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共通の敵は友好の糧

 ジェシカは喫茶店で十握と別れると裏路地にはいった。

 落日に隘路が緋に染まる夕刻になるとかりそめの恋人たちでにぎわいはじめるホテル街も、まだ、時期尚早と熟寝うまいを貪っている。

 追いすがる喧騒が断念したあたりで、

「工作は中止して」

「噂通りの油断ならない人物でしたか」

 物陰からあらわれたのは初日に劇場で十握とたちあった(?)付き人である。

 いい医者に巡り会えたらしい。

 はた目には切られた小指は他指と遜色なかった。

 ふたりは歩きながら話す。

「自称ハイヒューマン、ポストヒューマンは伊達じゃなかったってことね」

「色男のくせに金と力もあるとはうらやましい限りです」

「まったくよ」

 肩をすくめる付き人にジェシカは賛意する。

「上への報告はどうします? 正直にたっぷりと白粉おしろいの匂いをさせて誘惑するも実力不足で見向きもされなかったと?」

「笑えない冗談ね」

 ジェシカが柳眉を逆だてる。

「ラウドで浮かれて主従関係を忘れてしまったのかしら」

 山出しがラウドの魔力にあてられて高揚感から自制心を失い、尊大な態度をとるのはよくあることである。なまじ、腕に覚えがあると顕著だ。運がよければ病院のベッドで天井の染みを数えながら井の中の蛙であったと痛感することとなる。

「かりそめの主従関係を持ち出されても困りますね」

 もっとも、と付き人は意味ありげに笑うと、

「昨日までなら揉めるのも面倒と、ちょっとばかし顔がいいことを鼻にかけた高慢ちきな女など振られて当然などとはおくびにもださなかったでしょう」

「心境の変化とやらを教えてくださる」

 本来なら激昂する場面だが、付き人の豹変にジェシカは面食らっている。

 ありえぬことであった。

 石を投げれば芝居見巧者みごうしゃにあたるラウドほどではないにしろ、看板女優の影響力は王都でも健在だ。交友は多岐にわたる。

 十握の人為を見定め、あわよくば籠絡ろうらくを彼女に依頼したのは付き人など直答じきとうが許されるはずもない貴人である。そして、諜報活動は今回が初ではない。これまでの実績を踏まえると役者を心内で詐欺師と蔑むのは勝手だが──王都の芸術の最上位は志をあらわす詩でフィクションの芝居を嘘つきと蔑むきらいが上流階級の一部にある──あだやおろそかにしていい相手ではない。ジェシカの進言いかんで出処進退が大きく左右されるというのに、豪然とジェシカを見下すその真意は、一体? (頻繁に演じられる王家にとって好ましい人物を美辞麗句で飾りたてる英雄譚に観客が辟易しているというのもラウドと競べて王都で芝居がふるわない理由のひとつにあるが、これは元いた世界のどさ回りのストリッパー一座が前座とゴルゴダの丘ではりつけに遭った優男を讃えるのと同じ──官憲のお目こぼしを狙ってのことであってやめるわけにはいかなかった)。

「嘘からでたまこと」

 付き人の笑みが深くなる。

「裏方に徹してトラブルを演出していたところ、どうせ狙われているならどさくさに紛れて殺ってくれないかと接触がありましてね。それも、複数から。いやはや、芸術活動などと気どった連中のなんと心根の醜いことよ──おっと、わたしに富をもたらしてくれるかたがたを悪くいっては罰があたりますか」

「わたしを死なせたらあなたは処罰が待ってるわ」

 それはどうでしょう、と付き人は首を傾げる。

「わたしの仕事はありていにいうとムード作りです。あなたの警護はラウド一の色男の仕事です。わたしが準備で不在の時に、不運にもなに者かに襲われて命を落としたところでそれはわたしの預かりしらぬところです」

 ま、叱責くらいは喰らうかもしれませんが、わたしが手にする果実に較べれば甘受できるペナルティーです、と付き人はつけくわえる。

 叱責は、無論、出世に影響するだろうが、どのみち牛歩の歩みで立身出世など望むべくもない小物である。あがりどめがボンボンのスタートラインとくれば金に転ぶはむべなるかな。その金で息子に賭けたほうが、まだ、可能性はある。元いた世界の警察組織──キャリア組とノンキャリア組に似ているが、こちらの下級職は薄給である。俗に親子三人泣き暮らしといわれている。序列の低い者が王都で人なみの幸福を追求すれば副業か賄賂は必須であった。

「せめてもの情けできれいに死なせてあげますよ」

「冗談じゃない。死んで花実が咲くもんですか」

 掴んできた腕を振り払った次の瞬間、ジェシカはよろめいた。

 とっさに腕を前にだして顔を庇ったのは女優の意地か。

 ジェシカは糸の切れた繰り人形のように崩れ落ちた。

 突っ伏しているので確認はできないが、相貌は幽鬼のように白いはず。

 あるいは、憤怒で緋に染まっているか。

 恐怖は心を殺すものとわかっていても抑制は難しいであろう。

 怒りは思考の時間を奪うものとわかっていても罵らずにはいられまい。

 文字通り、股肱の臣である四肢が脳に反旗をひるがえせばそうなる。

「冒険者が香水の類いを避ける理由はご存知ですね?」

 ジェシカの頭上でガラスの小瓶が振られる。

「痺れ薬ですよ。嗅いだ者は身体の自由を奪われて、やがて呼吸困難から死にいたる。──では、葬式会場で再会するとしましょう」

「再会は半年後の二十四日の夜、この橋の上でのほうが情緒がありますね」

 それは囁くような声であった。

 だが、はっきりと聞こえた。

 風の妖精シルフよ、月に続いてあなたも女性であることを優先するのか。

 愕然と付き人は声のしたほうへ振り向く。

 眩さに目を細めたのはさすがに錯覚であろう。

「なぜ、ここに?」

「共通の話題を持った友人の危機ですからね、初回くらいはサービスしますよ」

 場末の淀んだ空気を清澄なそれと一変させたのは十握である。

「くるな。近づいたらこの女を殺す」

「これは異なことを」

 十握が小首を傾げる。

「ことここにいたってはジェシカさんを生かすという選択はあなたにないのでは?」

 突如、巻きあがるほこりに付き人が顔をしかめたのは、薄く紅を塗ったかのような艶やかな唇を歪ませたことに対する風の精霊の抗議か。

「とはいえ、正規の依頼ではないことですし、おとなしく手を引いてどこぞに都落ちするというのでしたら見逃してあげてもいいですよ。汚れ仕事をなりわいとするあなたなら名を変え顔を変えて別人として生きるのはお手のものでしょうし」

 ただし、無柳をかこつ後家に乗っかるのが無理筋だからと背乗りはダメですよ、と十握は注意する。

 キンと空気が凍った。

 純然たる好意からの提案が受け手次第で侮辱になることは、昨今、とりざたされることの多いセクハラが証明している。

「しゃらくせえ」

 付き人の相貌が緋に染まった。

 傷痕だらけの手も。

 革の胸当ても。

 もっとも色が濃いのは大上段に構えた両手剣の刀身だ。

「おや、魔法職のかたでしたか。お願いしますからファイヤーボールなどという気恥ずかしい名称を叫ぶのは遠慮していただきたい」

「安心しろ。詠唱は必須だが、術名を喚く必要はない」

「それを聞いて安心しました」

 振りおろされた剣の合図で放たれた人の頭ほどの火球は十握の胸元に衝突すると全身に広がり、すべてを焼きつくさんと凌辱する。

「魔法が苦手という噂は本当だったようだな」

 哄笑は長くは続かなかった。

 よもや返事があろうとは。

「エイリアさんの炎と較べると一等落ちますね」

 炎は忽然と消失した。

 十握は微笑を湛えている。

 変わらぬ姿がそこにあった。

 黒衣に穴どころか、睫毛一本と焼けてはいなかった。

 唯一の違いは右のひとさし指と中指の間に針が挟まれているということだけだ。先端が赤く熱せられている。元いた世界の鍼灸用の針と同等の長さのそれが自然の理に背いた紅蓮の炎を吸収したのであった。

 十握は手首を返した。

 飛燕の速度で迫る針を剣で防いだ次の瞬間、付き人は塑像と化した。

「──影縫いか」

 針は実物より二割ほどスリムな影のへそのあたりに刺さっている。

 影縫いとは影に針や杭を打ちこむことで体を縛りつける闇魔法である。影と本体は密接な関係にある。影を固定すれば本体も従うというのが剣と魔法のファンタジー世界の理屈だ。理由はさだかでないが、術者は容姿端麗揃いである。

「だが、こんなものはおれにとっては児戯だ」

 やはり、小指の先を一ミリ曲げることすらかなわぬ状況下では魔法の行使にも支障がでるのであろう。

 剣先にあらわれた炎は拳大で風に煽られる蝋燭のそれのように儚げだ。

 炎の赤みが去ると付き人の相貌は幽鬼のように白くなる。

 希望を断たれた者の顔であった。

 もし、体の自由が利いていたら両肩を抱いて戦慄わなないたに違いない。

 あまりの驚愕に声をあげることすらできずにいる。

 光は闇を駆逐する。

 それはこちらでも普遍の真理である。

 だが、影は離別を拒んだ。

 ありえぬ結果に付き人の思考は千路に乱れている。直接的な光魔法には劣るにせよ、炎に照らされて微動だにしないなど──。

「冥土の土産に説明するとこれは串刺くしさしといって影縫いと似て非なるものです。わたしの郷里の神の罪。種火で祓えるやわなものではありません」

 高天原で三貴神のひと柱──海を支配する須佐之男スサノオが高天原で犯した八つの罪のひとつである。串刺は田に杭を打って所有権を主張すること、あるいは他人を立ちいれなくさせる呪術といわれている。

 魔法はイメージが肝要である。

「──すべてを焼きつくせ。いでよ、ファイヤーボール」

 少年漫画の主人公みたいに恥ずかしい文言を臆面もなく叫ぶことは安眠のためにご免こうむるが、慣れ親しんだ神話なら受けいれることができた(罪というのが心に巻けない代わりに腕に包帯をする変わり者好みでややひっかかるが、ま、そこは罰があるわけでなし、胸の内に秘めていればすむということで)。

「やっぱり、刃渡り六センチ以上の刃物は苦手ですね」

 付き人の横を通ると十握は痒くなった眉間を指でおさえる。

 ジェシカの前にたった。

 しばらく観察する。

「この辺ですかね」

 気の抜けた独語の後、明らかに男性のそれでありながら女性よりたおやかな指の隙間から針がこぼれ落ちた。

 小さな痛みを感じた次の刹那、ジェシカは喘鳴した。

 急に呼吸が楽になったのだ。

 肺が張り裂けんばかりに吸いこんだ空気が血液を通して全身に行き渡る。

 各細胞が生の歓喜に打ち震える。それをもたらした美丈夫に感謝する。

 だが、集合体となると話は別だ。ジェシカは唇を尖らせると、

「助けてもらってあれなんだけど、他にいい場所はなかったの?」

 尻の際どいところから生えた銀毛は陽光を浴びて鈍く光っている。

「三秒前でしたら肩甲骨の間でも同様の効果が得られましたが、それだと雷に打たれたような痛みに七転八倒することになります」

 雷に打たれたと脳が錯覚するわけですからリヒテンベルク図形──といってもわかりませんか──要するに大きな痣ができるとおもってください。場所にもよりますが女優業はしばらくから永久にお休みですね、と十握はいう。

 最悪を想像したらしくジェシカの顔から血の気が引く。

「そう、それなら仕方がないか。ありがとう」

「まだ、動かないでください」

 たちあがろうとするジェシカを十握は手で制する。

「あくまで応急処置です。表通りで人力車を呼んできます」

「待って」

「安心してください。彼はなにもできません。置物とでもおもってください」

「ひとつだけ確認させて」

「プライベートなこと以外でしたら、どうぞ」

「爵位や領地といった野心は? その力と容姿があれば栄耀栄華はおもいのまま。なんならわたしが口添えしても──」

 玲瓏たる美貌に侮蔑がありありと浮かんだ。

「狐と狸の化かしあいに興味はありません。わたしの平穏な生活を邪魔だてするようでしたら、そうですね、王をとって民となし、民をとって王としますか」

 ジェシカがポカンと口を開ける。

「──民を王に? それってあなたが放伐ほうばつするってこと?」

 絞りだされた言葉はうわずっていた。

「放っておいてくれさえすればすむ話です」

 前世の記憶に崇徳すとく院はないらしい。

 保元の乱の責で讃岐に流された崇徳院が、自省の念をこめた写本を呪詛がこめられているやもしれないと危惧した朝廷に送り返された時の発言といわれている。

 仮に呪詛を紛れこませてあろうと霊験あらたかな仏教の写本であれば打ち消されてしまうのではないかと考える十握は、元いた世界で煮沸消毒してあればトイレに落としたスプーンを平気で使えると好感度をあげた舌の根の乾かぬうちに、

「でも、雑菌がトイレより多いとおもうとキスは考えてしまうな」

 と台無しにした野暮天である。

 ちなみに本来は王ではなく皇である。

 ハルコン王国にあわせてのことだ。

 ちなみに嘴を突っこんできたのが売僧だった場合は海に流すか地中に埋める。補陀落ふだらく渡海か即身仏。聖者になれるなら本望であろう。

 野暮を承知で補足すると放伐はハッタリである。

 ノルマの薬草採取をサボる口実を探す十握にそんな大それた野心はない。

 降りかかる火の粉を邪険に払うだけだ。

なろうを書いていると、もし、じぶんが転生や転移した結果、例えば辺境の領主のような立場になったらなにをしようと妄想することがあります。

ノクターンやミッドナイトではないのでナニはなしで。

うーん、大それたことをする気にはなれませんね。

内政物を書いている人に綾をつける気は毛頭ないですが社会の急激な変化はそれ自体はどんなにいいことであろうと必ず歪みが生じます。軋轢がおこります。

外部のやっかみを招くことにもなるでしょう。

わたしのなかでは、よい行いであれば王様以下位の高い人たちがもろ手をあげて賛同して──小太りの傲慢な貴族は除く──便宜をはかる光景がどうにも浮かばない。なんか、支配体制に弓引く朝敵にされそう。人類存亡の危機であるなら陣頭指揮をとるべきものを玉座にしがみついて、異世界から召喚した者に丸投げする王さまに物の道理を期待するだけ野暮というものです。

最初の数年は慣習に従って無難にすごしながら誰が有能か無能か、誰が敵か味方か、情報収集に徹して、それから徐々に改善していくしかないでしょう。

民が潤えば領主も潤うといきなり楽市楽座を始めようにも弱小領主では先立つものがない。商人もきてくれないでしょう。

即座にすることは、マラリアがあるかどうかは別として、水捌けをよくして、各家庭に蚊帳を配って衛生環境をよくするくらいですかね。

食文化は鶴のひと声でそうそう変わるものではないでしょうし。

功と罪が世襲する封建社会では不要かもしれませんが、サムの息子法は施行したい。誰とはいいませんが犯罪者の焼け太りは見ていて気分のいいもんじゃないんで。

そんなところですかね。

それでは、また、次回にお会いしましょう。

よろしければブックマークと高評価、感想をお願いします。

スナックサンドを食べながら。

追伸

やっぱり、5ちゃんねるの修羅場系は見るもんじゃない。露骨な矛盾に、拙い文章に、胸くそ悪い展開に、評論家きどりのコメントにイライラしっぱなしです。

特に評論家きどりのコメント。創作と否定するために時間を費やすなんてバカげてるし、それで気分を害した人とレスバになるなんてくだらないにもほどがある。

ま、本編の内容は失念しましたが、オフ会に行ったらキモオタばかりでそいつらとラーメン屋だったかな? 飲食店でいっしょにいるのが恥ずかしかったというたいそう香ばしいコメントに、キモオタの集まりに行ったのならおまえもキモオタやぞ、なんの会かいってみろ? と指摘がはいったのは笑わせてもらいましたが。

暇潰しや気分転換はほのぼのしたとこを覗くのが一番です

仲よきことは美しきかな。

これ、わたしの二番目の座右の銘です。

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