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凶刃獣技

 禍鳥のような咆哮がシャロンを襲う。

 銀線が交差した。

 湾曲した刃がジョンの剣を受けとめている。

 カランビットナイフである。インドネシアの武器である。虎の爪に触発された形状といわれている。十握が用意した特注品である。銀が配合してある。モンスター対策である。鍛造時に用いた水は十握が魔法で生んだそれである。イメージは神社のご神水である。

 プレゼントである。銃が人を殺すのではない。人が人を殺すのだ、という気風と親和性が高いこちらでは親しい者にナイフを贈る習慣があった。

 無粋なプレゼントはシャロンの希望である。

 アクセサリーの類いは動きの妨げになりかねないと渋面を作る。

 十握の繊指を彩る神からの贈り物──指輪を奇異な目で見る。

 昨日今日、暗殺稼業から足を洗った者に、普通の女性らしい幸せはギムレットと同様に早すぎた。

 これは贅言だが、面倒くさがりに最上の汎用性のある商品券はこちらにはない。各店が発行する商品券があるだけである。切手と呼ばれている。強いて似た物をあげるなら持参人払いの為替だが、これは菓子の底に忍ばせるものだ。お洒落な喫茶店の切手あたりがこちらの定番であった。

 技量の差は明白であった。

 剣はことごとく空を斬った。

 シャロンはスピードで翻弄する。

 ふたりの距離が近づくたびにジョンの服が破れ、肌に緋色の線がはしる。

 その合間に、繊手が喉や鳩尾、まぶたを触る。

 挑発である。

 その気になれば即座に殺れると揶揄している。嗤っている。

 憤怒で茹で蛸のようになっているジョンを観衆は酷薄な笑みを浮かべて見守っている。荒事が身近にある世界だけあって彼らはシャロンの意図を解し、それを支持している。美しい女性がじぶんより体躯の勝る相手を翻弄する光景は痛快であった。一部の男が鼻息を荒くして彼女の一挙手一投足に熱い視線を送っている。ジョンとじぶんを重ねあわせて性的高揚をしている。

「旦那のいいつけを破ってうっかり尻を触ってたらと考えるとぞっとしますぜ」

 被虐趣味のないサボンは身震いする。

「あんな才色兼備の上玉、どこで見つけたんです?」

「おや、惚れましたか?」

「痴話喧嘩で命は張れませんよ」

 緋線が十本をこすとジョンは膝をついた。

 その低くなった側頭部に中段蹴りが決まった。

 ジョンは敷石をバウンドした。

 受けとめた常夜灯がくの字に曲がった。

「終わった」

 といったのはサボンで、

「まだです」

 とつぶやいたのは十握である。

 よろめきながらジョンはたちあがる。

 石畳の隙間から生える雑草を緋に染めた吐瀉物からかすかに甘い匂いが漂う。

 肺を病んでいるのかもしれない。

 労咳(肺結核)の血は甘い香りがする。動けるところから察するに初期段階であろう。剣と魔法のファンタジーの世界なので不治の病というほどではないが、油断ならない病気である。感染経路は定番の遊女からか。

「こうなりゃ、道連れよ」

 ジョンの手がポケットに潜った。傷だらけの手がとりだしたのは錠剤である。

 毒々しい青色が医療用ではないと声高に主張している。

 一瞬の躊躇の後に五錠あったそれをすべて口に放りこんだ。

 喉が鳴った。

「あいつ、人間やめちまった」

 うめくようにいったのはサボンである。

「麻薬ですか?」

 十握が訊く。

「ええ、おれの予想があってればあれはとびっきりヤバいですぜ。いかれた狂科学者が腕によりをかけてこさえた品です。月齢に影響されます」

 サボンの双眸に雲間から顔をだす月齢十二・七の月が映っている。

「こりゃ、効能と持続時間は桁違いです」

「野球があれば代わりにホームランを打てたのに」

 戯れ言は周囲の騒音にかき消された。

 ミチミチと裂ける音はボロボロになった服の悲鳴だ。

 ジョンの肉が盛りあがる。

 首が太くなった。

 胸が厚くなった。

 腕が、足が太くなる。腿にいたっては一般的な成人男性の胴回りより太かった。

 容貌魁偉の誕生に十握は首を傾げる。

「大きくなったぶんはなにで補っているのでしょうね?」

「空気中や地中の魔力でも吸収してるんじゃないですか」

「なるほど、大周天ですか」

 突然変異は質量保存の法則に、一応、準じているらしい。

 ジョンは天を仰ぐと獅子吼した。

 獣の咆哮そのものであった。

 いあわせた者たちが耳を押さえる。指の隙間から緋液が溢れるでる者がいる。声量もさることながら膨大な魔力による威圧である。

 これは後日にわかったことだが、半径二キロ圏内の三歳未満の子どもがいっせいに泣きだして原因不明の夜泣きに両親は眠れぬ夜をすごした。

「うるさい」

 カランビットナイフがサボンの喉を裂いた。

 白煙があがる。

 これは銀と聖水の働きであろう。

 もはや人にあらず。

 シャロンの柳眉が寄った。

 ああ、よもや、白い物が見えるほどぱっくりと開いた喉が瞬く間に塞ぎ、傷痕すら残らず、なにごともなかったかのように咆哮の続きが行われようとは。

 子どもの頭ほどの拳がくの字に折れ曲がった常夜灯を掴んだ。

 葱を引く抜くかのように易々とそれを引き抜いた膂力に誰しも瞠目する。

「交代です」

「まだ戦える」

 上体を反らして横殴りの常夜灯をかわしながらシャロンは抗議する。

「骨も折れてないのに撤退は変」

「その熱い感情は嫌いじゃないですが」

 十握は肩をすくめる。

「シャロンさんの意志を尊重したい気持ちはありますが、それでも交代です。わたしはあなたが傷つくところを見たくない」

「うん、わかった」

 シャロンは従う。

 相貌がうっすらと上気する姿は珍しかった。

歯医者に行ってました。

どういうわけか麻酔が早めに切れる体質のようで長引くと冷や冷やします。

物語の登場人物のようにはいきませんね。

ふと、異世界の歯の事情が気になりました。

折りを見て書いてみたいとおもいます。

拷問にも使えそうですし。

それでは、次回にお会いしましょう。

お気にめしましたらブックマークと高評価と感想とレビューをお願いします。

甲殻機動隊を観ながら。

追伸

アクションシーンを書くのは楽しい反面、気合いがはいってつかれますね。

風邪で寝込んでます。間が空くことをご了承ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] サボン可哀そう。
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