微笑ましい光景
ライナスの胸にすがってわんわん泣いているシュリエラの姿を、カトリアナは微笑ましい気持ちで見守っていた。
王太子妃になることしか頭になかったシュリエラのことは、以前に顔合わせのパーティで見かけたことはあって。
隅っこで大人しくしていたカトリアナは、絡まれたことはないけれど。
傍で観察しているだけでも、なかなか強烈な印象を残していた令嬢だった。
変わったというか、変わらないというか・・・。
心の中で苦笑する。
良くも悪くも、真っ直ぐで不器用な方なのね。
感情をそのまま表されるのは相変わらずだけれど、今のそれは、父親が刷り込んだ色が抜けて子どものように純粋なものになって。
なんともお可愛らしい。
それに、ライナスさまのあの不器用な慰め方がまた・・・。
思わず口元から笑みが零れる。
「なにがそんなに嬉しいんだい?」
その声にぴくっと肩が跳ねる。
声のした方に目を向けると、レオンハルトが美しい紫の瞳でこちらを覗きこんでいた。
ひえ、近い。近いです、殿下。
「・・・。いえ、あの、べ、別に大したことではなく・・・」
「ふうん? ライナスが困ってるのが面白かったとか?」
「・・・!」
考えを見透かされて顔が一瞬で赤く染まる。
その反応を面白そうに眺めながら、小さな声でぽつりと呟いた。
「・・・もう決着ついたって、聞いた?」
「え?」
「聞いてないか」
「あの・・・?」
決着? 何の話かと首を傾げるが、レオンハルトは、ただ笑みを浮かべるだけで。
妙な沈黙が二人の間に流れるが、それは決して気まずいものではなく。
あら・・・?
そういえば、今日はここに来てからずっと、殿下はエレアーナさまの側に行っておられない・・・。
席はエレアーナさまの向かい側だけれど、お隣に座られたのはケインバッハさまで・・・。
・・・え?
ある仮定が浮かび上がり、思わずレオンハルトの顔を見つめる。
その視線に気づくと、レオンハルトはふわりと笑った。
「気がついた?」
「え、あ、あの・・・。はい、・・・たぶん」
「そっか。でもね、あまり気を遣わないでね。それほどショックは受けてないから」
その笑顔はとても穏やかで。
だから、きっと殿下のおっしゃってることは本当なのだろう、そう思って。
「・・・そうなのですか?」
「うん。多分、君のおかげ」
「・・・私の?」
驚いて目を丸くしている私を見て、殿下はふふ、と笑う。
「君が叱りつけてくれたお陰で、自分の気持ちを縛りつけることなく、エレアーナ嬢に気持ちをぶつけられたからね。振られちゃったのは残念だけど、気持ちとしては、すっきりしてる」
「そうですか」
少し寂しそうではあるけれど、表情は明るくて前向きだ。
「殿下が、そんな風に笑えるのでしたら安心ですね」
よかった。
心からそう思って、ちょっと気が緩んで、へにゃりと笑ってしまって。
あ、いけない。変な顔だったかしら。
そう思って、慌てて顔を取り繕ったけれど手遅れだった。
殿下は口を軽く開けたまま、私の目の前で固まっている。
え? そこまで変でしたか? さっきの顔。
「も、申し訳ありません。わたくしったら間の抜けた顔をお見せして・・・」
「ああ、いや、そういう訳じゃないから」
急ぎ謝罪を口にしようとした私の言葉を、殿下は遮ると、そっぽを向いてしまった。
あーあ、つい気を抜いて失敗しちゃった。
ほら、お姉さまも呆れて笑ってらっしゃるわ。
私もエレアーナさまみたいに、優雅に美しく笑えたらよかったのに。
そんなことを考えて、しゅん、と落ち込んでいると、殿下の咳払いに気づいた。
恐る恐るそちらを見上げると、困ったような表情で、己を恥じているのか頬を少し赤くして。
「えっと、間の抜けたっていうより、可愛らしい顔だったよ」
「へ?」
予想外の言葉に、変な声が出た。
「君のあんな笑顔は初めて見たから、ちょっと吃驚しちゃったんだ。僕のおかしな反応で嫌な思いをさせたならごめんね」
「・・・はい、あ、いえ、あの・・・ありがとうございます」
しどろもどろになって答える私を、殿下はなぜか嬉しそうに見ている。
よく分からない、けど。
あまり見つめられると緊張するけど。
でも、まぁ、いいわ。
私の変な笑顔なんて、気にすることじゃないわ。
殿下が嬉しそうなら。
優しくて、周囲を気遣ってばかりで、大切なものを全てその手で守ろうとする、そんな強くて脆い殿下が、心から嬉しそうに笑ってくれるのなら。
この変な笑顔で良かったら、いくらでもお見せしますから。




