保護者(シスコン)
「隠れてないででてきたらどうです」
十握が声をかけた方向――建物の影からふたり組があらわれた。
「慣れないことはするものではないな」
そういったのは金髪碧眼の男である。腰に細剣を下げている。一見すると蒲柳の質だが、よく見れば引き締まっていて敏捷性の高さが窺える。尊大な態度といい、控えめだが仕立てのいい服装といい、やんごとなき人のようである。
半歩後ろにいるのは顔は影になっていて判然としないが、体型からして女性であろう、ローブと派手な色の布切れを巻きつけた木の杖というわかりやすいいでたちである。
「こちらの」
十握は靴先で蛇を小突いた。
「お仲間ですか?」
「かような下賤な者はしらん」
「でしょうね」
上流階級の者が我欲の成就にゴロツキを使役するのは世界を問わずよくあることだが、突き捨ての歩にしてももう少し知恵の回る者を雇うのが相場である。
「で、わたしにどういった用向きで?」
「偶然、通りかかったら喧嘩をしてたので邪魔にならんように隠れて見てたといったら?」
「高貴なかたがかような場所に出向く用事というのは、さて」
十握は口の端に薄い笑みを浮かべる。
「さかしらな口をきく」
ま、いい。それくらいの気概がなくては務まらんと尊大な態度の男はひとりごちる。
「この街の名物パン屋に期待の新人がはいったと聞いてどんな者かこの目でたしかめようと店に行くと出かけているという。それで、夜に出なおしたら途中で裏路地に入っていく貴様を見つけてついていった次第だ」
「そうでしたか」
十握は踵を返す。
「待て」
「用向きは達したはずでは?」
「はは、武具屋のバッカスが変わり者だといっておったがたしかにそのようだ」
「――?」
「エイリアは余の妹だ」
「お兄さんでしたか」
「貴様に兄と呼ばれるおぼえはない」
口角泡を飛ばして尊大な男はいう。
「余はエルルード・フェンリング。フェンリング伯爵家の嫡統である」
「――?」
「――平伏せんのか?」
「貴族のかたと会うのは初めてでして……どう接していいのかわかりません」
「ふむ、共和国の国の出身か?」
「あるのですか」
「違うのか?」
「ええと、ほぼ共和国であってますが、なんといったらいいか――身分制は廃止していますが、象徴としての王は残っていて」
「立憲君主か」
もっとも人命軽視の封建国家に送りこむとはやはり天上におわす神は性根が腐っていると十握は胸の内で毒づいた。そして、小市民らしく、今のは気の迷いです、すいませんとつけ加える。
「平民ばらしかおらぬ国の者に礼儀作法など期待するだけ野暮というもの。話を続けるぞ。察し通りエイリアは腹違いの妹だ。本当なら領内で不自由のない生活をさせるところだが、母上の悋気と他の姉妹たちの手前――エイリアがいてはどうしても劣等感に苛まされることになるからな――ここで暮らすことになった。王家の直轄地なら貴族のドラ息子どもも好き勝手できん。揉めごとをおこせば領民に手をあげたと大義を得た王家が喜々と罰をあたえるからのう。そのようなことで領地替えや普請事業を仰せつかったら廃嫡ではすまされん」
これだと喉を掻き切る仕草をする。
「無論、余も裏からサポートしておる。余が幼少期に患った大病を治した大恩あるエルフの娘ということにして、任命されてここに赴任する者はたいがい顔見知りだから特段の注意を払うように頼んでいる。本当なら余の配下を護衛に派遣したいところだが、いかんせん、むくつけき男ではご婦人がたへのプレッシャーになると首を縦にしてくれん」
「でしょうね」
酒場でもあるまいに筋骨隆々の男が店の奥から睨みをきかせてたら客は確実に減る。
エルルードはよくいえば腹違いの妹を溺愛しているようだ。