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常に同じ結果が得られるのなら過程は問わない

 遠くで囀る小鳥の声が明瞭に聞こえる。

 建物の軋み。

 梢を揺らす風の音。

 普段は意識していなかったがここまでかまびすしいものであったとは。

 嗅覚もいくらか鋭敏になっている。

 庭に咲く金木犀らしき花の香りが間近で感じられる。連想で十握はボタンを押すだけで水が流せたトイレを懐かしくおもう。元いた世界の彼の勤める会社のトイレに置かれていた芳香剤は金木犀の香りであった。こちらの世界の金木犀は季節を先どりするお洒落さんのようである。

 十握は瞑目している。

 結跏趺坐をしている。

 呼吸に専念している。息を吸う時はへそ下九センチ――丹田に意識を持っていき、吐く時はそこから全身に広がるイメージ。正中線の点穴と足の裏の土踏まずの湧泉と肩甲骨の間の靈台を務めて意識する。

 正中線のあがり止めは脳の中央――泥丸である。

 慣れてきたら頭頂部――百会にする。

 魔法のトレーニングである。

 独学である。

 最初は正攻法を選んだ。

 お忍びでパンを買いにくる有力者のご婦人に頼んで公共施設とは名ばかりの図書館の入館証を手にいれる。近視のせいか間近で相貌を薄桃色に染める学芸員の監視のもと、魔法に関連する本を読み漁った結果――よくわからなかった。

 高価な上質紙を節約するべく基礎が省かれていたのである。魔法職は花形職業である。血統もなくはないが基本的に個人の資質がものをいうため、比較的身分の縛りがゆるい。才ある平民はその土地の貴族の猶子(相続権のない養子)という形で王都の学校で貴族と肩をならべて学ぶことも可能である。「猿でもわかる魔法の書」や「漫画でわかる魔法の基礎知識」という本など出版されてライバルが増えたらありがたみが減少するという排除の理由もあるだろう。

 せっかくだからと他の本も乱読してきた

 元々、十握は読書家である。

 数学や建築は眠くなるのでパスする。

 歴史は紀伝体であった。

 すべてに目を通していたらきりがないので初代だけ。それでもかなりのボリュームがある。先の国の王が政治を外戚に任せて遊興に耽ったばかりに国が乱れ、忠臣であるハルコンは悩むも夫役ぶやくと増税に苦しむ民草に請われてたちあがったというベタな筋書きである。素人目にもわかる矛盾点は編集者の苦労の賜物であろう。これがただのミスであれば回収されないわけがない。責任者は厳罰に処せられている。不都合な真実を糊塗したために整合性がとれなくなったと考えるのが自然である。あるいはわざと違和感を残して、真実を察してくださいという史官のせめてもの良心か。

 マナーの本は実用的であった。

 詩はレベルが高かった。どうやらこの世界の文学の最高峰はそれのようである。分厚いアンソロジーが所狭しとならんでいる。反面、物語はおざなりであった。王族と忠臣の英雄譚。これでもかと美辞麗句の羅列に抗ヒスタミンが欲しくなる。

 それでやむなく独学である

 大貴族つきの魔女が無理といったことを市井の魔法使いに訊いて解決できるとは考えにくいし、素性がばれるリスクは極力抑えたい。

 魔法関連の書物を渉猟して参考になった数少ないことのひとつが、魔法は強固な意志とイメージ力が重要ということである。

 そこでイメージしやすい方法を探る。

 四大元素である火土風水は極東の島国出身の身にしっくりこないので安倍晴明桔梗紋やドーマンセーマン(セーマンドーマンともいう)でなじみの木火土金水の五行に変更する。十握はオカルト否定派だが人を食ったような話は好物なので、伝奇浪漫や伝奇アクションや超伝奇バイオレンスハードエロス(?)であらかたの知識はある。魔力、魔素は気もしくはプラーナ、念、霊力など。闇と光の属性魔法は陰陽に置き換える。風魔法が枠からはみでてしまったが……それはおいおい考える。

 で、手始めが小周天である。

 今、十握が実践しているのがそれである。玄道(仙道)の修行のひとつである。

 魔力――気を意識して体内を循環させる。

 全身の賦活化。

 気の流れをコントロールする。

 身体強化魔法の訓練である。

 常に発動していても負荷はないに等しいから困らないが、勢いフルスロットルでは使い勝手が悪い。赤面等の感情がぶれた時に、くしゃみをした時に手近の物を壊していたら――ならず者の肩を握り潰すくらいなら笑い話ですむが――頭のおかしい怪力色男という不名誉な通り名を賜りかねない。

 次の段階に大周天がある。

 自然界に存在する気を取りこむ法である。

 他から気を補充するのだから効果は小周天とは桁違いである。これに併用して辟穀、服餌、胎息を修めれば役小角や果心居士と肩をならべる。屍解仙も夢ではない。だが、いかんせん、試した途端に世界がぐにゃりと歪んで十握は壁にもたれかかった。崩れ落ちそうになるのをかろうじて踏みとどまったのは色男の矜持である。忘年会の翌朝に似た不快感。新参者に仙人のまねごとはギムレット同様、早すぎた。

西洋魔術の四大元素ってどうにもしっくりこないのですよね。

ですので陰陽五行思想をとりいれてみました。

ノーフォーク農法や複式簿記ばかりじゃなくて、こういうのを持ちこむのもアリかなと。チャンポンにしておけばそこは違うぞという指摘もごまかせますし(笑)。

それでは次回、またお会いしましょう。


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