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悲しくて

「王城から医者が遣わされることになっている。医者が診断書を作成し終えたら、すぐにファーブライエンを病院へ移送しろ。ライプニヒの家名のためにも、あくまで病気で死んだことにしたい」

「承知しました」

「・・・随分とお優しいのですね」


それまで、黙って後ろで控えていたベルフェルトが、意外だとでも言いたげに呟いた。


「我ながらそう思う。しばらくこの国にいたせいか、お人好しが移ったのかもしれんな」


賢者のその言葉に、ベルフェルトの目が細められる。


「オレとしましては、そうなって下さって何よりだと思っておりますよ。なにせ、ずっと気にかかっておりましたのでね。・・・この家で、ただ一人まともな考えを持っていたであろうリュークのことが」

「ほう」

「まぁ、今でこそシャルムもシュリエラも大分まともになってきましたが、それも最近になってようやくといったところです。あいつの祖父が亡くなって以来、会話が常に微妙にずれ続ける家族しかいなかった訳ですからね。神経だって相当磨り減るでしょう?」

「お前が言うと説得力があるな」

「似た者同士です。気持ちは分かりますとも。それでも、エイモス家はまだマシな方ですがね。オレには愚かなことをしでかすような兄弟はいないし、せいぜいバカ親父に目を光らせていれば何とかなりましたから」


明るく笑うベルフェルトの顔を、ラファイエラスが思案気に眺める。


「・・・で、お前は大丈夫なのか?」

「は?」

「そのバカ親父との決着は」

「・・・!」


答えに詰まり、思わぬ沈黙がその場に落ちた時、エントランスでシェドラーが医者の到着を告げる声が聞こえた。




◇◇◇




「迎えに来たぞ、シュリエラ」


皆の予想通り、ファイは迎えに現れなかった。

兄の呼びかけに、シュリエラが振り向く。


「お兄さま。あの・・・」

「・・・話は帰ってからだ」

「・・・はい」


静かに立ち上がり、兄の下へ向かおうとしたが。


途中で、ぴた、と立ち止まり、ライナスバージに顔を向けた。


「ライナスバージさま、先ほどは慰めていただき、ありがとうございました。騎士服を濡らしてしまって申し訳ありません」

「え? あ、いやいや、大丈夫ですよ。騎士服の一着や二着、何ともありません。オレ、騎士服はたくさん持ってますので」

「まぁ」


ライナスの返答に、くすりと笑う。


「わたくし、今年がデビュタントですの。もし夜会でお会いすることがありましたら、是非わたくしとも踊ってくださいませね」

「は・・・はい」


少し照れているライナスとの会話を終え、次にその場の全員に辞去の挨拶を告げた。


そして、個人的にエレアーナにもう一度、感謝の言葉を。


最後に、リュークザインがブライトン家への感謝を述べ、父ファーブライエンが起こした一連の騒動に関する謝罪は、後に改めて行わせてほしい、と願いでた。


邸へと戻る馬車の中、兄からライプニヒ邸で起きたことの説明を受け、その、あまりにも父らしい行動に呆れを含んだ苦笑が溢れる。


「・・・お父さまは、最後までお父さまのままでしたのね」


毒だと信じていたものを、息子のお茶に入れるなんて。

そして、それを私やシャルムお兄さまにも飲ませるつもりでいたなんて。


そう聞かされても、ああ確かに父ならやりそうだ、としか思えないのが、また残念で仕方ないけれど。


邸に帰っても、もう父はいない。

病院に父の顔を見に行くことも許されていない。


賢者さまは王城に向かわれ、数日のうちに故郷へと出立される。

そして、もうお会いすることもない。


・・・二度と。


何かしら。

何故、こんなことを思っているのかしら。


窓枠に肘をかけ、頬杖を突く兄の顔を、意図せずじっと見つめてしまう。

兄は当然、不思議そうな顔で、どうした、と問いを投げかけた。


「・・・わたくし、ひどい娘ですわ」

「シュリエラ?」

「お父さまが亡くなられたと聞いて、とても悲しく思っています。なのに、賢者さまがいなくなられることの方が、何百倍も悲しいんですもの」


リュークザインは、ドレスを強く握りしめた小さな手に、自分の手を重ねた。


「そうか。だが、言いたいことは分かるぞ、シュリエラ。私も同じ事を思っているからな」

「・・・お兄さまも?」


顔を覗き込んでくる妹に、リュークは苦笑する。


「ああ、そうだ。・・・何故だろうな。父が死んで確かに悲しい。なのに、安堵の方が大きいのだ。そして、その悲しみですら、ラファイエラスさまとお別れする悲しみと比べれば遥かに小さい。・・・あんなにも強く私を守ろうとして下さった方がここを出て行かれる事の方が、私にとっては父の死よりも遥かに悲しいのだよ。・・・どうだ、私は酷い息子だろう?」


普段、何があっても表情に出さない兄が、今にも泣きそうな顔をしていて。


そんな表情を見るのは、妹の私でさえ、生まれて初めてで。


でも、それもようやく父から解放されたからだと思うと、これまで何も考えずに父の言うがままに振る舞っていた自分が、とてつもなく恥ずかしくなった。


あまりの恥ずかしさに耐えきれず俯くと、兄は何を勘違いしたのか、突然、先ほどの別れ際の会話について口にした。


「それはそうと、お前、今度はライナスバージを好きになったのか?」

「は?」

「デビューしたら、夜会で自分と踊ってくれ、と頼んでいたではないか?」

「ち、違いますっ、あれはただの・・・」


そこまで言いかけて、ピタリと止まる。


「・・・ただの?」


妹の様子を不審に思いながらも、問いを重ねると、シュリエラが首を傾げて悩み始めた。


「どうした、シュリエラ?」

「ただの・・・あら? ただの何でしょう? わたくしは何故、ライナスバージさまに、夜会で踊ってくださいなんてお願いしたのでしょう?」


シュリエラが、自分の言動の意味を測りかねて悩み始めた時に、馬車はライプニヒ邸に到着した。

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