有識者の弁
「解せないね」
ひと通り聞き終えた老婆の感想がそれであった。
すずらん横丁の毒王である。
場所は最奥にある事務所兼住居である。
月齢によるものらしく、アリアと訪れた時より手狭に感じられる。山ほどあったガラクタの類をどうやって撤去したか気になる十握は、まだ、元いた世界の常識が揺曳する新参者である。こちらで精神の安寧を保つ秘訣は考えるな、感じるな、そういうものだと受けいれろである。事実、他の訪問者は棺桶に頼らずに二本の足で帰ることに必死で、毒王の機嫌を損ねることになるかもしれない用件以外の枝葉に気をとられて舐め回すような視線を周囲に向ける愚は避ける。
夕刻である。
早々と灯されたランタンが薄闇を駆逐している。
輝度が高いのは毒王の面目躍如で魔法の援用である。
風もないのに炎はめまぐるしく姿を変えて複雑な形の影を作る。次第に苦しみ悶える人のように見えてくるのは目の錯覚か。
「解せませんか?」
「犯人が街一番の色男だったら腑に落ちるが」
「わたしなら迷惑な相手に、直接、クレームをいいます」
心外とばかりに十握がいうと、
「ものはいいようだね」
毒王が黒液を満たすカップに口をつける。
今回はメイドのジュリエットが脇に控えている。
白磁のような相貌をそのままに。アクアマリンを嵌めこんだような青い瞳には主人と客人が公平に映っていた。
彼女がラウドでもっとも克己心のある女性のひとりといわれる所以である──もっとも、それを知るは陽光に背を向ける日陰者に限られるが。
「倒れるまで殴って起きあがるまで蹴って、仕上げに小指を切り落とす──これがクレームですむのなら、さしずめ、戦争は舞踏会だね」
「たしかに、舞踏蜘蛛に噛まれて狂奔するさまと似てます」
「口の減らない男だね」
さかしらな口を叩くのが他の連中だったら心臓をバジリスクのそれと交換してやれたものを、と毒王が唇を尖らせる。
「試してみますか?」
十握は艶然と微笑む。
「五十年若ければそうしていただろうね」
個人的な好奇心でラウド一の色男兼厄種に挑めるほど毒王の地位は軽くないってことさ。つまらない話だよ、と毒王は肩をすくめる。
「いいかい。憎い相手をより恐怖に陥れるために周囲から──この場合は娘から手をかける、真綿で首を絞める方法は復讐と考えればさもありなんで、わたしも時に採用したりするが──手段が呪いとなるとそれを選んだ者は効率ってもんを洟垂れ小僧に雑ざって学び直す必要があるね」
「それはどういう意味で?」
「吝嗇は平和を好み、欲張りは戦争を望むという。さて、ここで質問だ。ハルコン王国は吝嗇と欲張りのどちらだとおもう?」
「吝嗇ですね」
十握が即答すると、ほう、世事に疎い坊やもラウドで揉まれてそれなりに見る目を養ったようだね、と毒王は感嘆を洩らした。
「正解さ。トラブル解決の手段として戦争は残っちゃいるが高くつく。現実的じゃない。見届け人の王家にたかられて、ギルドに尻の毛まで毟りとられた結果が、濁った豆スープと堅いパンで空腹をなだめるでは河川敷で殴りあって友情を育んだほうがましというものさ」
「それもぞっとしない話です」
気があうね。わたしもママゴトは嫌いさ、と毒王は同意する。
「だから、もうひとつの解決手段──暗殺がある。これは首をすげ替えるだけだから損失は最小限ですむ。庶民からしたら担ぐ御輿が誰になろうとしったこっちゃない。で、その暗殺に役にたちそうな呪いがレアケースなのはなぜだとおもう? 簡単なことさ。使い勝手がとびきり悪いからさ」
「使い勝手がよかったらラウドの副長官は任期まっとうしただけで長寿と称賛されることになるでしょうね」
ラウドの副長官は実入りが多い。中堅貴族の垂涎の的である。任官活動は熾烈を極める。つけ届けで孫子の代まで左団扇とくれば、さながら、元いた世界の長崎奉行と大阪城代をたしたような役職か。ついでにいうと、大貴族は蚊帳の外だ。彼らにラウド一の商都を委ねることは自壊に他ならない。ハルコン王国は山と海に囲まれているため隣国と戦争はまれだ。よって、マキャベリのいう、隣国を支援する国は滅びるの隣国は十全に力を削ぐことができなかった彼らが該当する。
「呪物を相手の飲食物に混ぜる手なら比較的簡単だが、それなら砒素や屍毒やカエルの体液を忍ばせたほうが安くつく」
「たしかに解せませんね」
「将を射んと欲すればまず馬を射よ、は形而下の話さ。人智を超えた力を行使しようとする者の発想じゃないね」
「となると、ルーピーの娘──マリーは別口と?」
「それを探るのはトラブルシューターの役目さ。──ただ、別口の線は紙より薄いだろうね。人を呪わば穴ふたつ。低脳連中は呪われたいわれを聞けば穴ふたつなんて戯れ言をいってるが、呪いはそんな甘っちょろいものじゃない。人智を超える力には大きな代償が伴う。能力があってその覚悟ができる者は稀さ」
毒王は薄く湯気をたてるカップに口をつける。
「相手は悪名高いルーピーだ。疑って疑いすぎることはない。親の因果が子に報う。娘に余計な感情移入はやめておくんだね」
「それ、他のかたにもいわれました」
「横の繋がりのない三人が異口同音にいえばそれは真実さ」
「では、三人目を探すとしましょう」
十握が席をたつ。
「そういえば──夜ふかしの坊やのほうはどうするんだい?」
「おや、そちらはお話した覚えはありませんが」
「風の噂さ」
「風などというあてにならないものと友だちづきあいは考えものです」
「色男すぎて友人と呼べる相手がひとりもいない者にいわれても説得力がないね」
肺腑を抉る言葉の暴力だが、十握は恬然と、
「金が紐帯する大人のつきあいとはおしなべてそういうものでは?」
「額面が大きくなればなるほどそういう傾向にあるのはいなめないね」
こいつは一本とられた、と毒王はいう。
「あえて利用されてみる予定です」
「それは純然な善意かい?」
「神はすべてのものに適正な値をつけるといいます」
「損して得とれ、か。あんたも存外に阿漕だね」
「わたしも生き馬の目を抜くラウドの住民です」
十握は踵を帰した。
「そりゃ、けったいな話ですぜ」
三人目はすぐに見つかった。
「ルーピーのクソ野郎は疑り深い。人がいかようにも卑怯にも残忍にもなれることを身をもってしっている。そんな奴だから、川の砂を浚って金の粒を見つける確率より低いとはいえ、呪いに対して無策とは考えにくい」
それで、娘が呪いにかかったりしますかね、とアーチーは首を傾げる。
カジノのバーカウンターである。
案の定、アーチーは紫色のダブルスーツを着ている。
日付が変わる前──見を終えた客がバカラや手本引きに殺到する時間である。こみいった話にもってこいの時間であった。
「それに殺れるならさっさとトップを殺るに限る。周囲からなどと悠長に構えて幸運の神さんの前髪を掴み損ねたら元も子もない。ルーピーの玉さえとっちまえば組織は瓦解する。あいつの骨をしゃぶって仇を誓う奴なんかいませんよ。そうなりゃ、手下の気にいらない野郎を集合住宅の土台にするのは赤子の手を捻るようなもんです」
ま、恨んでる奴はそれこそ綺羅星のごとくいるでしょうから早い者勝ちになりますが、とアーチーはつけ加える。
「やはり、真綿で首を絞める方法は警戒されるだけですか」
「いざとなりゃ、別人の名義で買ってある王都の隠れ家に単身で逃げて、そこから手下に発破をかけて犯人探しをするくらいしますぜ」
「娘は放置ですか」
「王都に連れていったら医者や魔術師に診せなきゃなりません。気の利いた奴ならその線からヤサを探します」
「なるほど」
十握は得心する。
「クズは他人の痛みに鈍感です。恥しらずだからクズの頂点にたてたんです。顔に泥を塗ってやったところで当の本人は泥パックくらいにしかおもいませんぜ」
「随分と辛辣ですね。個人的な恨みでも?」
世間の声です、とアーチーはいう。
「この場の誰でもいいのでルーピーの為人を訊いてみてください。十人に八人はクソ野郎だと吐き捨てますよ」
「残りのふたりは?」
「クソったれ豚野郎と」
「わたしはふたりに該当するようです」
「気があいますね。これから飲みにいきますか?」
「もう、飲んでるじゃないですか」
「そうでした」
ピシャン、という小気味のいい音は将来にいささか懸念が残るアーチーの額が発したものだ。
「柄にもなく興奮してまして」
「では、世間の声に沿えるように尽力するとしましょう」
「ええ、復讐という名のスープは冷めた頃がうまいといいますし」
朗報を待ってます、とアーチーは舌舐めずりする。
「やはり、私怨があるのでは?」
「これも世間の声です」
遅くなりました。
久しぶりにやったゲームが面白くて創作が疎かに──いやはや、お恥ずかしい。切りがいいところでとおもっているとズルズルと続けてしまいます。
やっぱり、イラストがメインの投稿サイトだと小説は肩身が狭いですね。まったく読まれなくて気落ちします。
今回はなにをお話ししましょうか。
これは偏見かもしれませんが、暑くなって短パンの人をチラホラと見かけるようになりましたが、どの足もルパン三世の敵役かというくらい貧相なふくらはぎが共通しています。恒常的にトレーニングをする人が意識高いとおもわれる残念な現状ですので、圧倒的に貧相な人が多いのは道理ですが、不思議なことにガタイのいい人ほどふくらはぎを隠している。逆に深夜のディスカウントショップで愛を騙る──ナンパをする、身心ともに不健康な手合いは短パン比率が極めて高い。
これってどういうことなのでしょうね。
筋肉がないと体温調整ができなくて暑さに弱い、とか。
博識のかたがいらしたら理由をご教授願いたい。
それでは、また、次回にお会いしましょう。
「金太の大冒険」のアレンジ版を聞きながら。