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情報収集

 高価な調度品に慇懃な接客、飲食はすべて無料とこれまでの鉄火場とは一線を画す優雅な空間に、蕩尽しつくして刺激に飢えていた大商人が放蕩仲間を誘って、カツラや付け髭で変装した売僧が露出過多の女性の腰を抱いて、選民の余暇活動へ殺到した。

 元いた世界の正月に見せ金三百万円を用立ててラスベガスの優待コンプを利用した経験が役立ったというものだ。ついでにいうと投資金額は回収済みである。肩書は常任理事だか専務理事だか慶弔委員だか忘れたが、実質的なオーナーということで売り上げの一部を受けとっている。どこかの従業員の首を切った功で役員報酬をあげる外資系の社長に比べたら微々たるパーセンテージだがけじめは大切である。

 アーチーと先代の急逝後も残った古参は信用にたるが新参は違う。

 アーチーらは凶悪犯罪で嘴を湿らせることをよしとせず、海のものとも山のものともわからないカジノに活路を見いだしたが、他は金の匂いに惹きつけられただけである。

 連中は飼育されるワニと同じである。

 心をかよわせたようで隙を見せれば噛みついてくる。

 一介のパン屋の店員兼下位ランクの冒険者が裏社会の有望株を顎で使役する構図は歪んでいる。新参者の教育によろしくない。座布団の差は大事である。そこで、パン屋の店員は世を忍ぶ仮の姿で、とある大身の資産運用を任されていて様々な案件に投資するフィクサーということにした。気分は鎌倉の御前である。安易な設定だが目くらましにはなるだろう。封建社会も太平の世になると金がものをいう。

 無論、他言無用であるが、洩れたところで困らない。与太話と一笑に伏すだけである。

 造形の神が全精力を傾注した美丈夫と、親譲りの無鉄砲で子どもの時から損ばかりしていた日陰者のどちらの言に重きを置くかは子どもでもわかることである。

 アーチーはバーテンが差しだした水をひったくるように奪うとひと息で飲み干した。

 ひと心地つくと、

「女性同伴とは粋ですね」

「彼女の社会科見学にとおもいまして」

「勉強熱心なのはいいことです」

 一瞬、ソフィーを見据えるアーチーの双眸が炯々と光るもすぐに柔和のそれにもどる。

「お嬢さんなら大丈夫そうですね」

 十握はポケットから四つ折りの紙片を取りだすとカウンターの上で広げた。

「いい女ですね」

 淡い色彩の女が微笑んでいる。ガーニーの証言を元に作成したモンタージュである。

「名前はリリーですが、おそらく偽名でしょう」

「他にヒントは?」

「後は服の下の情報とのことです」

「雲を掴むような話ですね」

 アーチーは腕を組んだ。

「どこかで見たような」

 あッ、とバーテンダーが小さく漏らした。

「しりあいか?」

「レベッカさんに似ているような」

「いわれてみればたしかにそうだ。この絵だとお高くとまっているが、三割ほど目をきつくして五割ほど色気を増せばレベッカだ。よくわかったな」

「お客さまの顔をおぼえるのも仕事です」

「――レベッカさんというのは?」

「うちの常連ですよ。きれいに遊ぶのでありがたいお客さまです」

「これは幸先がいい」

「最近、見かけないとおもったら訳ありでしたか。なにやらかしました?」

「美人局を」

「そいつは災難だ」

「笑いごとじゃないんだけど」

 腹を抱えるアーチーをソフィーが睨む。

「いや、失礼。お嬢さん」

 アーチーは指の腹で涙を拭った。

「ですがね、お嬢さん。やらずぶったくりでは笑うしかないでしょう」

「――?」

「レベッカは身持ちが固いんですよ。うちでも粉をかける客人は多いですがどなたも手ひどく振られています。男性恐怖症か同性愛者じゃないかって噂されるくらいです。財布が重すぎて反り腰のかたがたの申し出を断るレベッカが、リスクがある割にうまみの乏しい美人局などに体を張りませんって」

「子どもができたといわれたらしい」

「彼女は調香師です」

「――?」

「ハイローラーの仲間いりをするには副業が必要ってことですよ。催淫剤や幻覚剤などの物騒なのも手がけてます」

 十握は息を吐いた。

「依頼人には秘密にするしかなさそうだ」

「嘘も方便ってやつですな、ひとりで腰振ってよがってるところを服を着たままの女に冷ややかな目で見られていたなんてわかったら一生もんのトラウマです」

「彼女の居場所に心あたりは?」

「うちの若いのに調べさせます」

「なるべく早くお願いします」

「なに、凄腕の殺し屋を探すわけじゃないんですし、二時間もあれば目星はつきますって」

「それでしたら本格的に社会科見学といきますか」

 十握は席をたった。

「勝負ですか」

「確認ですよ。ディーラーのうっかりミスを利用する客がいないとも限らない」

 ディーラーが無意識にカードの強弱を仕草でバラしてしまうことがままある。

 近いうちに大規模の大会を開く予定である。当然、レートは高額になる。それまでに損失の芽は可能な限り摘んでおきたかった。

「そうそう、来月、王都からサーカスがきます。後でチケットを二枚送りますよ」

「それは楽しみですね」

「社会科見学にお土産はつきものです」

「――?」

「たったひとりの同僚の趣味を把握しとくのも大事なことだとおもいますよ」

どうもみなさん、すべてがアクションの過激派です(笑)。

お約束の有能な協力者の登場です。

勝手がわからない上に消極的な十握には彼らがいないと話の展開が悪くなりますからね。情報網と兵隊を持つ裏社会の大物ならうってつけです。ま、加勢を頼むことはまずないでしょうが。

活字を目で追う面白さ、血沸き肉躍る感覚を楽しんでいただけたら幸いです。

それではまた次回、お会いしましょう。いやあ、ハードボイルドって本当にいいものですよね。

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