表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

127/158

半魚人も電気鰻の夢を見るのか?

 十握の不在にラウドは上を下への大騒ぎ──とはならなかった。

 変わらぬ日常がそこにあった。

 人々はわけあって雲隠れしているのだろうと判断した。

 アーチーでさえトラブルシューターの依頼で潜伏しているのだろうと考え、ひとこといってくれたらよかったのに、と愚痴をこぼしている。

 十握担当のクレアは、これが、もし、外出であれば泊まりが必須の依頼を押しつけるいい契機になるかもしれない、ととらぬ狸の皮算用にない胸を踊らす。

 不在の皺寄せにポウルは悲鳴をあげ、エイリアとシャロンは黙して語らず。

 まだ、いなくなって三日ではこんなものである。

 造形の女神が全精力を傾注したのが十握である。

 ああ、その月すら贔屓する美丈夫が醜怪な魚もどきに後れをとるなど。誰しも、島流しに遭っているなど想像できるはずがなかった。


 果報は寝て待てとはよくいったものだ。

 ハイドラは禁足地にいる。

 医者──メスメルのいいつけである。念のためと三日に一度は海水浴をするようにいわれている。ラウドは海に面した貿易港であるが、ハイドラが泳ぐとなると選択肢は絞られる。血が金と同等の価値を持つ人魚が変身を解いてくつろぐとなると、人がまずこない禁足地が筆頭候補であった。

 今回はホセの手下もわらわらといる。

 その連中はカミーラの刀(剣)の錆となっている。

 いかに場数を踏もうが、しょせんはチンピラ。棒切れ遊びの延長では真摯に剣術を学んだ高位の冒険者にかなうはずもなく、胸や背に緋線を生やした者が頭から地にダイブする。足下が砂浜で首への衝撃が軽度であるのが不幸中の幸いであるが、それに感謝する気にはなれまい。かろうじて動く唇が怨嗟を紡いでいる。

 風が鉄の臭いを運んでいる。

 砂に飲まれた指は一ダースではきかない。贅言だが、これは十握に感化されたのではなく、偶然の一致である。手っとりばやく相手を無力化するに指──特に小指を切り落とすのが効果的である。

 得意の数を頼みの包囲網はカミーラからしたら目の荒いザルも同然であった。

 海辺から肉の断つ音がする。

 海のものはソフィーが相手している。

 ふたりは案内兼用心棒役である。

 どちらも凄槍のひと言につきるが、軍配はソフィーにあがる。

 炯々と光る瞳は楕円を描いている。

 神の恩寵が発現した彼女は触れるものをみな傷つけている。

 ああ、たおやかな手のどこにそのような力が秘められているというのか。小難しい技など不要といわんばかりに、背鰭を引きちぎり、腕を握り潰し、足を引っこ抜き、おそらく怯えの色が濃いであろう丸い目を抉る。

 相手が醜怪な半魚人だけに容赦がなかった。

 八面六臂の活躍である。

 だが、赤毛に縁どられた可憐な相貌は煩悶が貼りついていた。

 脳裏に子どもの声がこだまする。

 大人の声がこだまする。

 友人、家族の声がこだまする。

 叩きのめしてきた連中の声がこだまする。

 死者の声がこだまする。

「死ね」

「死んじゃえ」

「死んでよ」

「てめえも年貢の納め時さ」

「おれといっしょにあっちでミルクセーキで乾杯しようぜ」

諸人もろびとこぞりてファッキン主はきませり、さ」

 一様に暗い言葉を叩きつけている。

「十握さんの声があったら危なかったわね」

 ソフィーは息を吐いた。

 半魚人の王の仕業であった。

 テレパシーができるということは脳に干渉できるということである。幻聴を聞かせて戦意を削いでいるのである。ソフィーだから鼻を鳴らすていどですんでいるがメンタルの弱い者なら──たとえば十握あたりなら、受肉した体のリードがなかったらパニックをおこしてうずくまっていたかもしれない。

「姑息なことしてないできなさいよ」

 負の合唱が消失した。

 杖が掲げられると、指向性の離岸流がソフィーをとらえた。

 砂浜にできた轍は一メートルほどでとまった。

 ソフィーは腕のひと振りで執拗に絡む海水を払いのけた。

 単純な力較べなら十握に勝る。

 だが、最後のひと絞りであった。

 前髪が貼りついた相貌は生気を失っている。

 肩で息をしている。喘鳴している。

 神の愛は重い。限界が近かった。

 ソフィーが片膝をついた次の瞬間──。

 世界が不意に翳った。

 それは一瞬のことであった。

 そして、光は男を伴ってあらわれた。

 その男は美しかった。

 いや、美しすぎた。

 居あわせた者たちが足をとめて蕩然と仰ぎ見る。

 半魚人たちも塑像と化している。

 造形の女神と美の女神の合作の前に種族の差など些末なことであった。

 光の加減で背中から羽根が生えているように見える。

 三対──熾天使セラフとは気前のいいことで。

 天使の九階層の最上位が熾天使である。

 ジョン・ミルトンの「失楽園」だと四大天使(ミカエル、ウリエル、ラファエル、ガブリエル)と肩をならべたことになる(偽ディオニシウス・アレオパギタは下位ランクの大天使にしている)。これは贅言だが、もっとも知名度が高いであろうエンジェルは最下位の天使である。

 ああ、太陽よ、克己心がいくらか優れていたというだけで、あなたも風や月と同じく美しいものには目がなかったというのか。

 重力を忘れたかのように十握は軽やかに着地した。

「お待たせしました」

 パン屋にいる時と変わらぬ穏やかな声であった。

「古代の決め事で低空飛行しかできないというので遅くなってしまいました」

 上昇気流が使えないのは残念ですね、と十握はひとりごちる。

「ねえ、今のは?」

 ソフィーがおずおずと訊く。

「龍ですよ」

「──龍って、あの、空を飛ぶ……」

「日頃の行いは大事です」

「──?」

「亀丸の面倒をみていることをいたくお気にめしたようで。つつがなくいけば甲虫の長である神亀になる可能性があると。陰陽のバランスがとれると喜んでいまして──それで、ヒッチハイクに応じてくださった次第です」

 十握はハイドラの前にたった。

「そろそろ、フィナーレといきましょう」

 十握は手首を返した。

 双丘の谷間から生える針を起点に白地の服に緋の染みが広がった。

「てめえ、なにしやがった」

 喚いたのはホセである。

 悪疫に罹患したかのように震えている。

 夢が破れた瞬間であった。

 人魚の血は断じて緋色などではない。

 と、なると、眼前で流れる液体は一体?

「針には龍からいただいた霊薬が塗ってあります。魔女より高位の存在ですから声を失うという副作用はありません」

 ここで一拍置くと、

「ハイドラさんは人間となりました。人間ヒューマンマンのどちらになるかは今後に期待するとして──争いの元がなくなったことですし海のものは海へとお帰りいただくのが懸命だとおもいますよ」

 引きずるような足音が重なった。

 半魚人たちが海にもどる。

「さて、あなたがたの処遇はどうしましょうか」

 弄うように十握はホセを見る。

「待ってくれ」

「弁明は手短にどうぞ」

「前にもいったがこれはグレーゾーンだ。つまり、おれたちみたいな者にはまっとうなシノギだ。あんたが飼ってるアーチーがカジノで金持ち連中から荒稼ぎするのと同じさ。それに、おれたちの稼業でバッティングは珍しくもねえ。昨日の敵が明日の友であり、今日の友が明日の敵になる。いちいち、気にしてたら胃に穴が開いちまう。後で金を届けさせる。山吹色の光を眺めてたら晴れやかな気になって浮き世のいさかいなどどうでもよくなるさ」

「一理ありますね」

「だろ」

 前のめりになるホセに、十握は憐憫の目を向ける。

「アーチーさんと行動を共にしている時ならそれもいいでしょう。ですが、残念なことにここにいるわたしはトラブルシューターとして臨んでいます」

「そんなもん、てめえの胸先三寸じゃねえか」

「解散と指で手を打ってさしあげますよ」

「ふざけるな」

 ホセは背を向けた。

 脱兎のごとく逃げだした。

 飲める提案ではなかった。

 十握に弓引いた結果の解散となればラウドを石持て追われることになる。裏稼業の者の引退は所属していた組織、ないし、目をかけた後輩に大きく左右される。兄弟分のつきあいをしていた連中は十握との関係を優先してダンマリを決めこむだろう。組織は解散、かばいだてする者は皆無とくれば格好のカモである。そうなれば、誘蛾灯に群がる羽虫のように悪党の上前をはねんとする者があらわれる。意趣返しを企む者があらわれる。息をつく暇もない。

 同じ破滅なら足掻いたほうがマシというものだ。

 有り金全部を叩いて兵隊を集める。暗殺者を雇う。街の有力者に働きかける。勝算は金箔より薄いが、勝てば、一躍、裏社会の大たて者になれる。

 足の裏に小さな痛みを感じた次の瞬間、四肢が鉛と化した。

 ホセは身動きとれずにいる。

 眉ひとつ動かすことができない。

 奇しくも、三日前に十握が人為的(魚為的?)にうみだされた離岸流に放った針を踏んだのであった。

「では、お開きということで」

 追いたてられたホセの部下たちがほうほうの態で退散する。

 十人にひとりがもうしわけなさそうな顔をして通りすぎる。

 大多数は無表情であった。

 暮色ぼしょくが迫っている。


 帰りの道すがら。

「あの、わたし、人間になったのですか?」 

 ハイドラが困惑ぎみに訊く。

「まったく、実感がないのですが」

「種の壁をこえるのはそうなまなかなことではありませんよ」

「と、いいますと?」

「ハリー・フーディーニのまねごとです」

 十握は照れ笑いを浮かべる。

「赤い血は血糊です」

「──手品ってこと?」

 横からソフィーが口をだす。

「一度、試してみたかったのと、大金が動きますからね。このくらいのことをしてみせないと諦めの悪い者がでてくるとおもいまして」

「具体的にどうやったの?」

「秘密です。謎は謎のままにしたほうが楽しめます」

「そういうものかしら」

「そういうものです。両親のなれそめがナンパだとしったらどうおもいます?」

 ソフィーは肩をすくめた。

「あの」

「どうかしましたか? カミーラさん」

「冒険者としては龍を手なづけた方法が気になります」

「そちらも秘密です」

 元いた世界の大名が功のあった者に身内に準ずる証と家紋つきの羽織を下賜するように、セシルから頂戴したスカーフが龍の態度を軟化させたなどとしられたら彼女が異形のものと露見してしまうので秘匿にするよりなかった。

平和主義者じゃないので基本的に喧嘩はしないのですが暇潰しに見ていたまとめサイトのコメントで、つい、やってしまいました。

とある有名人についてです。

評価が低いのを熱心なファンは我慢ならなかったのでしょう。

「でも、おまえらの年収○○さんの月収以下じゃん」

これはいけません。絵に描いたようなカモに嬉しくなって徹底的にからかうことにしました。

「そういう君は○○さんのなんなの?」

「赤スパ連投する太い客なの? 違うよね」

「ただの一登録者でしょう。○十万の一の誤差同然の存在がなんで○○さんの名を騙ってマウントとってるの?」

「噛みついてこいと○○さんの指示があった。ないよね。だったら余計な波風たてないようにハウスしてるのが忠犬ってもんじゃないの?」

「マウントとりたかったら少なくともじぶんにあるもので勝負しなさい」

以上のようなことを、もっと、露骨に煽ったわけです。

効果覿面で最後のほうなんか支離滅裂な文章──要するに自分勝手な仮説に基づいて罵倒するという愉快な姿をさらしてくれました。

これに懲りてマウントなんて無意味なことはやめるようになったらいいのですが──うーん、評価の低い○○さんの熱烈なファンですからどうでしょう。

それでは、また、次回にお会いしましょう。

よろしければブックマークと高評価、感想とレビューをお願いします。と、いうか、このところ反応がなくて寂しいんですよ。

妖怪シェアハウスを観ながら。

追伸

深層組をモチーフに書いてみたい気もするのですが、二次創作っていろいろと面倒くさいんだよなと躊躇するじぶんがいます。

それと、十握の登場シーンですが、スローモーションなのは最初だけで勢いよく着地──三点で着地もありかなとおもっています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ