいい。そのほうが後腐れがなくて無難である。
今回も運は味方した。
うっかり落とした小銭を拾おうと前かがみになった彼女の頭上を矢は通過したのである。
――たたらを踏んだその隙を野盗は見逃さなかった。靴先が筋肉の鎧を貫いて肺腑をえぐった。カミーラは仰向けに倒れた。したたかに背中を地面に打ちつけた。
息ができずに喘鳴する。
打ちどころが悪かったか、尖った石でもあったか身動きがとれなかった。
喉の奥からせりあがる不快感を彼女はぶちまけた。吐しゃ物は血と胃液の混合である。
相貌が不意に翳る。
「惜しかったな、姉ちゃんよ」
粗い作りの毛皮をまとった男が睥睨している。赤銅色に焼けた肌に鋭い眼光、風格から察するにリーダー格のようだ。
「剣の腕だけでなくて魔法まで使えるとは驚いたぜ。だが、あたらなければどうということはない」
正確にはあたったのだ。
リーダー格の傍らでこんがりローストされた死体が転がっている。
体を張って上司を守った――盾となった部下のなれの果てである。
奇妙であった。
彼女の能力を超えた破壊力であった。
まるで本物の雷のようであった。
「おれとしては久々のいい運動になったんであんたが体力を回復してからもうひと勝負というのもやぶさかじゃないが、いかんせん、貧乏暇なしってやつでな、存外に部下が殺られちまったんで後始末が大変だ」
十人以上いた部下はたったふたりを残すのみである。奇襲とはいえ、熟練パーティーと戦ってこの損害なら重畳といえる。
ひとりは仲間を呼びに行かせている。
「そっちはどうだ?」
荷馬車と格闘中の残りが首を振る。
リーダー格と較べて体躯はひと回り小さい男だ。装備品のみすぼらしさが序列の低さを雄弁に物語っていた。
「魔法で守られてますぜ」
「結界の解きかたはわかるか?」
とリーダー格はカミーラを見る。
「――しるわけが」
「まあ、そうだろうな」
意外やリーダー格は素直に頷いた。
「教えちまったら、ろくでもない奴なら荷物かっさらってずらかる」
「どうします? アジトに運んでもぐりの魔術師でも呼べばあるいは――」
「そこまでやるのは億劫だ。行きがけの駄賃は諦めて、依頼された通りに谷底に突き落として仕事終わりの酒にありつくとするか」
「その女はどうします?」
粘ついた声であった。
「物好きだな」
「そりゃお頭が囲ってる女と較べりゃ色気は一等落ちるかもしれませんが、ただでありつけるとおもえば上玉ですぜ」
「かもな」
ごつい指が小さな頤を掴んだ。
じろじろと値踏みするリーダー格の相貌にカミーラは唾を吐いた。
「威勢のいい嬢ちゃんだ」
そっと手を離すと、
「二十分ですませろ」
「十分もありゃ充分ですぜ」
下卑た笑い声が重なった。
「安心しろ。おれはこれでも甘い男でな。さすがにろくに歯も磨いてねえ野郎にダース単位で犯られるのは見てられねえ。十分後にはあっさり殺ってやるよ」
「あら残念、楽しみだったのに」
「こちらのお嬢さんはお熱いのが好きだとさ」
下っ端がカミーラを蹴り飛ばした。
容赦のない一撃であった。
カミーラは苦鳴を漏らす。
「いい音色だ」
「女を暴力で屈服させることでしか優越感を得られない男ってみじめよね」
下っ端は振り向いた。
「どうせ犯った後に殺るんですからちょいとばかし手荒でも構やしませんよね」
「二十分以内ですむならな」
リーダー格は肩をすくめる。
「せめてもの供養で斬り殺された仲間たちにいいもん見せてやらんとな」
心にもないことをいうと下っ端は右足をあげる。
一気呵成におろす。端正な顔を踏みにじるために。カミーラは咄嗟に目を瞑る。切った張ったに慣れた冒険者でも女である以上は、顔を潰される恐怖からは逃れられぬか。
風圧で亜麻色の髪が持ってかれる。
靴は頭部から一センチと離れていない地面を踏んだ。次の瞬間、下っ端は崩れ落ちた。
やはり彼女は運が太かった。