陸海合同作戦
まるで別れを惜しむかのように絡みつく風は生暖かかった。
初めて見る凄絶な美に舞いあがっているのかもしれない。
波は沈黙を選んだ。
清澄な声を妨げてはならないとおもったか。
もし、歯があったら触れることの叶わぬ口惜しさから食いしばって欠いたことであろう。
そして、太陽は月の露骨な身びいきを反面教師として中立を装っている。
手紙が指定した場所は禁足地であった。
未確認漂着物が波打ち際に押し寄せ、シェールが半魚人相手に健闘するも同族の裏切りで地にまみれた海岸である。
ならば、呼びだした者は明白である。
「まさか、ひとりでくるとはな」
あきれるホセに、十握は心外だといわんばかりに、
「ひとりでこいと書いたのはそちらでは?」
「あんなのはただの定型さ」
「それにしても──ソフィーさんを誘拐とは大きくでましたね」
「好奇心旺盛のあんたならネタが大きいほうが食いつくとおもってな」
ホセは得意気に鼻をこする。
道に迷ったお年寄りの案内に時間をとられてソフィーが第三道場に大幅に遅れてあらわれたのはホセの差し金であった。
一応、リアリティーの追求である。
もっとも、眼前にソフィーがいたところで変わり者の十握のこと。こんな露骨な罠を張る相手の顔が見たいとあえて火中の栗を拾うだろうが。
「用件はわたしが保護してる人魚のことですね」
「どうしてそうおもう?」
「ヒントが露骨です」
十握は波打ちぎわの半魚人を一瞥する。
「王冠に杖。陸海問わず虚栄心の塊は下品で見ていられない」
「そういうなや。浅葱裏が気負ってラウドを訪れるのとはわけが違う。見てくれだけだと区別がつかねえっていったから着飾ってるのさ。健気な話だとおもわないか?」
「別に」
「お高くとまった女みてえなことぬかしやがる」
ホセは唇を尖らせる。
「話をすすめても?」
「ちょっと待ってくれ」
そりゃ、たいしたもんだ、とホセは賛嘆を洩らした。
「後は若いふたりにといきたかったが、蔵した魔力が邪魔でテレパシーが届かねえっていうじゃねえか。そういうことでおれが続けても?」
「どうぞ」
「簡単な話さ。あんたらがハイドラと名づけた人魚を引き渡してもらいたい。もちろん、相応の謝礼は払う」
「人身売買を見すごせと?」
「大げさに考えるこたねえって」
ホセは人好きのする笑みを浮かべる。
「人魚は人じゃない。法律上は犬や馬の同類だ。経済動物ってやつさ。おれたちはまっとうな……は違うか、手が後ろにまわることのない商売をしてる」
「問題はないと?」
「しばらくいっしょにすごしたせいでいくらか良心の呵責に苛まれるかもしれねえが、あんたも生き馬の目を抜くラウドの住人だ。おれからせしめた金を枕元に置いて山吹色の輝きに目を細めてりゃ、すぐ、眠れるようになるさ」
「悪くない話ですね」
白皙の美貌に薄い笑みが広がった。
「おれは金になり、あちらの海の連中は陸でしか手にはいらない嗜好品をとり引きできて、あんたも反り腰になるくらい財布が重くなる」
最大多数の最大幸福というやつさ、ここは素直にビジネスライクといこうじゃないか、とホセは嘯く。
「ですが、窮鳥懐にはいらずば猟師も殺さずともいいます」
「金は百薬の長だぜ」
「目先の金に転んで起きあがれなくなった人を山ほど見てきました」
元いた世界で、毎週のように動画配信者が迷惑行為で糾弾されるのを見ると──愚にもつかない健康食品のステルスマーケティングや、売り抜けるために仮想通貨の提灯買いを勧める詐欺的行為も含む──悪名は無名に勝るにしても限度があるだろと首を傾げていた十握は、コメントを書きこむ際でも変な輩に揚げ足とられたら気分が悪いからと推敲を重ねる慎重派である。
「やっぱり、交渉決裂か」
ホセは肩をすくめる。
「後は拳で語るとしましょう」
「おれは戦わないよ」
「──?」
「あんたの相手はあちらの王さまがする」
キンと空気が凍った。
「若いのにいい雰囲気つくってくれる。小便を洩らしそうだ」
骨張った手がなめし皮のような頬を撫でる。
「先ほどの発言は、わたしがあちらの半魚人に負けるのでじぶんの出番はないという意味ですか?」
「どうかな。拳で語ってみりゃすぐにわかることさ」
「たしかに」
十握は半魚人を見る。
「どうぞ。人から霊的に退化して光の届かぬ海の底に追われた下等生物におさおさ引けはとりません」
これは訳せねえな、とホセが風で乱れた髪を掻き毟る。
十メートルと離れてないのにホセだけ風当たりが強かった。
十握の髪は整ったままである。
コートの裾のみがいくらかはためいている。
やはり、美しい者は得だ。
──いわずとも伝わることはある。
丸い目が炯々と光る。
ふたりのやりとりから侮蔑を感じとったようだ。
杖が十握を向いた。
嵌めこまれたルビーが陽光を浴びて妖しく光る。
「なんど見てもこいつは驚かされる」
ああ、まさか、杖の動きに連動して波が天の高みを目指そうとは。
原色の布は巻きつけてないが杖は魔法の触媒であったのか。
蜜蝋で固めた翼が太陽の熱で溶けたイカロスのように限界に達した海水は十握めがけて落下した。
銀線が宙を貫いた。
たおやかな手から放たれた針は海水の奔流と衝突した。
人指し指ていどの長さの針である。
蟷螂の斧もいいところである。が、しかし、四散したのは海水であった。
「惜しかったな」
水は形を持たない。
枝わかれした水流は大きく弧を描くと十握を直撃した。
砂浜に二本の轍ができた。
無数の手で全身を捕まれたようであった。
さしもの十握も抗うことができずにいる。
海に引きずりこまれた。
そこからは早かった。
飛燕の速度で十握が豆粒ほどの大きさになる。
「魔法の離岸流は凄まじいもんがあるな」
緊張から無呼吸状態にあったホセが荒く息をつく。
離岸流とは海岸にうちよせた波が戻ろうとする強い流れのことである。
それを半魚人の王は人工的に作ってみせたのか。
「どこまで流したんだ?」
「サテ、こんとろーるヲスル余力ハナカッタ」
「わからねえってのはちょいと気がかりだが──」
ま、大丈夫だろう、とホセはひとりごちる。
「美にほだされたイルカや亀が協力したところで間にあいはせん」
「次ハナニヲスル?」
「果報は寝て待てさ」
半魚人の頭が下を向く。
今度は怪訝の相らしい。
おこぼれを待っている小鳥にとって今日は受難の日であった。
一昼夜ぶりの地面の感触は心地よかった。
漁村である。
漁師たちが文字通り、水も滴るいい男の十握を遠巻きに囲んでいる。
神さまがお越しになられたと膝をついて祈る者までいる。
小難しい詠唱と共に十字を切る者がいる。
神にとってそれは深夜の暴走行為と等しく迷惑行為でしかないのだが。
数少ない女性たちは曙光に負けず劣らず、頬を緋に染めて塑像と化す。転んで膝を擦りむいた者があらわれる始末だ。かなりの出血だが、それでも彼女は幸せである。大多数の同性は後からしって臍を噛んだのだから。目の保養は一生ものである。それを想起すればつらい体験をやわらげることができる。現に今も痛みは苦にならない。男にひと目惚れすることがなくなったのがよいことか悪いことかは判断がつきかねるが──。事実、見る者と見ざる者の格差は大きかった。健康寿命に差がついただけにとどまらず、子どもや孫の成長にも影響した。
刺激の乏しい寒村に降って湧いた傾城の美丈夫に人々は静かに混乱をきたしている。漁にでる時間だが、そのことを失念していた。
「あの、ひとつよろしいでしょうか?」
おお、と人々の間にどよめきが走った。
予想をはるかに上回る清澄な声に感動したのである。
「な、なんだべさ」
赤銅色に日焼けした無精髭がどもりながらいう。
「ラウドはどちらにありますか?」
「ラ、ラウドってあの商都のことか?」
「ええ、そのラウドです。すぐにもどらないといけない用事がありまして」
「あっちだ」
無精髭は西の山を指さした。
「だが、すぐにもどるったって馬を乗り継いでも一ヶ月はかかる」
「それは困りましたね」
十握は腕を組んだ。
春風駘蕩といった趣で悲壮感は感じられなかったが心内では動揺していた。
今さらなにをいうかという話ですが、わたしは「○○すぎる」という言葉が苦手です。
「嬉しすぎる」
「楽しすぎる」
「悲しすぎる」
これを使う人の話や文章を読むとそれは大袈裟だろということがほとんどです。
YouTubeの閲覧注意や重大な報告と同じですね。
で、たまには「○○すぎる」が適切なケースがあってもいいんじゃないかとおもってタイトルに用いたわけです。
これに異論のある人はいないでしょう。
なろうで、一番、美しい存在は十握であると自負しています。
今、おもったのですが「アクションしすぎる」もあてはまりますね。
アクション(文芸)でちゃんとアクションしてる話を探すほうが大変という本末転倒の状況ですから。あ、こんなこと書いたら怒られますね。でも、ま、他のジャンルとどこが違うのだろうと首を傾げざるをえない状況は事実ですし。
それでは、また、次回にお会いしましょう。
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名城食品の味付けカレースパゲッティを食べながら。
追伸
少々、口が滑りましたね。一日のPVが万超えという究極のマタイ効果を見せつけられて心がささくれていたのかもしれません。他人さまのことをとやかくいうのはよろしくない。
読み手が面白いとおもっていただけたらなんでもいいんですから。