茶番劇
ソフィーの猫を被った声に剣呑な気配を漂わせる三人組が足をとめたのは、パイターを追って人気のない裏路地にはいった時であった。
三人が一瞬、目あわせすると、
「なにか?」
つっけんどんながらもリーダー格らしい団子鼻の男が応えたのは、大事の前の小事と自制したものと見える。
これが、露出過多の女から放たれた酒焼けの声でならけんもほろろの扱いであったのは想像に難くない。
彼らはソフィーの存在を計りかねていた。
およそ、場末の飲み屋街に似つかわしくない容姿である。
本を捨てて喫茶店を飛びだしてエイリアに群がる羽虫を叩き潰す道を選んだ──女性客との流行りものの雑談より根拠のない自信に満ちたならず者との丁々発止を選んだソフィーにファッションの知識はそこらの鼻たれ小僧と同程度だが、十握を経由してしりあったレベッカとアリアがなにくれと世話を焼くのでおしゃれである。自前の服は恋人役に不向きと今日も今日とてプレゼントされたものに袖を通している。ゆるふわなコーデはアリアの趣味だ。
十握とエイリアの影に隠れがちだが、ソフィーも容色はいい。
黙っていればいいとこのお嬢さんである。
それが、なぜ、このような場末に?
供も連れず。
三人組が不可解におもうのもむべなるかな。
こっそり家を飛びだして夜遊びするにしても、他に適した場所はいくらでもある。身分相応の場を選ぶのが封建社会の原則である。
しかも、他にいくらでも人がいるのに、よりにもよって柄が飛び抜けて悪い連中に、それも人気のない裏路地で声をかけるなど。
ありえない。
三人組の相貌に困惑がありありと浮かぶ。
そもそも、どうやってここまで? ガイドブック片手にうろつく浅葱裏の姿をちらほら見かける、比較的、治安がいい一画とはいえ、か弱い女性に絡む酔っぱらいやスケコマシはわんさといるのだ。そのたおやかな手で彼らの毒牙をはねのけるは至難の業である。これは贅言だが、日付が変わる頃ともなれば人ならぬなにかが腹を満たさんと闊歩することがままある。あくまでこちらの安全であって元いた世界と較べれば昼日向でも物騒なのがラウドである。
不躾な質問をお許しください、とソフィーが前置きする。
「道を教えてほしいのです。……どうやら、迷ってしまったみたいで」
「急いでるんで他をあたってくれ」
「いえ、みなさんが適任とおもいます」
「──?」
ソフィーが艶然と微笑む。
「地獄への道だから」
地声があらわになった次の刹那、リーダー格の団子鼻が崩れ落ちた。
筋肉の鎧を突き破って繊手が肺腑を抉る苦痛に声をあげることすらできずにいる。息をするのがやっとの体たらくである。折れた肋骨が臓器に刺さらなかったのが不幸中の幸いだが、それを神に感謝する気にはなれまい。
ソフィーは地を蹴った。
慌てて剣を抜こうとするが極度の興奮のあまり手が震えてうまくいかない長髪の腹に飛び蹴りが決まった。
長髪は九の字に曲がると二メートル後方の石壁に衝突して晩ごはんの残滓をぶちまける。大ぶりの海老があった。景気づけか、前祝いか。
最後のひとりは勇気があった。
彼は戦うことを選んだ。
閃光が闇を駆逐した。
役目を果たした、原色の布を巻きつけた杖が地を転がる。
禍鳥のような咆哮をあげると突進した。
腰だめにナイフを構えている。
服の左側が不自然に膨らんでいたのはこれを呑んでいたためか。
元いた世界のヤクザがドスを構える仕草と瓜ふたつである。
剣の心得のない者が、見映えなど気にせず、一尺──三十センチほどの得物で相手を仕留めようとすればこれがもっとも理にかなっている。
避けるのが難しい腹部へナイフが迫る──。
満腔の自信が絶望に変わるのは早かった。
切っ先が玉の肌に触れる手前で不可視の壁に阻まれた。
襟首を捕まれた次の瞬間、地面に叩きつけられていた。
下は砂利だからこれは痛い。
先のふたりと違って魔法職ゆえの軽装が仇となった。
咳きこむ最後のひとりの顔が不意に翳った。
サボンが見下ろしている。いや、見下しているが正解か。
「とっさに光で視界を奪ったのは及第点だ。もう少し、まともな生活がしたくなったらうちにこい。度胸のある魔法職は役にたつ」
顎を蹴り飛ばして夢の世界に招待すると、
「物騒な女だぜ」
サボンは唇を尖らせる。
「おれがとめなかったら、皺首掻っ切っててただろう」
「尋問はひとりいれば充分よ」
ソフィーが鼻を鳴らす。
「で、どこでやる? ここでもいいけど」
「露出は趣味じゃねえ。ちょうど近くにうってつけの場所がある」
リーダー格は無理っぽいからこいつにするか、そういうとサボンは長髪に肩を貸しておこすと表通りにもどる。
一見すると大虎を介抱している風に見えなくもないので通行人の反応は薄い。
「こいつ、ろくにサウナ入ってねえな」
鼻が曲がりそうだ、とサボンはこぼす。
「あなたが水をぶっかけてデッキブラシで洗ってあげたら」
「こいつが存外に強情だったらそれもありかもな」
「後、どれくらいかかる?」
「そうさな。このペースなら十分弱ってところか」
「結構、かかるのね」
「退屈なら、おれの歌でも聞くか?」
ソフィーは軽口を無視した。
「──そういえば、金持ち《ルーピー》のほうはどうなったの?」
「そっちは端緒も見つからないそうだ」
「金持ちが扱いにくい十握さんを頼むということはなまなかな案件じゃないとはおもってたけど──とりつく島もなしとは珍しいわね」
「呪いだからな」
「呪いじゃ、仕方ないか」
ため息が重なった。
都市伝説と一笑にふされていたものが実は存在するとしったのである。
さしずめ、元いた世界の者が口裂け女に遭う──いや、それでは生ぬるい。生きてりゃ口が裂けることもあるだろうがラウドの住人の感覚だ──ターボばあちゃんレベルの荒唐無稽が実存するとしり、戸惑いを浮かべるに等しい。
「で、このままだと寝つきが悪くなるから百メートル走を四十二本してストレスを発散するとかいってたな」
「なんか、青春みたい」
「たまには童心にかえるってのはいいことさ」
「でも、なんか百メートルを四十二本なんてチマチマしてない? 五ブロック先まで走ってくるとかのほうがわかりやすくていいのに」
「帰りの人力車代が業腹なんだと」
そこまで長距離だとチップも必要になってくるからな、とサボンがつけ加える。
「そこは大人なんだ」
「旦那いわく、散財系は性分じゃないそうだ」
「──散財系?」
「疑問は当人にぶつけてくれ。そんなことより、ほら、ついたぞ」
サボンが顎で目的地をしめす。
そこは間口の狭い小さな店であった。
看板はロゴマーク? だけとシンプルである。
これでは外観からなんの店か窺いようもない。
「しらなきゃ通りすぎてしまいそうなとこね」
「それが狙いさ」
外階段で二階へ。
場所柄に似合わず物腰の穏やかな店員が一礼する
「清掃代は別途いただきます」
そういうと長髪を一瞥した。
毎日、投稿できるかたはすごいですね。
プロットとかどうしてるのでしょう。こっちは四苦八苦してます。
母数が少ないので誤差みたいなものといわれればそれまでですが、どうやらPVとユニークの比率はかなりいいみたいですね。
みなさんが継続して読んでくださる。ありがたいことです。