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鍛錬

 足音に十握は目を開けた。

「凄まじい魔力ですね」

 と讃嘆したのは師範代のピラトである。元いた世界の渉外係みたいにやや声音を低くしてゆっくりと話す。武を研鑽する者にしては威圧感がなく、とっつきやすい男であった。

 ここは街の剣道場である。

 名称は第三道場とあっさりしている。

 序列ではなくただの設立順というから、元いた世界の明治期の銀行みたいである。

 十握は劇的な体質改善で動けるようになった。

 十代の頃より、いや、プロのアスリートが児戯におもえるくらい身体能力が向上している。

 それで試したくなったのである。

 おのれを知り敵を知れば百戦危うからずという。

 どこまで動けるのか。運動で筋肉は増えるのか。例えばカミーラから剣技を学んで反復練習をすれば体が自然と反応できるようになるのか。――あたりまえのことも体が体なので確認したい。

 あてがわれた二階の部屋ではスクワットや腕立て伏せやうろ覚えの八卦掌の歩法が関の山である。

 近場で伸び伸びと体を動かせるところをしらないかとカミーラに相談したところ、ここの道場がおすすめときた。月謝が手頃で教えかたも丁寧で、かつ、教師陣の人柄がよくて魔術師を志す者の一番人気の私塾だとか。武を重んじるハルコン王国の伝統で魔術師も上を目指すなら体力が要求される。いかに魔法の才に秀でていようと杖を振り回すのが関の山では心許ない。王立学校も試験で弾かれる。特例はない。大貴族の次男三男を賄賂で捻じこんだことが露見したら――嫡子は不慮の事故を警戒して家庭教師が一般的である――賄賂を受けとった者は追放、その大貴族は減封や官当に処せられる。まず体を鍛えて、しかる後に魔法に進む。前衛職と歩調を揃えることすらできない柔弱者では非常時に役にたたないというもっともな理由である。魔法使いの理想は古典RPGでいうところの侍や君主のようにあれということだ。

 屋内である。

 他の門下生は外で稽古に励んでいる。

 実戦を重視して晴れた日は外で試合をすることになっている。板の間と違って踏み固めてあるとはいえ石くれが顔をだす地面では足の運び、場所とりが勝敗をわけることもある。

 十握が束脩(挨拶料)を持参して入門を告げると、

「――これは、いかん」

 うわずった道場主の鶴のひと声で第三道場始まって以来のパーソナルとなった。

「どこまで進んでますか?」

「これから柔軟をするところです」

「それはちょうどよかった」

 はいってきなさいとピラトが手招きすると華奢な少年があらわれた。

 堅苦しい決まりはないのでラフな私服である。仕立てのいい服であった。

 緊張と昂揚でぎこちない。

 素足なのは土足厳禁だからである。

 開祖が遠い異国の地からきた者でその文化が色濃く残っている――そんな赤面ものの設定は、無論、違う、土のついた靴で踏み荒らされたら掃除が手間だという即物的な理由である。

 ちなみに十握は持参した室内履きである。

「彼の名はルーシェといいます。迷惑でなければご一緒してもよろしいでしょうか」

「ええ、構いませんよ」

 十握は快諾した。

 おおよその見当はつく。学生時代にこの手のタイプをなん人か見てきている。

 粗暴な連中に脅かされているのであろう。

 どんなに指導陣が優れていて人格形成に力をいれていようと、荒事を追求する場である以上、粗野な連中は必ず湧く。不条理な暴力から身を守るために門戸を叩いた者の足を引っ張る。

 同年代の子より劣る体躯、それなりに生活レベルは高い。十握と較べたら格段に劣るがそれでも女性受けするであろう端正な顔立ち――腕力一点勝負の格好の贄である。

 十握はストレッチを始める。

 見よう見まねでピラトとルーシェが従う。

 十握は説明しない。正確を期すと説明できない。元々、なにげなくやってきたことだし、大腿四頭筋や腸腰筋などの専門用語が封じられるとなにをいっていいのかわからないのである。

 幸い、こちらにも芸や技は見て盗むものという風潮が残っているのでまねしてくださいでことたりた。

 意外とルーシュはそつなくこなしている。

 一方、ピラトは苦戦している。体が固いのである。

 どちらもスタートラインはほぼ同じであるから年齢の差であろう。

 こちらの世界の剣の稽古といえば実戦に即した試合が主で後は素振りくらいである。

 柔軟と筋肉トレーニングの概念がない。

 いや、トップクラスの武術家や冒険者は体系づけに至らずとも経験則で重要性を理解しているのかもしれない。が、元いた世界とは異なり、有益な情報がなかなか風化しづらいこちらでは秘中の秘にしたほうが得策というものだ。公開したところで一過性の小銭にしかならない。

 動的ストレッチなのでひとつひとつは十秒ほどで終わる。

 五分ほどかけて特に股関節と肩甲骨をほぐすと次に移る。

 十握は思案する。

 せっかくルーシュというお客さんがいるのに重めの木刀で素振りは味気ない。

 十握は虚栄心と無縁の人物だが、おもてなしの心はあった。

 高強度インターバルトレーニングに決めた。

 二十秒全力で動いて十秒休むを八回繰り返すタバタ式にする。

 十握は学校を卒業以降スポーツと無縁の日々を送っていたが趣味のアクションやクライム映画でゲットーワークアウトの知識は無駄に詳しかった。

 種目はジャンピングジャック、ランジジャンプ、バーピー、マウンテンクライマー、腿あげ、イン・アンド・アウト、バーピーハイジャンプ、マウンテンクライマーと難易度は高めである。

 元いた世界の肉体であればバーピーあたりで顔色が土気色になる。

 案の定、ルーシェは腿あげで脱落して息も絶え絶えの状態である。

「これは全身にきますね」

 師範代の面目躍如で八セットこなしたピラトが呼吸を整えながら感想をいう。

「ええ、手軽で場所もとらずにそれでいて負荷は強い。体を鍛えたい男性はいうにおよばず、負荷を落とせばダイエット目的の女性にも適したトレーニングです」

 余計な詮索を防ぐ秘訣はじぶんから情報を開示して質問させないことだとスパイ小説から得た知識に倣って、旅の途中で怪我をしてリハビリがてらにいろいろと試して習得したとピラトには伝えてある。

 それでピラトは納得したはずである。

 詮索好きの慮外者がどうなったかをしれば金にもならない好奇心は押し殺す。

「ダイエットですか」

 それはいいとピラトは目を輝かせる。

「ライバルが少ないからいい集客になる。大金持ちの有閑マダムとそのご息女、娘をいいところに嫁がせて人脈を作りたい中堅どころの商人が相手なら月謝が滞る心配は少ない」

 そうだとピラトは手を叩いた。

「十握さんが講師になって指導するというのは? 謝礼は弾みます」

 役者や男娼にいれあげるよりはるかに健全で安上がりですからね、お偉がたのご機嫌を損ねることもないとピラトはつけ加える。

 剣術の道場など錢勘定の苦手なむさ苦しい男ばかりでパトロンでもあらわれない限り経営は厳しいというのが相場であるが、なかなかどうして商魂たくましい。

 なるほど、カミーラが推薦するわけだ。

タバタ式の消費カロリーそのものは少ないですが、時間がないをいいわけにせず、短い時間でも運動を日課にすることでダイエットに繋がります。

夕食前がおすすめです。しんどくて食欲が落ちます。


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