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泣かないで

レオンハルトが、シュリエラを真っ直ぐに見つめながら口を開いた。


「ファーブライエンが賢者くずれを呼び寄せて、エレアーナ嬢に害をなそうとした、その事に対して僕の父、シャールベルム国王から彼に沙汰が下ったことは知ってる?」


口調は穏やかなまま。


「お恥ずかしいことですが、実は殆ど聞かされていないのです。わたくしが知っていることといえば、父が賢者くずれと接触を図ったこと、最近になって王城より使者が何度も邸を訪れていること、兄が父に代わって当主となったことだけでございます。・・・あとは、先ほどこちらで伺ったお話くらいでしょうか」

「そうか」


相槌を打ち、少し思案してからレオンハルトが再び口を開く。


「実はね、ファーブライエンは陛下のご判断に納得していないようなんだ」

「・・・え?」


どう説明しようかとレオンハルトは、しばし言葉を選ぶように首を捻る。


「うーん、何というか・・・。賢者くずれを呼んだのは、陛下や・・・僕の間違った判断を正すためだったって言ってるらしい。だから、主君に過ちを正そうとした自分こそが真の忠臣だって言い張ってるそうなんだ」

「そんな、父は、なんて愚かなことを・・・」


シュリエラの顔が、さっと青ざめる。


「申し訳ありません。エレアーナさまたちに大変なご迷惑をおかけするに留まらず、王家の裁定にまで異を唱えるなど・・・!」


慌てて謝罪しようとしたシュリエラを、レオンハルトが手を上げて制した。


「いや、シュリエラ嬢が係っていないことは皆知ってるから謝らなくていいんだよ。・・・ただ、当主を代え、ファーブライエンには蟄居を命じることで事を納めようとした陛下の温情が、よりによって当人に通じなかったからね・・・」


とんでもない対応だが、あの父ならばやりかねない、とシュリエラは思った。

ファイやケインバッハのおかげで、父の呪縛からようやく逃れることが出来たシュリエラにとって、かつて支配下に置かれていた父の思考回路など容易に想像がつく。


きっとまた、騒いでごね続ければ、周囲が諦めて折れてくれると期待しているのだろう。


でも・・・今回は、きっと。

そう、きっと、もう。


父に、次などないのだろう。


「そう、なのですか・・・。では、ではファイは、そのために父のところに・・・」


言葉が途切れた。

涙が零れそうで。


行って何をするかなんて分かりきっている。


口をきゅっと引き結んで、じっと堪えた。


・・・ファイ、ごめんなさい。


シュリエラは心の中で、呟いた。


ごめんなさい。

嫌な役目を、負わせてしまって。


私のことを、あんなに気にかけてくれて。

おしゃべりに付き合ってくれて。


いつも励まして、笑って、叱って、からかってくれた。


私はずっと、父のように頼って、甘えて、我儘ばかり言って。

ずっと、ずっと、助けてもらうばかりで。


ファイのおかげで、私はようやく、自分の足で立てるようになったのに。


「・・・」


俯いて必死に涙を堪えるシュリエラを慰めなければと思いつつも、以前の婚約者探しの経緯もあり、自分では誤解を与えかねないと考えたレオンハルトは、周りを見回す。


ケイン・・・は、駄目だ。エレアーナに悪い。

アイスケルヒ・・・は、うわ、横のご令嬢の圧が凄いな。


となると・・・。


斜め後ろの自分付きの護衛にちらっと視線を送る。


「ライナス、ちょっと慰めてあげて」


小さな小さな声で、ぽそぽそとライナスに囁いた。


「え? オレ? オレですか? なんでオレ?」


やはり小さな声で、ぽそぽそと返したが、レオンにぐいっと手を引っ張られ、前へと突き出されてしまう。


よろよろと前に出たライナスは、焦ってレオンハルトの方を何度も振り返るが「行、け」と口パクされて、すごすごとシュリエラの前まで歩み出る。


「あ、あの、シュリエラ嬢・・・。どうか、泣かないで、くだ、さ・・・」


ライナスが言葉をかけた瞬間、シュリエラの目から涙がぽろぽろと堰を切ったように溢れ、わぁっと声を上げて泣き出した。


「え? あ、ちょっ・・・」

「ファイ~ッ! ファイ~ッ! ごめんなさい、ファイ! いやだ、ファイがお迎えに来てくれなきゃやだ~っ!」


うわぁぁぁんっと泣きながら、ライナスの胸に顔を埋める。

男ばかり四兄弟の家で育ったライナスは、白状するのも恥ずかしいが女の子に触れるのはこれが初めてで。


胸にぎゅううっとしがみつかれて、ライナスの顔は真っ赤になって。

体は緊張でぴしっと硬直するものの、レオンやアイスケルヒが遠くから手振り身振りで何かを指示していることに気付き、こうか? と恐る恐る手を伸ばしてシュリエラの頭の上に置いた。


そろ~っとぎこちなく頭を撫でるライナスの大きな手。

剣だこが出来ていて、ごつごつした男らしい手が、優しく優しく、壊れ物に触るように、そっと頭を撫でる。


その感触に安堵を覚え、泣き止もうと思っても勝手に涙が溢れてきて、なかなか止まらない。


「まあまあ、ライナスさまったら。女の子は、泣かないでって言われると泣いてしまうものですわよ・・・」


そうぽつりと呟いたアリエラの声は、きっと隣にいたアイスケルヒにしか聞こえなかっただろう。


しばらくの間泣き続けたシュリエラは、後になってようやく落ち着いた頃、ライナスの騎士服の胸元をびしょびしょに濡らしてしまったことに気づき、また泣きそうな顔になってライナスに平謝りするのであった。

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