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厚顔無恥

 十握に近しい者なら──たとえばエイリアやソフィーらであればその澄ました相貌のなかにあるわずかばかりの含羞を見いだしたことであろう。

 二時間弱の買い物から解放された十握はラウドでも希少な白馬の馬車に乗りこむと安堵に息を吐いた。

「まさか、依頼してくるとはおもってもみませんでした」

 白馬は女性向けの高級店がたちならぶ通りを闊歩している。

 足音が大きかった。

 ラウドでもめずらしい石畳で舗装された通りは、ご婦人がたのお召し物を土埃で汚してはならぬという配慮だ。

 車内に甘い香りが漂っている。

 移り香である。

 かなり強い匂いである。冒険者は、職業柄、この手の人工的な匂いを敬遠するものだが──こちらに招いた存在が欠点のひとつもあったほうが親しみが湧くと配慮したのか、嗅覚が鈍いので十握は苦にならない。むしろ、元いた世界のデパートの一階を想起して好ましく感じている。

「いったはずよ、わたしは一番が好きなの」

 ジェシカが弄うようにいう。

 翌日、迎えにきたクレアに引っ張られるように十握がギルドに顔をだすとジェシカは三階で待っていた。菓子折り持参である。劇場での傲慢な態度から一転、いくえにも非礼を詫びると、正式にガードを依頼してきた。報酬は破格だ。こうなると断る理由は見あたらない。クレアやギルド長の援護射撃もある。報酬が破格ということは彼らのとりぶんも破格ということを意味する。

「一番を雇ったから、こんな面白いものが見れている」

 プライドなんか安いものよ、とジェシカは窓を見る。

「いい土産話になるわ」

 店員が列をなして頭をさげている。

 太客に店員が外まで見送るのはままあるが、関係ない店の店員までもが追従しているとなればこれがいかに尋常ならざることか。

 そもそも、こちらの世界に会釈の習慣はない。と、なれば、どちらへの敬意かは明白であった。

 十握があえて見ないようにしていた光景である。

 過分な心づかいは面映ゆい。

 大理石の床を傷つけてはならぬと台車を諦め、アルコールとA五ランクの肉で腹を育んだ高層階の住民のもとへ荷物を届けるべく、運送業者がペットボトルの詰まった段ボール箱に苦心しながらエレベーターに乗りこむことがあるとしり、水なんかがぶ飲みしていないで下まで歩いて受けとれば人間ドッグの再検査を免れるのにといぶかしむ十握は、再配達を頼むのが心苦しくて指定時間の最低でも一時間前にはスタンバイする慎重派である。

「なんでそっぽを向いてるの?」

 手を振ってあげたら、とジェシカはいう。

「なにも買わなかった者にその資格はありません」

 めぼしいものは、後日、アーチーの部下が買い求める手はずになっている。女性従業員やカジノの上得意客用の品々に紛れこませる腹だ。いらぬ混乱をさけるためである。十握好みという尺度があるように、十握が手ずから求めた品は──とりわけ、女性向けの商品は話題になる。人々が殺到する。いい金になるとしればむさ苦しい連中までもが目の色を変える。偽造品がでまわる。狂奔ぶりに追い剥ぎがあらわれるやもしれない。用心深くたちまわる必要があった。

「あなたって変わってるわね」

「そうでしょうか」

「矛盾の塊よ。少し前にラウドにきたよそ者なのに誰に訊いてもラウドを代表する人物の筆頭にあなたの名があがるし、きれいな女性を側に置いているのに浮いた話がない。その気になれば即金で一等地の邸宅が買えるのに他人にプライベートを覗かれるのが嫌といまだにパン屋の二階を間借りしている。会ったこともない相手の代理人を名のるのは詐欺に他ならないと売僧に手厳しいわりに、宗教的なイベントは尊重する。芸術関連の催しにすすんで協賛したかとおもいきや、文化人なんてどいつもこいつも半径三キロ以内にいてほしくない性格破綻者だと公言して憚らない。かかわりを拒絶する」

「そして、どこにでもいるが、ここにはいない、と」

「──?」

「つい、浮かんだものでお気になさらず」

 郷里のことわざです、と十握はごまかす。

「用心深いようで変なことを口ばしるのもそうね」

「よく調べてありますね」

「疑り深いのは職業病ね。わたしたちの業界はランタンの灯りに群がる羽虫みたいに、有能なふりのうまい無能が親切ごかしに近づいてくるから」

 役を演じる者が素人に騙されていたら世話ないわ、とジェシカが口の端をゆがめるところから察するに反面教師を多く見てきたのであろう。

 どこの世界にも根拠のない万能感から、余人に替えがたい高尚な芸能活動をしているじぶんは凡夫と違ってなにをしても大目に見てもらえると驕りたかぶった結果、スポットライトから退場する低脳は掃いて捨てるほどいるということだ。

「お眼鏡にかかったようでなによりです」

「ガードの仕事に性格は関係ないから」

「この後はどちらへ? 宿にもどりますか?」

「お祭りを見ようかとおもってて」

「あの、ガードを雇う意味わかってます?」

「そこはラウド一の冒険者の活躍に期待してるわ」

 ジェシカは艶然と微笑んだ。

「安全第一で宿と店の往復だけなら二流で節約してる」

「仕方がないですね」

 十握は肩をすくめる。

「たまにはサンチョ・パンサ役もいいでしょう」

「──それって、どういう意味?」

「ご想像におまかせします」

 そう韜晦とうかいすると、十握は窓を見る。

 運悪く、目があった通行人が足もとがおろそかになってつんのめる。

 いつしか、馬の足音が変わっていた。

 馬車は雑多な街なみを進んでいる。

 風にのって笛の音が聞こえる。

匂い繋がりでおもいだしましたが、例えばエレベーターや電車内で匂いの強い人とでくわしたら、なにもつけていないと体臭が強くて周囲に不愉快を与えるからせめてもの緩和に香水を振り撒いている、とおもうことにしています。

健気な努力とおもえばイライラしませんので。本当に体臭がキツい場合も充分にありえますし。

それでは、また、次回にお会いしましょう。

「忍者に結婚は難しい」を観た余韻のままに「Mr.&Mrs.スミス」を観ながら。

追伸

話題の食用コオロギにちょっと触れますね。時事系Youtuberを見ていたところ、大多数のコメントが拒否感をしめすなか、自称理系の人がこれだから文系は感情で判断する、非論理的だと孤軍奮闘していました。

今時、大豆は植物性タンパク質だから動物とくらべてたりないアミノ酸があるという浅い見識のどこが理系なのかはさておき、まごうことなき文系のわたしからものしりの理系にアドバイスするとしたら歴史に学べといいたいですね。

古くはウシガエルからクロレラにミドリムシと代替食料を主張する人々はいましたが、すべて庶民の忌避感から頓挫しています。

魚と大豆でタンパク質を補給すればいいというのが本邦の古くからの伝統ですからね。

虫は見た目が悪いうえに、食べでがない。

せいぜいが珍味の域どまりです。

大豆は江戸期に豆腐百珍という本が刷られるくらい人気でした。

鯨と鶏を除いてゲテモノ扱いだった肉食(特に牛肉)が明治になって受けいれられたのは肉がうまいと為政者が率先して食べたからです。今のような、政治家が率先して食べるわけでもなく、環境とかいういかがわしい題目(補助金狙い?)で下々に昆虫食を促したところで笛吹けど誰も踊らず、取り扱い企業がイメージをそこねるだけです。食い物の失態は後々まで尾をひきますからリカバリーは大変です。

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