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断罪のカウントダウン

「父上、王城からの使いがお見えです」


扉をノックして用件を告げる息子の声に、部屋に閉じこもりきりになって久しいファーブライエンの肩がびくっと震えた。


「・・・王城から? 一体何の用だ」

「私は何も聞かされておりません。使いの方々は父上に直接話すとおっしゃいましたので」


しばしの沈黙。

それから返ってきた言葉は、最早、誰もが予想していたもので。


「会いたくない。具合が悪く、起きられぬと伝えよ」


想定内の言葉に、想定した言葉で返す。


「此度の使者は、ミハイルシュッツ王弟殿下であらせられますが、それでもお断りになりますか?」


王弟、その言葉にファーブライエンはぴくりと反応した。


「・・・わかった。すぐに行くと伝えてくれ」

「わかりました」


部屋を出て、背後で扉を閉めると、今まで抑えていた溜息が思わず零れ落ちた。


「ラファイエラスさま。・・・よろしくお願いいたします」



それから暫くしてファーブライエンは階下の応接室にて王城の使者たちと対面した。


「ようやく顔を出したか、ファーブライエン。随分と長く引きこもっていたな。もしや、このまま一生部屋から出てこないつもりかと陛下とも話していたのだぞ」


皮肉をこめて会話の口火を切ったのは、ミハイルシュッツ。

明晰な頭脳と優れた実務能力で知られる彼は、普段は政治の表舞台に立つことを決してせず、裏から兄を支え続けてきた。


その王弟が、わざわざ使者として足を運ぶというのは極めて稀、まさに異例のことであった。

厚顔のファーブライエンも、今回ばかりはさすがに無視を決め込むことは出来ない、と判断したようで。


供として王弟の後ろに控えているのは、腹心、ベルフェルトだ。


「さて、私がこうしてわざわざ出向いた用件について、見当はついているか?」


微笑みを浮かべながらも何故か冷たさしか感じない表情で、そう問いかけてきた。


「け、見当も何も・・・。私は心に疚しさを覚えるようなことは何もしておりませんので・・・」

「ほう、そうか。私が訪ねてきたのは、お前に何か疚しいことがあっての故と分かってはおるのだな」

「い、いえ、ですから決してそのような・・・」


汗を流し、おろおろするファーブライエンを他所に、ミハイルシュッツは執事の出したお茶を優雅な所作で口にした。


「ふむ、美味い」

「あ、ありがとうございます。こちらは我がライプニヒ家が長年・・・」

「ご託はいい」


ぴしゃりと撥ねつけると、ミハイルシュッツは胸元のポケットから小瓶を取り出して、ことり、とテーブルの上に置く。


「あの、これは何でございましょう?」

「美しい緑色をしているだろう?」

「は、はぁ」


ミハイルシュッツは口元の笑みを深めた。


「さて、お前は陛下の下された処断に不服があるそうだな?」


ファーブライエンの問いには答えることはせず、王弟は違う話題を振ってきた。

ファーブライエンの眉が、ぴくりと動く。


「私が陛下のご判断に不服があるなど、滅相もございません」

「ほう、そうなのか」

「もちろんでございます。陛下は聡明な方であられます。間違った判断など下される筈がありません。もし間違うことがあるとすれば、それは・・・」

「それは?」

「それは・・・判断の基となる情報が間違っているせいなのです」


ミハイルシュッツの眉が上がる。


「面白いことを言いよる。情報が間違っていたと? だから陛下がご判断を間違えたというのか」

「その通りでございます。そもそも私は陛下と殿下のこれからの歩みが真っ直ぐであれと願って、今回の行動を起こしたのでございます」

「ほう」

「殿下はブライトン公爵家のご令嬢を婚約者として望まれました。それがそもそもの間違いなのです。今でさえ傍若無人の横暴ぶりが目に余るブライトン公爵に、更なる力を与えるようなご判断をされるなどあってはなりません。あやつは権力欲にまみれ、大した能力もないのに高い地位にしがみつくような男です。婚約者には私の娘こそがふさわしい。王国内の勢力のバランスを考えてみれば火を見るよりも明らかなことでございます」

「・・・それでブライトン公爵令嬢を何とかするよう賢者くずれに依頼したと言うのか?」

「ミハイルシュッツさま、あれは賢者くずれなどではありません。れっきとした賢者、ワイジャーマであられます。そのワイジャーマが引き受けてくれたということは、私の考えこそが正しいという証拠でもあるのです」


ミハイルシュッツは蟀谷のあたりを指で押さえながら、軽くため息を吐いた。


「・・・どうにもお前の言っていることが理解できないのだがな。つまりお前は、ルシウスが無能なくせに要職に就いているのはおかしい、エレアーナ嬢がレオンハルトの婚約者となるのは間違っている、そして、それを良しとする陛下の判断が誤りだと言いたいわけだな」

「その通りでございます! 私はそれらの誤りを正そうと勇気をもって立ち上がった忠臣なのでございます! 処断すべきはこの国の類なき悪臣、ルシウス・ブライトンなのです!」


頬を紅潮させ、眼を輝かせながら、朗々とわが身の潔白と王国への忠誠を訴えかけるファーブライエンの姿は、ミハイルシュッツの理解を超えた異様なもので。


支離滅裂な持論を展開し、それこそが正義であると信じ、会話の内容がずれていることに気づきもしない。


かといって、自分の行いや能力に全くの自信を持っている訳でもなく。


矯正とか、指導とか、更生とか、そんな言葉の範疇に収まる男ではない。

どこかが決定的に狂っている。


目の前にいる男について、ミハイルシュッツはそう感じていた。


「・・・リュークザインの苦労がしのばれるな。いやはや、話には聞いていたが、ここまで言葉が通じない相手だとは。これは先々の災いの種にもなりかねん程の愚かさだ」

「は?」

「いや、なんでもない」


こほん、とひとつ咳払いをして、先ほどテーブルに置いた小瓶を手に持った。


「よく分かったよ。お前がどれ程の人材か」

「っ! ・・・ようやくお分かりいただけましたか!」

「ああ。褒美にこれをやろう」


そう言って、小瓶を目の高さまで掲げ見せた。


「あ、ありがとうございます。ですが、それは一体・・・」

「お前の尊敬する賢者殿が作られたものでな、ブライトン邸で捕らえた時に懐に忍ばせてあった物だ」

「な・・・?」

「国一番の忠義者であるお前こそ、口にするのがふさわしい。そうは思わんか?」

「そんな・・・何故私が・・・」

「お前に与えるのが、一番この国のためになる、そう思うからだ」


ファーブライエンの体は、がくがくと震えだした。

ミハイルシュッツは瓶の蓋を開けると、テーブルにあるファーブライエンのカップの前に置いた。


「さて、それではお前に五分ほど時間をやろう。私たちは一旦、席を外す。それまでに、自分はどうすべきか、よく考えておけ」


そう言い残すと、震えるファーブライエンをひとり残して部屋から出て行った。




「いかがでしたか・・・?」


応接室から出て別室に入ったミハイルシュッツたちに、リュークザインが問いかけた。


「聞きしに勝るとはこのことだな。あそこまで話が通じない相手はそうそういない」

「・・・申し訳ありません」

「お前が謝ることではないだろう。これまであいつに一番苦労をかけられたのはお前なのだからな」


そう言って、ミハイルシュッツはリュークザインの肩に手を置いた。


「・・・さて、ファーブライエンは、この後どうするだろうか。ラファイエラスさまが与えてくれた最後のチャンスを、あの男は活かすことができるかな」

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