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野戦病院

「特に問題はなさそうですね」

 人魚を診察した医者はいった。

「元々、丈夫な種族です。こまめな水分補給を忘れずにいれば地上の生活は支障ないでしょう」

「それを聞いて安心しました」

 十握は安堵に胸を撫でおろす。

 念のためと診察を受けさせたのである。

 気が張りつめていたのであろう、彼女は夢の世界にいる。ベッドで熟寝を貪っている。壁越しにいびきが聞こえる。これで歌が下手だったら幻滅するところだ。

「これは人魚に限った話ではないですが、脂質と糖分は控えめにお願いします」

「耳が痛いですね」

 元いた世界でも同様の指摘をうけたことのある十握は苦笑する。

「それにしても、人魚についても詳しいとは勉強熱心ですね」

「いろいろありましたので」

 言葉に重みがあった。

 医者──ドクター・メスメルはアーチーの身内である。

 切った張ったの最前線に立ち、負傷した味方の応急処置もしていたという異色の経歴を持つ。もぐりの医者なんかではない(とはいっても、戸籍がいい加減の国に医師免許などあるはずもなく、名のれば誰でも医師になれるのだが)。それどころか出自は立派だ。元は王都の大きな病院に勤務していた。

 こちらも白い巨塔は健在である。いや、封建社会だけあってより強固であった。

 詰め腹を切らされたのである。

 助手にすぎなかったメスメルが手術のミスの全責任をとらされたのである。医者を志す者の多くは、代々、医師の家系である。仲間意識があるし、下手に問い詰めると予想外の大物がしゃしゃりでてくることになりかねない。金とコネのない苦学生あがりのメスメルはスケープゴートに適任であった。

 問題の患者はオンデンの御前に準じる厄種である。

 地元で開業というわけにいかず、さながら凶状持ちのように流れ流れてラウドにたどりついたのであった。

「サルガンソーという場所がどこを指しているのかはわかりかねますが──ええと、彼女は──」

「ハイドラです」

 本名は人間の声帯では表現できないということなので便宜上、十握がそう名づけた。海のものからの連想である。最初に提案したクトゥルーはなんだか畏れ多いという理由で却下された。これは贅言だが、十握はクトゥルフ派である。這い寄る混沌は這いうねる混沌ケイオスである。自説を曲げてクトゥルーにしたのは語尾を伸ばしたほうが女性っぽいかなという判断だ。

「ハイドラさんのヤサが文献通りだとすればかなりの遠距離となります。うっかり流されたという可能性は低いかと」

「犯罪の臭いがしますね」

「人魚の血は金になります。飲めば不老長寿になるといわれています」

「あ、やっぱり」

 眉唾です、とメスメルは吐き捨てるようにいう。

「いくらか長生きするというだけのことで人魚は定命です。それに人より優れた存在を喰ったくらいで長生きできるのならモンスターの肉しかたんぱく源のない寒村は寿命がのびてます。モンスターは基本的に人より頑強です」

「たしかに」

「ですが、迷信は根深い。大枚を払ってでもというマヌケは多い。そんなものにすがるくらいなら野山にわけいって、野草を採ったり、獣の動きをマネしたり、呼吸を整えたりしたほうが、まだ、可能性があるというものですが──アルコールと刺しの多い肉が育んだ腹が邪魔してすぐに息が切れてしまうのでしょう」

「そういう感情を持つのは自由ですが表にだすのは控えてください」

 やや気色ばんでいるのは、元いた世界で健康番組を鵜呑みに愚にもつかない飲料水やサプリメントに手をだした経験を想起したからだ。

「もちろん、大事な客人の機嫌を損ねることはしません」

 お偉いさんの機嫌を損ねて目の回る忙しさの一般病棟に行かされたらかないません。追従六割批判四割の精神でやらせてもらってます、とメスメルは胸を叩く。

 事実、かまびすしい一般病棟と対照的にVIP病棟は数えるほどしか患者はいない。元いた世界でも医療技術が低かった頃は、かかりつけ医を家に呼びつけて診察させるのが金持ちのステータスであった。

「習いごとの先生みたいですが──その調子でお願いします」

 十握は腕を組んだ。

「となると──すずらん横丁に匿うのはよしたほうが無難ですね」

 物騒な薬物毒物を扱う住人である。そのレパートリーのなかに人魚の血液がふくまれたところでなんら違和感はない。

「隔離されているあそこなら無難だとおもったのですが──」

「旦那の場合は隠すより身近に置いたほう安全だとおもいますが」

「味方を近くに置くと敵がもっと近くにくることになる」

「それで、なにか問題でも?」

 十握はしばし黙考すると、

「特にないですね」

「彼女もそのほうが心が休まるでしょう」

 女にとって美しい男はなによりの目の保養です。パン屋に通う妻や娘が元気すぎて手を焼いているとこぼす患者がいるくらいですぜ、というメスメルの戯れ言を無視して十握は話題を変えた。

「なにか、報告はありますか?」

「これといって問題はなにも。強いてあげると薬屋の勧誘が熱心だというくらいですかね。うちと取り引きしたら試供品を、毎月、三パック渡すと妙に得意気にいってきます」

 どういう意図なのやら、とメスメルは首を傾げる。

「おや、ご存じない?」

「実質の値下げくらいとしか」

「賄賂ですよ。試供品の売りあげはポケットマネーにどうぞ、ってことです。山吹色の菓子を渡すわけではないので問題になりにくいスマートな方法です」

 元いた世界でも監視の目がゆるかった頃は横行していた。健康保険料をちょろまかしたのである。医は仁術と優遇されていて収入の四割が経費扱いにも関わらずである。人の欲には際限がない。性善説はクズがつけあがるという見本である。

「雇われ医師には魅力的な提案ですね。無知の知で助かりました」

「博学なようで足元はおろそかですね」

 十握の揶揄にメスメルは肩をすくめる。

「甘い汁を覚える前に追いだされてしまったので……」

「今から挽回してみますか?」

 滅相もない、とメスメルは首を横に振る。

「命あっての物種です」

「ただたるをしるはけだし名言です」

 十握は踵を返した。

メスメルの口調がチグハグなのは医者と渡世人のハーフだからです。

追伸。なぜか、また、YouTubeのおすすめにでてきたヘライザーさんの動画で某Vtuberのトラブルをしりました(猫とゆっくりの雑学となろうのレビューとギャンブルと筋トレくらいしか観ないのに不思議です)。

そりゃもめるわな、というのが正直な感想です。

妙齢の女性なんだから男がいてどこが悪い? という一見するともっともな意見はひいきのひき倒しですね。アイドル売りをしていたから今の人気がある。それなくしてここまで登りつめることができたか? 個性を売りに再生数を伸ばしているかたはちらほら見受けられますが、投げ銭やグッズはまったく追い付いていません。

かくも恋愛商法は儲かるということです。

そして、問題を深刻にしているのが、男の存在が洩れたのが第三者のチンコロでなく当人の自爆ということです。これは斟酌の余地がない。

わかりやすくキャバクラで例えると、

「ホストの彼を一番にするのがわたしの目標なの。で、おじさんから誕生日プレゼントにもらったバッグも売って彼に貢いじゃった」

こんな趣旨のことを面と向かっていわれたら、恋愛感情抜きに話が面白くて通っていた客だって気分を害しますよ。

男がいたことをさっさと謝って、その男と真剣に交際していることを宣言するべきでしょう。太い客が離れてうりあげが落ちますがそれは仕方がない。アイドルという雰囲気ものの宿命です。ま、それは置いといてヘライザーさんの動画はおじさんが喋っているみたいでギャップが面白かったです。うまく考えたものです。それとこの機にいくつか切りぬきを軽く拝見したところでは詩のお姉さんと鷹の人がよかったですね。もっとも、個人的にyouTubeはお金を払うほどではないけどちょっと気になる知識を求める場だとおもっているのでVに貢ぐことはないでしょうが。

それでは、また、次回にお会いしましょう。

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