襲撃
浅葱裏がラウドを訪れてもっとも驚くことはなにか?
身の丈の三倍は優にこす石の連なりからなる城壁か?
ガラスを贅沢に使用した家々がならぶ姿か?
多種多様な種族の共存か?
貴族をものともしない粋でいなせな住民の気質か?
鄙には稀の器量よしを見かけた時か?
それとも、ラウドの名物の油で揚げたパンか? 値のはる油を惜しみなく使うなど──しかも、大衆向けのパンになど──よそではありえない。
それらは次点である。
今では三代続いてラウドに住んでいるような素振りの住人たちに訊けば遠い目をしてこう応えるであろう。
もっとも感銘をうけたのは夜の眩さであったと。
松明とは較べものにならない輝度の常夜灯が行きかう者の影を作り、高級店のみならず、銅貨十枚もあれば酔える店が遅くまで開いている。
薪の揺らめく明かりが幽玄を演出する野外演劇。
烈日の下では首を傾げるコンテンポラリーダンスも、薄闇のなかではその肉体の躍動が観る者に感動を与える。
屋内にいるのがもったいないとばかりに夜の流謫民が月を背にあてもなく大通りを闊歩する。出会いを求めて噴水広場に集う。
どれも郷里ではなしえぬ光景である。
その煌めく日常が祭りのようであったと。
その不夜城のさいたるもののひとつであるカジノが襲撃をうけたのは夜の帳が下りて手本引きのチップが高額一色になった──客の熱気が最高潮に達した時であった。
厚さ五センチはあるドアが蹴破られた。
額の傷が目だつ大男が店内に転がりこんだ。
すでに意識はなかった。
なにごとかと振り向いた客たちの頭上を茶色の瓶が通過し、それを拳ほどの大きさの火球が追いすがる。
ふたつの邂逅は下手な恋愛ドラマより劇的であった。
轟音が耳朶を打った。
爆風を背に金属片が散開するとありとあらゆるものに穴を穿つ。
大輪の花をあしらったカップがグラスが砕け散り、棚にならんでいた酒瓶が次々と飛散する。
存外に苦鳴が少ないのは、そこは生き馬の目を抜くラウドの住民──それも成功者である、とっさにテーブルや椅子などの物陰に隠れて身を低くして被害を最小限に抑えたのであった。
随伴者の女性を盾にしたろくでなしは裏社会に連なる者であろう。
まさに弾除けである。
襲撃者は黒のスーツとサングラスで統一している。横一直線にならんでいる。クライム映画のレザボア・ドッグスなどしるよしもないからこれは真のオーナーへのあてこすりであろう。贅言だが、レザボア・ドッグスはクエンティン・タランティーノが監督脚本出演の三役をこなした出世作である。オープニング曲のリトルグリーンバッグはその名をしらずとも耳にすればはたと膝を打つはずだ。
「よう、身につけた教養以上の金が重くて反り腰のクソったれども。ひと足早い聖シェーベルのお祝いはお気にめしてくれたかい?」
黒ずくめの小太りが声をはりあげる。
「インコが三羽乗りゃいいとこの粗末なもんでも失っちまったら小便に困ることになる。朝勃ちを拝みたきゃ有り金全部と宝飾品をよこしな」
チップへの交換を免れた貨幣とさぞや関節に負担をかけたに相違ない大振りの石を嵌めこんだ指輪やネックレス、カフスボタン、アンクレットが音をたててテーブルにならんだ。絹を裂くような声と続く頬を張る音は、無理矢理、宝飾品を奪いにかかった同伴者への抗議であろう。
黒ずくめの中央にいる大柄が顔の横で手を振った。
禍鳥のような声をあげると、黒ずくめの男たちは足首まで埋まる緋色の絨毯を駆けた。
遅まきながら、奥のドアからアーチーの配下が殺到した。
裏方だけあってどいつもこいつも凡夫が見たら夢見が悪くなりそうな凶相揃いである。その顔面凶器が憤怒で緋に染まっている。
丸腰のディーラーたちと違ってこちらは得物を持参している。
奪う者とそれを諾とせぬ者の殺しあいが始まった。
前衛芸術家がペンキをぶちまけたみたいに壁が緋に染まる。
知恵はあるが非力な客は身を低くして嵐がすぎさるのを待っている。
大柄の黒ずくめ──マリクトはそれを傍観している。
相貌は落胆の色が濃い。
目的の相手がいなかった。
一流どころの劇団の看板役者を優にしのぐ色男と卵のような体型の若造の奇異な組みあわせとくれば見間違えることも、見逃すこともあり得なかった。
「順当に考えればふたりの運が太かったことになるが……」
マリクトは言葉を濁す。
元いた世界の時限爆弾をしかけた日に限って早々に演説を切りあげたちょび髭の伍長のように、直前になんらかの用で十握とリグルトのひと粒種──ケンはでかけて難を免れた。
そう考えるのが自然である。だが、あえてガセを掴ませたという疑念は残る。
外様ゆえに行動を制約されていようと、カジノの出入り口にそれとなく手下を張らせて訪れたマリクトにターゲットの不在をしらせるくらい、機転の利くビクトルなら手配してもいいはずだ。事実、王都にいた時のビクトルは誰よりも慎重で、綿密な作戦を練ったことからリスクが少なく部下の信望が厚かった。
兄弟と呼びあう仲であろうと、そこは裏社会の住民、つきつめれば狐と狸の化かしあいである。疑うことが習い性となっている。オンデンの御前ほど勘の働かないマリクトはそれで窮地を脱してきた。
「まあ、よい」
マリクトはひとりごちる。
直接、問いただせばすむことである。
いかに弁のたつビクトルとはいえ、マリクトが相手となると勝手が違う。筋金がふにゃふにゃのチンピラなら悪疫に罹患したかのように震える悽愴な気配を前にして軽口で煙に巻くのは至難の業である。少しでも不審な様子を見せたら遠慮はいらない。どうせ、御前に睨まれている相手である。多少、手荒に扱ったところで問題はあるまい。穏便な解決を求めていたらマリクトではなく別の者を派遣する。
「できれば杞憂であってほしいものだ」
沈痛な面持ちだが、声音が弾んでいては台無しである。
すでに拷問の内容は決定している。
五指の爪を一枚ずつ剥がし、四肢の関節を増やし、眼前で妻や愛人や娘を犯してやる。じぶんでは引きだすことができない妻と愛人の、脳裏にいくどとなくおもい浮かべた娘の痴態を目のあたりにすれば重い口も滑らかに動くようになるだろうて。
武人気質で回りくどいことが嫌いなマリクトだが、仕事に主義主張は挟まない、必要に迫られればいくらでも残忍になれるし、楽しむこともできる。
「莫迦が」
剣は残像を貫いた。
棒だちのマリクトを与しやすしと──ちょうどいい首級と狙った坊主頭の鼻が陥没した。
無造作に放った裏拳の一撃であった。
羽根を毟りとられた虫のように悶える坊主頭を睨倪すると、
「興がそがれた」
マリクトは嗟嘆すると踵を返した。
十握は男ですので問題はないとおもいますが、美人ばかり持ち上げるのはよろしくないと目くじらをたてるかたがたにひと言、申し添えておくとしましょう。
美人を持ち上げるのはおかしい、ありのままの美を認めろ。
これって変ですよね。
金が珍重されているのはそのまばゆい輝きに加えて希少性があるからです。
雲母もきれいだからといわれても金と同等の扱いはできません。
美人を優遇するのは世の習いで仕方がないとして、そうではない人をそれをもってあからさまに蔑視するのはやめようという主張なら胸に落ちるのですが──待遇改善は自然の権利ですし──同格はいくらなんでも高望みです。
わたしは映画やゲームの美人を排して微妙な人をすえる流れに違和感をおぼえます。
これがどんなにおかしなことか。スポーツに例えたら顕著です。
特定の人たちだけでずるい、わたしたちにも参加させろとプロを追いだして素人が野球を始めたらそれはただの草野球です。
フィクションの世界くらい目の保養、おおいに結構じゃないですか。
その点、なろうのアニメはそんなことはおかまいなしの女性は美人であたり前、サービスシーンはたっぷりときてます。昔の深夜のお色気番組の代わりになっているから、ストーリーが荒いだの、キャラがウェハースより薄っぺらいだのさんざんないわれようでも──武士の情けで名は伏しますが、なにをもってアニメ化したのか首を傾げざるをえないのはありました──量産され続けている側面もあるのでしょう。
願わくばわたしもその末席に加わりたいものです。
それでは、また、次回にお会いしましょう。
きしめんを食べながら。