ゆっくり散歩
今日も今日とて、ふたりは風変わりな夜の徘徊者の後を尾けている。
「ただの素行調査だからいいが、これがのっぴきならない案件だったらこうなにもないとストレスで胃がやられるところだ」
そういうとサボンは串に刺さった肉に喰らいつく。
力任せに噛みちぎると皮袋にはいった酒でそれを胃の腑に流しこむ。
浮かない顔は満足感が乏しいのであろう。まずいわけではない。屋台で売っている、ごく、標準的なレベルである。欠けた茶碗で安酒をあおりそうな見た目に反してサボンはグルメだ。親父──アーチーに報告とわざわざカジノに顔をだして贅沢な賄いにありついた結果だ。舌が肥えている。
「トラブルがおきてほしいわけ?」
「そうじゃないが、ぬるい報告をして十握の旦那から報酬をいただくのがなんだか心苦しくてな。もう、充分に頂いてますと辞退すると、あって困るものじゃないと正論で押しつけられる」
困ったものだ、と息を吐くサボンに、ソフィーは唖然と、
「あんた──本当に裏社会の人間?」
「疑うのは、まだ、早い」
すれ違った通行人の苦鳴は夜の流謫民の歓喜の声に掻き消された。
ニキビ面の茶髪が押さえる右手から長い毛が生えていた。
サボンが手の甲に串を刺したのである。
串は手のひらを貫通していた。
「運の太い坊やだ。隣のお嬢ちゃんの財布を狙ってたら、肋骨の十本もへし折られた痛みで一睡もできずに留置所で朝を迎えるところだ。クソみたいな生活で浪費しても、まだ、ツキが残ってたと見える」
ニキビ面が三白眼で睨んだのは一瞬のこと。サボンの双眸の奥に宿る峻烈な意志の光りに俯く。おそらく、サボンがいうところの荒んだ生活の証左であろう、年齢の割に後退した額に玉の汗が吹く。与しやすしと狙ったカモが実は厄主であったのだから驚きはひとしおであった。
「ほら、おれの機嫌が変わらねえうちに家に帰りな」
耳元を飛ぶ羽虫を払うように未熟なスリを追いやると、
「どうだ、今のはぽくないか」
サボンは腰に手をあてて得意げだ。
「なんで、わたしが乱暴者扱いなのよ」
ソフィーが眦を吊りあげる。凡夫なら悪疫に罹患したかのように身震いする場面。だが、しかし、羊の皮を被った狼はしたたかだ。
「ほう、平和的に諭して帰すと?」
「そりゃ、ま、不埒な手を握り潰すくらいする、かな」
「充分、物騒だ」
「平和主義じゃないから喧嘩はしたくないの」
「惚れてるからって、そんなとこまで旦那にあわせなくたっていいんだぜ」
サボンが揶揄する。
「──わたしは……別に……」
「隠すこたねえ。月が追いかけてくるってスキップする子どもから病院が社交場の年寄りまでラウドの女はすべからく十握の旦那の虜さ」
「勝手が狂うわね」
ソフィーが深々と息を吐いた次の刹那、相貌が強ばる。
「ねえ、今の──」
「わかってる」
サボンの視界の隅に恰幅のいい三人組がいる。能面のような無表情は意識してのことだ。目は口ほどにものをいう。風変わりな夜の徘徊者──パイターを凝視するそれは炯々と光っていた。
「適当にカモを見繕っているチンピラには見えねえな」
「どうする?」
「乗りかかった船だ。ボッタクリ店は手をさしのべて、襲撃者は傍観じゃ、鼎の軽重を問われちまう。旦那だって依頼人に不幸な結果をしらせる役なんざしたかねえだろうし」
「いきなり、ナイフでひと刺しもなきにしもあらず、か」
「そういうことさ。灰は灰に、塵は塵に──街のゴミはゴミ箱にといきますか」
「あなたこそ十握さんの影響をうけすぎよ」
「そりゃ、上司の上司だからな」
「次はわたしの番ね」
足早に三人組を追うソフィーに、サボンは肩をすくめる。
「離乳食から仕切り直しとは運の悪い坊やたちだ」
ちょっと短いですが、あまり日をあけるのもよろしくないかと。
最近、ツイてないとおもって開運動画を見続けたところ、ますます、ツキに逃げられています。オカルト好きの懐疑派としては効果がないのはいいんですよ。ダメ元で見たわけですから。ただ、不幸は勘弁願いたい。んなもん効くかと冷めた目で見てたわけじゃないんですから。──やっぱり、あれですかね、コメ欄に渦巻く負のオーラに引き寄せられたのでしょうかね。ま、悪い偶然が重なっただけと考えるのが妥当ですからそのうちもどるでしょう。
それでは、また、次回にお会いしましょう。
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