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月とクレアとよそ者と

 連休明けの会社員のような重い足どりで十握がギルドに到着すると、

「待ってました」

 窓口のクレアが娼館の客引きのように笑みを浮かべて手招きする。

「今日はパメラさんの付き添いできただけです」

「まあ、そういわずに、わたしと十握さんの仲じゃないですか」

 情れないんだから、とクレアは頬をふくらませる。

「わたしが冒険者であなたは窓口の職員。それだけの関係だとおもいますが?」

 当然の指摘をクレアは無視して、

「これ、どうおもいます?」

 たおやかな手に五十センチほどの棒が握られている。

「――どうもこうも……長い棒としか。槍の柄ですか?」

「切断面を見てください」

 気圧された十握がなにをやってるんだかと心内で自嘲しつつ、しげしげとクレアがしめす先を注視する。顔をあげると、

「滑らかですね。かなりの技量の持ち主かと」

「では、試合をお願いします」

「話が見えませんね」

「細かいことはいいじゃないですか」

 パメラが黒衣の袖を引っ張ると耳打ちする。

「話しあいは難しいとおもいます。あの人、たぶん、ルナシー」

「ヴィジュアル系のバンドは疎くて」

「――?」

 戯れ言です。忘れてください、と含羞がんしゅうに頬を緋に染めてごまかすと、同い年の義理の母親を免れた恩で十握に全幅の信頼を置くパメラは素直に頷く。

「そういえば、今日は満月でしたね」

 十握は深々と息を吐いた。

 満月のクレアは日頃の冷静沈着な性格が一変する。

 こちらの世界では誰しもがルナの満ち欠けの影響を受ける。

 いや、人だけにとどまらない。

 動物も植物もモンスターも、果ては幽霊や自然現象さえも。

 森羅万象といってもさしつかえない。

 なにもかもが活発エキセントリックになる。

 例外は、対極にある太陽くらいか。

 とはいえ、クレアほど変貌する者は少数派である。

 押しの強い性格は十握の苦手とするところである。本来なら、満月の前後三日は避ける。なのに、飛んで火にいる夏の虫と十握が顔をだしたのは失念していたからである。元いた世界の価値観は強固だ。太陽暦(グレゴリオ暦)で育った者に月への関心は薄い。テールランプが低空で緋線を描き、毒々しい看板の彩色が、常夜灯の明かりが、窓から洩れる光が藍色に薄める夜空にたたずむ月ははかなげだ。片想いにこちらの月はさぞ万斛ばんこくの涙を流したことであろう。

「武芸者というのですか、腕試しにあちこち旅するかたがこの切り口の違いの気づける猛者と手合わせしたいといいまして」

「こちらの世界にも新免はいましたか」

 十握は独語する。新免――宮本武蔵のことである。

 吉川英治の『宮本武蔵』の芍薬の使者に、芍薬の花の切り口のその鋭利さから会わずして柳生石船斎の天賦の才を見抜く場面がある。

「で、ギルドが、なぜ、そんなことに首を突っこむのですか?」

「仲介料がはいります」

 なんとも身も蓋もない返答である。

「そういうことでお願いします」

 クレアが手を合わせる。

「わたしはCランクですよ」

 正確を期すとCの下。中堅どころである。

「意図を見抜いた上位のかたには軒なみ断られました」

「カミーラさんは?」

「こんな試しかたをする相手と関わると面倒なことになりそうだ、と」

「懸命な判断です」

 いかにもカミーラらしい。そして、極めて運の太いカミーラが嫌悪感をしめしたとなれば、他の実力者もその判断に追随する。

「それで、頼めるのが十握さんしかいなくて」

「仕方がないですね」

 再度、十握は息を吐いた。

 クレアは貸し借りが通用する相手である。

 貸しを作っておくのも悪くない。

「で、誰を相手にすればいいんです?」

「あちらにいます」

 薄く紅を塗ったような唇が半開きになる。

 見る者を塑像と化す十握が逆に固まるという珍事に、してやったりとクレアはほくそ笑み、パメラはどう対処していいかわからず、ただただ、困惑している。

 その武芸者は遅めの昼食をとっていた。武芸者に資格は不要なので自称してもいいわけだが、口さがない連中なら金返せと喚くところだ。

 福々しい笑みを浮かべてぶ厚いステーキを咀嚼している。

 アルコールで育んだ腹のせいか、財布が重いのか、その両方か、そっくり返っている。

 一般的な冒険者の優に倍近くを必要とした布地は贅沢に色をなん色も使い、一流の職人が仕立てたらしく見事な縫製である。

 これ一着だけで下位の冒険者の年収はくだるまい。

 そして、これがもっとも瞠目すべき点だが、あの泥を飲んでいるのも同然とグルメとは縁遠い冒険者ですら忌避するコーヒーを顔色を変えずに飲んでいるではないか。さしものデリカシーを母親の胎内に置き忘れてきた連中も薄気味悪さから遠巻きに眺めている。

「あれですか」

「ええ、あのかたです。ですから十握さんが適任かと」

 クレアは声をひそめる。

「十握さんと関わりのあるかたということにしておけばトラブルを未然に防ぐことができるかと」

「なるほど」

 羽振りのよい見た目からして自称武芸者は貴族か大商人のボンボンであろう。突ったっていればお付きが服を着せてくれる結構な身分である。まともな神経をしていたら敬して遠ざけるのが無難だが、冒険者のなかにはまともでない者が数多あまたいる。犯罪者と冒険者を天秤にかけた連中である。元いた世界の漫画とゲームが教科書の手合いより性質が悪い。雲の上の存在に難癖がつけられるまたとない好機と突っかかる者があらわれるのは容易に想像がつく。気位が高いだけの貴族など怖るるにたらず、ギルドにとってよいことはハルコン王国にとってよいことだ、剣が人を殺すのではない、人が人を殺すのだ、と望月のようなわが世を謳歌するギルドでも九九が六の段でつかえる連中が莫迦をやれば尻拭いに奔走することになる。誰だって金を生まない仕事は増やしたくない。

「とはいえ、気はすすみませんね」

 十握は平和主義者ではないので喧嘩は苦手だ。

「そうだ、パメラさんがお相手してみるというのは?」

「わ、わたしがですか」

 予想だにしない提案に面食らうパメラに十握は微笑を浮かべる。

「今日のパメラさんなら大丈夫ですよ」

 彼女もまた少数派であった。

そういえば、満月の日は屋外の犯罪が多いとかいう記事をどこかで読んだな、ルナティックとかルナシーといったような……。書いてる途中でおもいだして、せっかくだからと遊ぶことにしました。

いやはや、苦労してます。

脳裏に浮かんだ物騒なシーンを――血湧き肉躍るシーンを――冒頭に持ってきたはいいが、見切り発車でストーリーがまったくさだまらない。

グダグダのストーリーになるか、文章のうまさでそうと気づかれずにまとめるか技量が試されることになりそうです。

また、次回にお会いしましょう。  遊ばせていただいた縁で代表曲を聞きながら。

追伸 気まぐれでyouTubeのなろう系レビューを拝見したところーーいやはや、手厳しい。矛盾点や破綻した箇所を突くわつくわ。わたしが批評される立場だったら不眠便秘ストレスからの暴飲暴食で胃痛は確実です。しかも、web版と書籍化、漫画化してたらそれも合わせて読了した上での意見とくるから、偏見で否定しているのではなく、的確です。反論の端緒も見あたらない。漫画に関してはもう少しお手柔らかでもとおもいますが、ネットカフェで手に取るわたしと自費で読む差がでたのかもしれませんね。漫画は巻数が多いですし(最近は行ってませんが、気がのらなくてカンヅメしていた時に余った時間でよく読んでました)。

手を抜けば叩かれるのは当然のことで、身を引き締めて精進したいとおもいます。


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