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病院と縁遠い健康体は共感能力が低い傾向にある気がする

 パメラが香ばしい匂いに目が覚めたのは昼すぎである。

 匂いは部屋の中央にある手あぶり(小型の火鉢)から漂っている。

 ただ暖をとるだけではもったいないと干し芋を焼いている。

 体は正直だ。腹の音が鳴る。

 見覚えのない光景にパメラは、一瞬、ここがどこかわからなくて焦る。

 金持ちご用達エリアのはずれにある住宅である。小さな一軒家だ。パメラはしるよしもないが、サンドラとスケコマシの愛の巣である。ラウドの伝説と異なり、妻妾同居に抵抗のある大多数の者が愛人を住まわせる一画である。まだ契約期間が残っているので使わせてもらうことにした。名義上の借り主は快く承諾した。

 パメラが粗末なベッドに寝ているのは、少しでも回収せんとサンドラの夫が即座に家具調度を売っぱらったからである。

 武骨なベッドに薄っぺらい布団とありあわせだが、それでも村にいた時に較べたら快適であった。

「起きたのね」

 抑揚にとぼしい声であった。

 壁によりかかった女性が発したものだ。

 若い。年の頃は十八前後か。外観からはそう映る。こちらの世界は個体差種族差が激しく年齢が判断しづらいところがある。

 ピンクのナース服ごしでもメリハリがはっきりと見てとれる。

 そちらの気はないパメラでもゾクリとくる色香があった。

「あなたは?」

「シャロン。ボスの命令で見張ってる」

「ボス?」

「十握さん。――体の具合は?」

 パメラは確認するように手足を動かすと、

「大丈夫みたいです」

「だったら、ボスがくるまで待ってて」

 用はすんだとばかりにナース服の女性――シャロンは目を閉じる。


 ボス――十握は管理人と話をしていた。

「十握の旦那が女性を連れてきたと聞いた時は結婚もしてないのにと首を傾げたものですが、そうですか、本当の意味の隠れ家でうちを」

「ご迷惑をおかけします」

「いえいえ、お気になさらずに」

 管理人はくだけた口調だ。

「トラブルは慣れています」

 その言葉に嘘はなかった。

 場所柄、亭主が、妻が怒鳴りこんでくることはざらである。恋は盲目だ。計算高い商人であろうと嫉妬に身を焦がせば冷静さを欠く。なかには物騒な脇侍を連れてくる者もいる。よって、そこらのチンピラよりずっと筋金がしっかりしている。でなければ、事務所に詰めている部下を顎で指図はできまい。どれもひと癖もふた癖もあるふてぶてしい面構えである。

「ここは浅葱裏には敷居の高い場所ですからね。芋臭い連中がおっかなびっくりあらわれたらどやしつけてやりますよ」

 そう豪語すると管理人は真顔になって、

「うちも巡回しますが、念のため、護衛をお願いします」

「なにかあったのですか?」

 殺しですよ、と管理人は慨嘆する。

「それは――物騒ですね」

「まったくです。絞殺です。顔もしたたかに殴られていました。痴話喧嘩はしょっちゅうですが、こんなのは久しぶりです」

 その時の状況を想起したのであろう、管理人は深々と息を吐いた。

「口ぶりからして犯人は見つかってないようですね」

「残念ながら。旦那の手が空いたらお願いしますよ。会えば挨拶するいい子――か、どうかはさておいて、愛嬌のある子でした。その子の無念を晴らしてあげたいし、教養のある人は危うい場所に近よらないという格言に従って旦那や奥さまがたに手控えられたらここらはイカがスルメになるより早く干あがってしまいます。そうなったら惣菜屋をしてる女房に八つ当たりされる」

 大げさに落胆してみせて管理人は同情を誘うが、そうは問屋がおろさない、同情と罪悪感と信頼は悪党の常套手段ということを身をもってしる十握は事務的だ。

「その殺人事件が起きた日時と場所は?」

「ちょうど、旦那の代理である――ええと、サボンさんでしたか――彼がきた日です。はた目には一般人に見えて、それでいて度胸と腕っぷしはそんじょそこらのチンピラなんか目じゃないときた。うちで欲しい人材です。スカウトしても?」

「アーチーさんに話を通してください」

 管理人は肩をすくめる。

「その女性が殺された場所は?」

「隠れ家から目と鼻の先にあります」

「そうですか」

 一応、裏をとったほうがよさそうですね、と十握は舌で転がすようにいう。

「なかを見ても?」

「どうぞ遠慮なく」

 

 ドアが閉まると管理人は手の甲で額の汗を拭う。

「いいんですか?」

 手近にいた部下が声をあげる。

「ラウド一の色男にここらをうろつかれたらトラブルの元ですぜ」

「だろうな」

「――だったら」

「おれは命あっての物種で静観するが、正義感の強いおまえさんが猫の首に鈴をつけるネズミ役をやるっていうのならとめないぜ」

「それは……」

 途端に弱腰の部下を叱責するでもなく管理人は煙草を咥えると火をつける。

「小さい知恵しか持たない者は大きな嵐がきたらあきらめろってことさ」

 達観した管理人をもってしても火先は激しく上下していた。


「狼人族は鼻もすぐれているのですか?」

 もどってくるなり、開口一番で十握は訊く。

「ええ、普通の人よりはかなり敏感だとおもいますが――」

 困惑しつつパメラが応えるとそれは重畳と十握は破顔する。

「それでしたら、お疲れのところもうしわけないのですが、少々、おつきあい願えますか。近場ですから五分とかかりません」

「――わたしにできることでしたら」

「助かります」

 礼をいうと十握はシャロンを見る。

「留守番をお願いします」

 シャロンは小さく頷く。

「それと、しばらくはパメラさんと同居することになるのですからそんなしかめっ面してないで愛想よくお願いします」

「顔の筋肉を動かすと疲れる」

「それもリハビリです」

「仕方がない」

 シャロンはゆっくりと深呼吸する。

「いってらっしゃい、ダーリン」

 気だるげな雰囲気はどこへやら、箸が転がっただけでおかしいと笑うおてんばな女性がそこにいる。

「ダーリンじゃなくてボスでお願いします」

「今のところはね。すぐに振り向かせてみせるんだから」

「からかい上手になれといったわけではないのですが」

 金を生まないいじりはただの嫌がらせに同意見の十握は慨嘆した。

体調が優れなくて遅くなってしまいました。

その間、読み返していました。うまいなと感心したり、手直ししたいが実力不足で案が浮かばずにもどかしいおもいをしたりしました。設定に大きな齟齬がなく安心しました。

サブタイトルには対の句があります。

おためごかしの治療で病院通いを余儀なくされる者は性格が歪む傾向にある気がする。

ほら、病気しらずの体育会系や、軸がぶれた歩きかたをする老人が、

「妊婦は病気じゃない」

と奇しくも同意見はそのためです(と、わたくしめは愚考します)。

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それでは、また、次回にお会いしましょう

トランセンデンスを観ていうほどシリアルエクスペリメントレインとは似てないなとおもいながら

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